姉の身代わりで嫁いだ残りカス令嬢ですが、幸せすぎる腐敗生活を送ります

やきいもほくほく/ビーズログ文庫

一章 残りカス令嬢と腐敗魔法

1-1

 

 ――ここはベルファイン王国 この国に住む貴族たちは、だいどうベルファインの血を引いておりほうを使うことができる。

 しかし、ネファーシャルしゃく家に生まれたマグリットは魔法の力にめぐまれず、ずっと家族にしいたげられて育ってきた。オレンジブラウンのかみとヘーゼルのひとみは家族のだれにも似ておらず、それもうとまれる原因となる。

 十六さいになった今も社交界デビューどころかお茶会にすら出席したことがない。

 代わりに十八歳になる姉のアデルは両親に愛されて育つ。

 明るくてよく笑い、彼女はマグリットにとってはまぶしい存在だった。

 アデルはハニーゴールドの髪とめずらしいバイオレットの瞳を持っている人形のように美しいれいじょうだ。

 そしてアデルの魔法はベルファイン王国で初めての『ぼうへき魔法』という、それはそれは珍しいものだった。


 自分の身を守るように防壁を張る。

 小さいかべ しか張れずとも、幼いころ からアデルは注目の的だ。城から けん された魔法研究所の職員たちもアデルのげんそこねないようにしていたため、彼女のいはまるで王女のようだった。

 両親も魔法の力が強いわけではなく、いっぱん的な水魔法と風魔法が使える程度。

 そんな中、珍しい魔法の力を持ったアデルは二人の希望となった。

 両親はアデルを『特別な子』『神様からのおくもの』としてたたえるのと同時に彼女を甘やかした。

 実際にアデルの魔法の力がわかってからネファーシャル子爵家にはいいことばかり起こる。

 ネファーシャル子爵領は雨が降りやすく、作物が育ちづらい土地で、年に何度もしゃ災害やこうずいが起こっていた。

 しかしアデルの防壁魔法のおかげかはわからないが、毎日のように空はわたり十六年の間も、大きな災害は一度として起きなかった。夜のうちに適度に雨が降るため、水不足やかんばつなやまされることもない。

 特別な魔法属性を持つ子どもは何かとゆうぐうされることも多く、令嬢であれば王家にむかれられることも少なくはない。

 ベルファイン王家には二人の王子がいた。

 アデルのぼうふくめて王子に選ばれることも大いにあるだろうと両親はまんげに語った。 彼女はいるだけで太陽のようにその場が明るくなる。

 しかし両親から過保護に育てられていたアデルは騙(だま) されやすく世間知らずな一面もあった。

 一方、マグリットは『残りカス』と呼ばれていた。

 両親はマグリットを自分たちの子どもとしてではなく使用人として育てていた。

 魔力まりょくのないマグリットを自分たちのむすめだと認めたくなかったのだろう。

 姉妹しまいにもかかわらず、天国とごくのようなあつかいを受けるマグリットを見て周囲はどう思うのか。

 自分がマグリットの立場だったら、そう考えるだけでゾッとするだろう。


 今日もマグリットは、誰よりも早く起きてしきゆかいていた。

 畑から野菜をしゅうかくして朝食を作るのもマグリットの仕事だ。

 そうやってシェフや従者、庭師やじょたちをやとう人数を減らしていたお金でアデルをかざらせる。王家にこびを売って、なんとか王子たちのこんやく者に押し上げようとしていた。

