第24話 於菟のパートナー①

 5月が明けて、6月になった。

 俺と謙吉にとっては、全国模試の申し込みの月である!

 以上!





「なにか忘れていないかい、於菟?」



 昼休み。

 隣のクラスから謙吉が来て、そんな問いをしてくる。



「君も知ってのとおり、7月に生徒会選挙が行われるんだ」

「ああ」



「6月から選挙戦が開始される。僕は生徒会長に立候補した」

「知ってる」



「6月になったんだから、君は選対委員長として馬車馬のごとく働け」

「やっぱそうなる?」



 当たり前だろう、と。

 謙吉が呆れたような顔を向けてくる。



「君が僕の選対委員長を断れるとしたら、君が生徒会選挙に候補者として立候補するしかないよ。それだったら僕も諦めるさ」

「俺が選挙で勝てるわけがないだろ」

「それもそうだね」



 この野郎、せめて否定するフリくらいはしろよ。



「で、俺はお前を勝たせるために票の取りまとめをしろと?」

「うん、実弾はこっちで用意しているよ」



 そう言って謙吉が持ち出してきたのは、近所の商店街で使える割引券の束。



「これを使って上手く……ね?」

「買収できるかこんなもんで!」



 誰がこの程度で魂を売るか! 逆効果だろ!

 これ配って「相沢からです」とかやれば逆に「舐めてんのか」ってなってアンチが増え……ん?



「あー、謙吉? もしかしてこれって」

「僕のいちばんの対抗馬は、やはり2組の工藤君なんだよね」

「つまりこれの本当の使い道って……」

「分かっているなら今日にでも配ってきてよ。『工藤君から』って言ってさ」

「初手から外道戦術に頼るな」



 テメェだったら正攻法で勝負しても勝ち筋十分だろうが。



「ったく、この割引券は俺が全部貰っておいてやる。票のとりまとめは任せろ」

「頼んだよ」



 俺は謙吉にサムズアップをして見せて。

 それから話題を変える。












「あと、今月からの体育の授業の話なんだけどよ……」


「今年から内容に変更があったんだよね」


「『6・7月:社交ダンス』……よりによって試験がある月に、練習量がえげつないものを持ってくるなんて……御息所学園は正気を失っていらっしゃる?」


「まぁ億劫なのはわかるよ。体育はずっとダンスの練習になるもんね」


「しかもダンスの特別講師としてエリスだぞ? そしてエリスは『手本を見せる』とか言いながら、体育の授業中ずっと俺を手本の相手にしているんだ」


「彼女は一応ダンスのプロフェッショナルだし、彼女の他にクラスで社交ダンスの経験があるのは君だけだ。手本としては最適解じゃないかな」


「俺は素人だよ。他のみんなと変わらない」


「於菟、素人は『リベルタンゴ』を完璧に踊り切ったりはしないんだよ」


「リベルタンゴなんて、キルミーダンスに比べたらお遊戯みたいなもんだぞ?」


「それは比較する対象が間違っているよ」




 謙吉は苦笑いをしている。




「けれど意外だったよ」


「何が?」


「君がそこまで嫌がらずに、エリスさんの相手を務めていることさ。あれだけエリスさんと密着するんだから、君はてっきりエリスさんを意識して断るものかと」


「エリス級のダンスレベルでの社交ダンスになると、動きが激しすぎてパートナーの顔なんて全く見えないんだよ。俺も同じで、踊っている間はエリスの顔なんて見えていないからな」


「もうその発言がガチ勢のそれなんだよね……」



 そんな会話をしている俺たち。

 そして午後になり、俺たちが話題にしていた体育の授業になる。

 体育館に集まった俺たちに、体育教師が発表した内容。

 それが俺の生活に小さな嵐を起こすことになる。













「……社交ダンスの発表会、か」


 放課後。

 俺は自分の机に座り、腕組みをしながら悩んでいる。



 先ほどの授業で、体育教師から「7月に社交ダンスの発表会を行う」と伝達があったのだ。

 男女でペアを組み、6月中に練習を重ね、7月で発表する。

 その出来栄えで成績が決まるというのだから、皆の顔色も変わった。



 当初、俺は「ふーん」という感覚だった。

 俺とエリスの社交ダンスなら確実に高得点だ。

 むしろこの学校で、一体だれが俺たちを採点できようか。

 社交ダンスなら俺とエリスのコンビは無敵。教師陣をも軽く凌駕する。

 そんな余裕さを、俺とエリスで共有していたのだが。





『なお、毛利はヴァイゲルトさん以外とペアを組んで参加するように』


『え”⁉』


 教師からそんな無体なルールを設定されてしまった。


『当たり前だろう? そもそも社交ダンスってのは歴史をさかのぼれば、見知らぬ人と踊ることでコミュニケーションを図るためのものだ。互いにダンスが上手になっていくことで交流を深める……それが社交の本質。ヴァイゲルトさんとお前のペアでは上手すぎて、上達の余地がもうないだろ? だから別の相手を選ぶように』


『…………』





 と、いうわけでパートナー選び。

 次の授業までにクラスの全員が、パートナーを決めて教師に報告せよとのこと。



 このクラスは女子が男子より一人多いのだが、ダンスにおいてプロ級の技能を持つエリスはダンスの講師補佐として活躍することになった。



 ちょうどエリスが日本語を勉強していることもあり、エリスはクラスのみんなの練習を見て回り、改善点があるペアには積極的に日本語で話しかけ、指導するようにとのこと。



 体育教師のこの采配は理屈がきちんと通ってしまっているので、俺もエリスも反論することができなかった。



 こうして俺はエリスからのプレッシャーに気付かない振りをしつつ、ダンスのパートナー選びをすることになったのだが。




 うん、分かっている。

 この状況下、確実に声をかけてくる奴がいるって。

 ほら、今、俺の目の前にそいつはいる。




「ねぇ」(笑顔、そして握られた拳)

「御意」(諦観)





 というわけで、俺のパートナーは美代に決まった。

 めでたし、めでたし。





 ……そう思っていたのだが。

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