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そして、貧しい出自はさておき。――
しかし、それは表向きの分厚い仮面。実際は、
おまけに、神殿内にいくつかある秘密会には所属せず、身元を
(よかったぁ。楽しみにしてくれてる人がいるなら、書き
先ほどまでのしらけた気分もどこへやら。
「ああもう、名もなき様の過去作を全部読み直さなきゃ。次は何かしら。『ジークフリード戦記』の続編? 『我、王子として生を
「同じ気持ちよ! もちろん全くの新作でも
(ありがとうございます! 今回は戦記の続編です!)
こっそりと声に出さずに
「わたくし、名もなき様の作品を読んでから、殿下を支持するようになったもの」
「まあ。
「今まで、王家の話題なんて単なる情報としてしか耳に入ってこなかったけれど、もう今となっては、名もなき様のお話の解釈でしか聞けないのよね」
「高貴で多才なのに
「わかる。
(わかる)
私もです。
内心で大きく何度も
ジークフリード。――ジークフリード・イーライ!
その名前は、アリアにとって
(そこ! そこなんですよ! ジークフリード殿下って、本当に心
アリアの脳内では、めくるめく早口で情報が高速
この「脳内早口」、実際に声に出して言うこともやぶさかではないのだが。何度かやらかしたところ、聞いた人間が
そしてアリアこと「名もなき様」は、
ジークフリードものとは名の通り、ロッドガルドの王太子、ジークフリード・イーライを題にとった作品群である。
内容は、実際のジークフリードの
要するに、だいたい全ての作品が、妄想と捏造と
(今は私以外にも書き手が増えて、いろんな人のジークフリードものを読めるのがありがたいよね! だってほんと、創作の素材がありすぎるお
を受けつつ帝王学を学ばれていたとか! 年の差の
ちなみに王佐の大聖者とは、三百年前にこのロッドガルドが建国された際、初代国王の補佐としてロッドガルド写本の編纂に
原典の『創世の稀書』に触れた
「名もなき様専属の
「どなたなのかしらね」
(ありがとう……!)
絵師を
(絵を担当してくれているのは、私の早口
「こんな想像をしてはいけないのだけど……三百歳を
その養い子とも呼べるジークフリード殿下の義親子としての
「わかる」
(わかる!!)
彼女たちに、本当は
そわそわした気持ちを外に出さないように、アリアはさらに口元をむずつかせた。
(はあよかった。ほんと、生きててよかった……)
実際に読んで楽しんでくれる人たちの、
――それにしても、まさか自分が書き物をして、それを本にして配る日が来るとは。
もっともアリアにとっては、とある理由で、かつての貧民窟生活も決して悪い思い出ではないのだが。大神殿では、生きていくための一通りを身につけさせてもらってもいる。
感謝してもし切れないし、人生何があるかわからないものだ。
(私なんかが聖女候補に、なんてとんでもない。私はここで、ジークフリードもの作品を延々と生み出していればそれで満足だわ。誰にもバレずに、ひっそりと)
現実に生きている、それも我が国の
活動を続ける以上は、あまり
そういうわけでアリアは、今の暮らしに十分すぎるほど満足していた。そして、ゆくゆくは巫女長になりたいとか、あまつさえ
「
「楽しみがすぎるわ。眠れなくなりそう」
(わぁ……わぁ……価格設定いつも結構お高いのにありがとう……でも
興奮のあまり、いよいよ物理的に緩みかける頰を押さえようと、アリアが手をやった時だ。
「アリア。アリアセラ。そこにいますか?」
聖職の中でも高位の女性であることを示す
「巫女長様。どうされましたか」
「大切な話があります。自分の写本を持って修練場に来なさい」
それだけ言い置くと、巫女長はトゥニカの長い裾をひらめかせて出ていってしまった。
(な、何かやらかしたかな)
見た目には感情になんの動きもない様子を装いつつ、アリアはしずしずとした所作で席を立った。筆記具を丁寧に文箱にしまったあと、使い慣れた
巫女見習いたちは、巫女長の姿が見えなくなった途端に話を再開している。貴重な読者の意見、もっと続きが聞きたかったと後ろ髪を引かれる思いを押し殺しつつ、アリアは写本室を後にした。
(まあいいや。注意されるにしても何かお手伝いを命じられるにしても、そんなに長くはかからないよね)
――帰ってきてから、ちょっとでも趣味の執筆時間が取れたらいいなあ。この間、活版印刷のお店から受け取ってきた本も、乱丁や落丁がないか
なんて、アリアは
この時は、まだ。
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