 そのためマグリットはそれらの代わりに朝から晩まで働き通しである。

 身なりをづかゆうもなく、髪はびっぱなしで簡単にまとめているだけ。

 そうせんたく、料理や買い出しといつもせわしなく動いている。

 掃除が終わり、街に買い物に出て昼ご飯や夕ご飯の材料を買っていた。

 マグリットは街の人たちの同情の視線を感じながら、カゴに卵やオマケをしてもらったパンの耳を入れた。

 そして立派な屋敷へと走っていく。 アデルとちが い、マグリットはあまりものを食べて生活していた。

 けれど、マグリットはこんなひどいかんきょうでも前向きだ。

 こうして街の人たちは、マグリットのじょうきょうを理解して色々とやさしくしてくれる。

 それがわかっていてマグリットも暗い顔を見せることなく、けなに振る舞っていた。

 つうならば自分の人生を悲観して、ひねくれたりなみだを流して両親をうらんだりするだろう。

 多感な時期にもかかわらず、こんなに冷静でいられるのか。

 それはマグリットが、日本という国に住んでいたおくを持つ転生者だから。

 日本でははん街の裏通りで、カウンター席しかない小さな定食屋を経営していた。 食べるとホッとする、どこかなつかしい味がする……そう言ってもらえる料理を作り続けた。 両親を早くにくして、田舎いなかで祖母と祖父と三人で暮らしていた。

 二人の最期を見届けた後、住む場所を探すついでにいちねん発起ほっきして店主として毎日料理を振る舞っていたのだ。

 自分で言うのもなんだが、祖母に教えてもらった料理はどれも絶品だ。


(……ああ、日本食が食べたい)


 出汁だしがじんわりとみたふんわりとした卵焼きがこいしい。

 そんな気持ちで卵を見ていると、あっという間にネファーシャル子爵邸に着いてしまう。


(いけないっ! 早く昼食の準備と夕食の仕込みをしないと……!)


 雇っていた料理人が急病の際に、マグリットに食事を作れと命令したネファーシャル子爵と夫人。

 何よりアデルがマグリットの料理を気に入ったことがきっかけで、毎食作ることになった。

 自分が食べたくて日本食に近いものを作るのだが、もちろんベルファイン王国にはないものばかりだ。

 マグリットが料理をしたことがないのを彼らは知っていたので、オリジナルのレシピだと思われているようだ。なので気にせずに好きなものを作っている。

 掃除も料理も買い物も、マグリットにとっては苦痛ではなかった。

 アデルや両親がマグリットを馬鹿にしているため、皆にはあわれみの視線を向けられているが、マグリットはこの生活をそれなりに楽しんでいる。

 そんな日常に大きな変化が起こるとは思わずにマグリットは広い厨房ちゅうぼうに向かった。

 マグリットがいつもの昼食の時間にスフレオムレツとサラダと手作りのマヨネーズ、オリーブオイルと塩とパン、昨日から味付けしていた肉を焼いたものを、手のひらと腕に何皿も乗せ、あわてて無駄むだに広いダイニングへと持っていく。


「あれ……?」


 いつもはえらそうにふんぞり返って座っている両親とアデルの姿はない。

 マグリットはテーブルに料理を置いて首を傾げた。


(……珍しいこともあるものね。席についていないなんて。何かあったのかしら)


 マグリットがそう思っていると突然とつぜん、夫人の悲痛なさけび声がマグリットの耳に届く。

 とりあえず時間通りに用意したように見せるために、皿を並べて壁際かべぎわに立って待っていた。

 慌てた様子で部屋に入ってきたネファーシャル子爵と夫人。

 マグリットの姿を視界に入れた途端とたん、大きく目を見開いてこちらにつかみかかってくる。

 ワンピースの襟元えりもとを乱暴に摑まれてグラグラとらされ、子爵たちは何かを必死にうったえている。

 つばがペッペッと飛んでくるので、マグリットは表情をゆがめて顔をそむけていた。どうやらアデルの話をしているらしい。


「――おいっ、答えろ! アデルから何か聞いていないか」

「え……?」

「いやよぉ、アデルッ!まさかっ、そんなぁ……うそだと言ってぇ!」


 やっと手が胸元むなもとからはなれると、ネファーシャル子爵は頭をかかえ、夫人は涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになっている。

