第28話 BADEND③「花子feat.美代子」
こんな夢を見た。
俺は暗い空間にいる。
眼前ではキルミーダンスを踊っている奴がいる。
謙吉だ。
この野郎、人の夢のなかでフリーダムな挙動してやがる。
そんな謙吉は、一曲踊り終えて満足そうな顔をしながら俺に向けて言う。
『あー、うん。無理だね。この状況は回避不可能だった。今生は諦めて来世に切り替えていこう!』(笑顔)
これが夢だということは分かっている。おそらく明晰夢というやつだろう。
しかし謙吉のやつ、笑顔でとんでもないことを言ってきやがる。
『なんで勝手に俺の人生を諦めるんだ』
『じゃあ聞くけどね於菟。君の後輩である久保田さんと、生徒会の林先輩が結託して君を監禁したあの状況、逆転の手があると思う?』
……うん、ないな。
現に俺は逃げられなかったわけだし。
『諦めっていう言葉は、仏教の「明らめる」っていう言葉から来ているんだよ。明らかにする、っていう意味なんだ』
雑学を口にする謙吉は、眼鏡を知的に光らせている。
『君の後輩の久保田さんは、自分の力不足を明らかにした。監禁願望があっても、監禁する実力のない己を受け入れて、そして妥協するに至ったんだろうね』
花子は俺に対して監禁願望を持っていたらしい。
俺の強さを知る花子は身体的拘束を断念していたようだが、俺を独占することさえ諦めてしまえば、俺の身体的拘束も可能だったという。
自分一人のものにするのではなく、他者と分け合う。
己の独占欲に見切りをつけて実を取る。
花子がこんな頭の使い方をしてくるとは……見抜けない俺のやらかしは大きい。
そして花子が恃んだ相手こそ、林先輩だった。
彼女はふわふわした見てくれにそぐわない、荒事も得手とする気質。
その先輩と花子が組んだことで、俺の人生に対する包囲網が出来上がった。
――独占は諦めたっす。
――わたしは先輩を独り占めしたかったっすけど、自分の力不足は知ってるっす。
――でも、先輩の回りにヴァイゲルトさんという手強そうな人が現れて。
――あの人と先輩の仲を考えると、ずっと心がモヤモヤして。
――美代子先輩と手を組めたのは僥倖だったっす。
――美代子先輩は腕は立つっすけど、やっぱり一人じゃ心細かったらしくて。
――そんなわたしたちが結びついたのは、必然……っすかね。
――於菟先輩にとっては不幸だったかもしれないっすね。
――なんすか、先輩。睨まないでくださいっす。
――ああ、於菟先輩を助けに来た美代先輩のことが気になるっすか。
――安心してほしいっす。酷いことはしてないっすよ。
――ただ、ちょっと説得しているだけっす。
――先輩、いいニュースっす!
――今日から先輩のことをより丹念にケアできるようになったっす。
――そうっすよ。美代先輩もわたしたちに協力してくれることになったっす。
――於菟先輩を3人でこれからも丁寧に飼ってあげるっす!
――それと今後は抵抗を控えてほしいっす。その鎖、千切れないっすよ。
――ああ、体をこんなに傷だらけにして……わたしが舐めて消毒するっすね。
――諦めって大事っすよね。
――独占を諦めれば、こうして先輩と触れ合うことができる。
――「何が自分にとって大事なのか?」を明らかにする。それが諦めの本質。
――わたしの場合は、於菟先輩との触れ合いの時間こそが大事っす。
――だから、先輩。もう諦めてほしいっす。
――その鎖はわたしの先輩の想いと同じ。
――絶対に千切れないし、逃がさないっす。私の想いが枯れない限りは。
――於菟先輩。ずうっと、ずっと、大好きっすよ。
『誰かの特別になりたい――そういう願いは、誰にだってあるんじゃないかな?』
ふと、謙吉がそう切り出してくる。
『君の後輩であるあの子も、君に対して強い願いを抱いていた。それに応じる、応じないは君の自由。それはそれとして、彼女の想いを尊重することはできるだろう?』
『ああ』
『いい返事だ。それじゃ、目覚めなよ』
謙吉が指をパチンと鳴らす。
闇の世界が光に包まれて、俺は――
「あ”あ”あ”あ”あ”!」
濁点混じりの汚らしい悲鳴が、喫茶・
汚濁した悲鳴の発生源は、俺の後輩である花子。
彼女に潰れた悲鳴を挙げさせているのは、俺の手だ。
「もっと唸れ、俺のアイアンクロ―」(ぐにゅ)
「んぎゃー! せ、せんぱい! 何をするっすかぁぁぁぁぁ!」
「そりゃこっちのセリフだ。俺が喫茶店で心地の良いまどろみの中にいたのに、油断している俺にちょっと悪辣なイタズラをしようとしたのはどこの誰だ?」
「わたしっす!」
「そうだろう? お前さぁひどいよ。なんで俺にイタズラしようとしちゃうの? 悲しいじゃん。もうクローするしかなくなっちゃったよ」(更なる圧)
「んぎゅううううううううう⁉」
俺たちの他に客がいなかったことを良いことに。
俺は昼寝をしたし、花子もシバいたし、角煮丼も食べた。
「まったく、先輩ったら女の子を何だと思ってるっすか!」
テーブルに着き、花子が怒ったように頬を膨らませている。
が、なんのことはない。
俺が奢った角煮丼を両頬いっぱいに詰め込んでいるだけだ。
「ごくん……アイアンクロ―だなんて……まさか先輩、他の女の子にも似たようなことやってるっすか?」
「やるわけねぇだろ。こんな特別なコミュニケーションするのはお前だけだよ」
「…………そ、そっすか。わたしだけっすか。特別ってことっすか」
テレテレと花子が笑う。
「い、いやー。そう言われると悪い気はしないっすね。アイアンクローも」
「なに調子にのっているんだもう一度やってやんぞ」(ぐにゅー)
「んぎゃぁぁぁまたっすかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
他愛もないやり取りが続く。
ふと、こんな他愛もない時間を、花子と過ごすのは久しぶりだったことに気付く。
「花子」
「なんすか?」
「腹ごなしに少し走りたい。つきあってくれるか?」(ぐにゅー)
「いいっすけど、このやり取りってアイアンクロ―しながらやるべきものじゃないと思うっす」
そう言いながらも花子は笑顔。
決まりだ。
俺たちはアホみたいに笑いながら、店を後にする。
そして河川敷で思いっきり駆け回る。
共に童心に返れる相手がいることを有難く思いつつ。
俺は花子と夕暮れまで時間と速度を共有するのであった。
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