第27話 BADEND②「美代」
こんな夢を見た。
俺は暗い空間にいる。
眼前では気難しい表情をして、腕組みをしている奴がいる。
謙吉だ。
『まったく君ってやつは、本当に手を焼かせてくれるね』(2回目)
これが夢だということは分かっている。おそらく明晰夢というやつだろう。
謙吉は何やら苛立たしげだ。
俺には謙吉がこんな表情をしている理由が思い当たらない。
『君は林美代さんの気持ちをもう少し汲むべきだった。そう思うよ』
『だしぬけに一体何だ? 何の話をしている』
『君は彼女を守ろうとしていた。それは理解できる。過去に彼女を悲しませてしまった苦い思い出が、君に彼女を守る使命感をもたらした。それは良いことなのかもしれないけれど、彼女だって君を守ろうとしていたんだ。その想いに君はきちんと応えられていたかのかな?』
暗い空間に、悲しげな声が広がる。
美代の声だ。
――於菟、ねぇ、於菟。
――アタシってそんなに頼りなかったのかな。
――あなたを守ってあげたかった。ううん、今だって守ってあげたい。
――それなのにあなたと歩幅が合わないのが、悔しい。
――アタシを守るために強くなる。アタシを守るために強く生きる。
――於菟、あなたの気持ちが痛いほど伝わってきた。
――業にアタシを巻き込まないようにしてくれていたんだよね。
――だけどさ、於菟。強くなったあなたに、アタシの言葉は届かなかった。
――結局、さ。
――於菟にとってアタシって「守るべき者」で終わっちゃったの。
――アタシが於菟を守りたいって想いに、一度だって向き合ってくれた?
――於菟、あなたはアタシを値踏みしていたんだと思う。
――「こいつじゃ俺を守れない」……そう思っていたんでしょ?
――アタシはあなたを折に触れて殴った。いつも痛い想いをさせてごめんね?
――アタシの拳の力を示して、あなたを守れる存在だって伝えたかったんだ。
――でもさ、アタシの本気の拳を、いつだってあなたは冗談で流してしまう。
――もうどうしていいのか分からなくなっちゃった。
――だからアタシ、賭けにでてみることにしたの。
――於菟と社交ダンスするの。アタシと於菟の将来を占うために!
――社交ダンスって、互いに合わせる心が重要なんでしょう?
――きっと今のアタシたちにぴったりだと思う。
――もしも、もしもさ。アタシの気持ちに於菟が気付いてくれるなら。
――きっと二人の歩幅がぴったりと合って、キレイなダンスになると思う。
――於菟にとってアタシが足手まといな存在なら。
――それ相応のダンスで終わると思うんだ。
――二人の歩幅はきっと合う。
――そう信じていいよね、於菟?
『…………』
俺は闇の中の声に耳を傾け、唇を結んでいる。
謙吉が眼鏡を光らせて、俺を見ている。
『彼女は「たとえ自分が傷ついてでも君を守り、君と歩む」……そう決意していたんだ。だけど君は彼女への負い目や責任感から、彼女の気持ちに目を逸らして、自分の意地を貫こうとした。それが彼女との間で不協和音を奏でていた原因だと心のどこかで分かっていながら止まれない。不器用だったんだ、君は』
『……謙吉、美代はどこにいった?』
『家出したまま行方不明のままさ。君にもお姉さんにも行き先を告げなかったということは、きっともう君に会うことはないんだろう』
『…………』
『於菟、彼女は一人の独立した個人として君と向き合っていた。君に庇護されるだけのか弱い存在じゃない。守るだけがコミュニケーションじゃないよ』
『分かっている』
『分かっているなら、態度で示せ』
謙吉が闇の中で指をパチンと鳴らし、そして――
「ふぁるこ~ん……」
そんな言葉が耳朶を叩いて、俺は急いで飛び起きた。
西日が差す放課後の教室。俺は机に突っ伏して寝ていたようだ。
そして上体を跳ね起こせば、そこには笑顔の美代がいる。
何やら拳を固めて。
「おい」
「なぁに?」
「ふぁるこ~ん、の後に何を続ける気だったんだ? パンチか、キックか?」
どっちにしろ、俺が受けるダメージは半端ないものになる。
「んー、美代っちとのダンスの約束を放り出してグーグー寝ているような毛利君へと景気のいい眠気覚ましのつもりだったんですけど? っていうかさぁ、そんなに熟睡できるほど良い夢見てたんだ。いいなぁ、どんな夢を見ていたのか、美代っちに教えてプリーズ?」
「覚えてねぇよ」
本当のことを言って、俺は立ち上がる。
「さて、そろそろ社交ダンスの練習するか。今日こそせめて、まともに一曲分のステップを通したいもんだぜ」
「あ……うん、そうだね! よーし、美代っち頑張っちゃうぞー」
オーバーアクションをしている美代を見て、俺はふと思いつく。
……ちょっとセオリーからは外れるが、いいアイデアかもしれん。
「おい美代、今日はお前がエスコートしろ」
「えっ⁉」
美代が驚いている。
社交ダンスのエスコートは上級者がやるのが基本。
実際、俺たちの練習では俺がいつも美代を引っ張っていた。
それでよくすっころんでもいた。
すっ転ぶたびに、俺は積極的にエスコートを行った。
彼女を転ばせないようにするためだ。
だけど現状、うまくいっていない。
だから今日はやり方を変えてみる。
俺じゃなくて、美代が足運びをリードし、俺が黙ってそれに従う。
美代の足運びは危なっかしくて仕方がないのだが、一度本人の思い通りにやってもらうことで彼女自身の気付きになることもあるかもしれない。
「ほ、本当にいいの……於菟?」
「なにを大げさに。誰もいねぇんだから『美代っち』の演技することもないだろ。猫かぶりめ」
何やら驚いたような、それでいて喜んでいるような美代の表情。
そこに一瞬でもときめいてしまった自分を誤魔化したくて、ちょっと毒を吐いてみたりもした。
「うふふ、じゃあ於菟、いくわよ!」
美代は俺の毒に取り合う子もなく、俺の手を取る。
そして彼女が思うように足運びを進めると、多少ぎこちなくても、そこには「美代らしい」ステップが完成した。
生き急いでいるようで、だけど自信がなさげなステップ。
つまりへたくそなステップだ。
合わせる俺も転ばないかとヒヤヒヤする。
それでも。
そんな彼女のステップに付き合っているうちに、気付いた。
もうすぐ既定のステップが全て完了する。
まさか……この試み、上手くいっているというのか⁉
もしそうなら凄いこと。それはそれとして、俺がエスコートしたかった。
ウヌヌ……。
俺が喜びともやもやの間で右顧左眄していると、急に美代がステップを止める。
「於菟、もうすぐアタシのエスコートによって踊り切れちゃうわけだけど?」
「……どうやらそのようだな」
「じゃあ、バトンタッチ」
「え?」
「アタシが於菟を導いてあげられるっていうのは証明できたもん。しかもこれを於菟が提案してくれたし……アタシ、今すっごく満ち足りてるの」
「美代……」
「もう十分楽しんだから、あとは於菟の番。あなたのエスコートで、私はゴールインしたい。いいわよね?」
そっと手を差し出してくる美代。
俺が迷ったのはほんの一瞬だけのこと。
ニッと笑い、社交ダンスの流儀に乗っ取って彼女の手を取って。
俺は美代の体を保持してエスコートし、彼女と共に最後のステップを目指して息を揃える。
そして。
二人だけの教室の中に、ハイタッチの音が響くのだった。
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