 珍しく取り乱している二人を見ながら、マグリットは襟元を直すことすら忘れて呆然ぼうぜん

していた。

 子爵は数少ない使用人を呼んで血走った目でアデルのことを聞いている。

 かげうすくしながら話を聞いていると、どうやらアデルが屋敷からいなくなったという。


「一体、どうすればいいんだ。すっかりアデルも納得なっとくしたものだと思っていたのに、このままだとネファーシャル子爵家はどうなってしまうんだっ!」

「もう約束まで一週間しかないのよ やっぱりアデルは納得できなかったのね。どうしましょう……!」


 あせる二人がアデルではなくネファーシャル子爵家の心配をしていることをマグリットは疑問に思った。

 二人はアデルをどんなことよりも優先してきたはずなのに、何かがおかしい。

 どうやらアデルは一カ月前にとつぐことが決まっていたらしく、マグリットは今そのことを初めて聞いたのだった。

 アデル自身も嫁ぐことに納得したと言っているが、この状況からしてそうではなかったらしい。


「アデルは今どこにいるんだ。まさかあんな顔だけの男についていくなんて信じられない……っ!」

「あのベーイズリー男爵だんしゃく家の次男のせいよ! あの貴族とも呼べない遊び人の男をやっと遠ざけたと思ったらこんなことになるなんて……ああ、アデル!」

「今からさがしに行けばまだ間に合うかもしれないぞ」

「馬車の車輪のあとがあったわ! もう無理よっ、追いつけないわ」


 くずれる夫人にかける言葉はない。


 会話の内容から推測するに、どうやらアデルは朝食を食べた後すぐに裏口からしてオーウェン・ベーイズリーとちをしたようだ。

 アデル付き侍女のレイにも『具合が悪いから昼食まで休む』と伝えていたらしい。

 レイはアデルの言葉を信じて他の業務にあたっていたそうだ。


(これだけ使用人が少なければ誰にも見られることなく、簡単に屋敷をせそうよね)

 

 マグリットを含め、使用人が三人しかいないネファーシャル子爵家。

 表向きには豪勢ごうせいに振る舞っていても中身は空っぽだ。

 アデルの駆け落ち相手であるオーウェンはベーイズリー男爵の次男。

 ベーイズリー男爵領はネファーシャル子爵領のとなり

 オーウェンとアデルは顔見知り程度だったはずだが、実は最近になりマグリットは何度も二人の逢瀬おうせ目撃もくげきしていた。

 夜中にアデルが部屋の窓から身を乗り出し、そのアデルに愛をささやいている青年を見たことがあった。それがオーウェンだったのだろう。 しかしマグリットは、それをネファーシャル子爵たちに報告するつもりもなかった。そんな義理も恩もない。

 それにはこり娘で甘やかされてずっとチヤホヤされてきたアデルにとって、自分の知らない知識を持ち、自由に振る舞うオーウェンにかれるのも無理はないと思っていた。

 アデルを間近で見てきたマグリットだが、何一つ自分でしたことがない彼女がこれからどう生きていくのか気になるところだ。

 特に美しさにこだわりを持っていた夫人は、をするからという理由でアデルにしゅう針すられさせなかった。

 子爵家は決してゆうふくではない。それは屋敷の中を見れば明らかだ。

 自分のことは少しならば自分でできる子爵たちだったがアデルだけは別。ずっと侍女のレイがつきっきりで世話をしており、おひめ 様のように育てられた。

 アデルにけっこんの話が来たのはおどろきだったが、相手は王子ではないことは確かだろう。 


(もし王子だったらおまつさわぎになっていたはずだもの。王族と結婚するのはあきらめたのかしら)


 アデルの結婚相手は一体、誰なのか……ネファーシャル子爵たちの反応を見る限り、格上の令息であることにはちがいない。 あれだけ甘やかしてきたアデルを説得までしたとなると相当、重要な約束だったのではないだろうか。

 と言っても、社交界に出ていないマグリットが結婚相手の名前を聞いたところでわかるはずもない。 マグリットは取り乱す二人を観察しながら壁のはしで待機していた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る