第18話 監禁③(花子視点)
わたしは破滅的な監禁願望を持っている。
そんなわたしが、今も娑婆の世界で自由を謳歌できている理由。
それはわたしが惚れた相手が、於菟先輩だったからだ。
他の相手ではこうはならなかったと思う。
誰かに惚れたわたしは、自分でも制御しきれない性癖を暴走させて、その相手を監禁してしまっていただろう。
その相手がわたしを拒むにせよ、受け入れるにせよ。
中学生が考える監禁生活なんて限界がある。
いずれわたしの人生は破局していたはずだ。
だけど、於菟先輩が相手なら監禁できない。
焼け爛れた性癖を持つわたしでも、その事実が理解できてしまう。
よく「狂った人間こそ怖い」みたいなお話があるけれど、一介の狂人としてのわたしから言わせてもらうなら、本当に怖いのは「暴力に長けた人」だ。
於菟先輩は並外れた暴力性の持ち主だ。
そもそもわたしの恋慕は、陸上の練習で帰りが遅くなってしまったある日、帰り道で暴漢に狙われてしまったわたしを先輩が助けてくれたことから始まっている。
暴漢たちは3人。対して於菟先輩はひとりだけ。
なのに於菟先輩はあっという間に暴漢たちを地に転がしてしまった。
鬼手仏心――医療ドラマで覚えた言葉だ。
確かお医者さんの心得としての言葉だったか。
お医者さんの手は鬼のように冷酷に人体を切り裂き、されど仏の心で患者を救う。
そんな意味だった気がする。
於菟先輩の暴力は、鬼手仏心という言葉がふさわしいものだった。
『暴力を振るうことで、傷つく人間が最小限になるのなら、躊躇わず暴力を振るう』――そんな考えに基づいているのであろう、極端に合理化された暴力だった。
こんな人を、わたしが監禁できるわけがない。
無理やりにでも監禁したいけど、無理だ。
私が強硬な手を打てば、於菟先輩はきっと『後輩を監禁で罪人にしないため、暴力を振るってでも改心してもらう』という合理的な発想で、わたしを打ちのめすだろう。
じゃあ飲み物に睡眠薬を混ぜて、事を運ぶ?
於菟先輩に限っていえば、その手段は最悪だ。
私は於菟先輩のことをこっそり調べていたので、於菟先輩がご家族との間に何かがあったことを悟っている。
そして於菟先輩は食事絡みで、とてつもなく嫌な思い出があるらしい。
詳細は分からないが、於菟先輩を相手に飲食絡みで嫌なことをしてしまえば、於菟先輩からの心象は最悪になるだろう。
於菟先輩の心が手に入らない人生は御免だ。
わたしは於菟先輩を自分だけのものにしたくて、監禁する方法を探していたのだが、熟慮を重ねるたびに、「無理」という結論がわたしの頭に踊る。
結果として、わたしは先輩の肉体的な監禁を諦めた。
だけど心はわたしのものにできるはず。そう思っている。
捕まえた小鳥を鳥かごで飼って長生きさせる秘訣は、無理やり押し込めて慣れさせることではない。
鳥かごに餌を入れて、だけど入り口は開けておき、出入り自由にする。
鳥かごに入れば餌が食べられると、小鳥は学習する。
するとある日から小鳥は鳥かごに入ったまま、出てこようとしなくなる。
小鳥に、自らの意思で鳥かごに監禁されることを選択させる。
これこそが鳥にストレスを与えず、長く監禁するコツだ。
先輩だって同じこと。
無理にわたしのものにしようとすれば、物理的にも精神的にも拒絶される。
だからわたしは、先輩との関係性をあえて詰めない。
あくまで先輩が自主的にわたしのものになるよう調整しないと。
少しずつ、少しずつ、先輩といる時間を増やす。
ストップウオッチで計測し、急ぎ過ぎているかもと思えば調整する。
そして先輩自身が「花子といると落ち着く」と考えてくれたなら。
わたしという牢屋のなかに、先輩という猛獣を閉じ込めたも同然。
先輩は辛い過去を背負っている。
今もなお、家の呪縛から逃げきれていないことも分かっている。
でも、大丈夫。
わたしに監禁されてくれるなら、わたしが先輩のことを守ってあげる。
わたしという籠。わたしという加護。
そのなかに先輩を押し込めて、二人だけで世界を完結させたい。
勉強ができない自分……正しくは「興味を持てない科目はできない」自分の立場を最大限に使って、先輩に勉強を教えてもらい、接近しようと試みた。
ボディタッチを多めにして、だけど「女」としての自分を意識させないようにして先輩と過ごす時間を深めていく。
先輩は女子のお付き合いに気後れしている部分……たぶん中学時代のお付き合いのことを引きずっている……節があるので、女の部分を意識させない方が、先輩に心を開いてもらいやすい。
今のところ、試みは順調だ。
先輩はわたしには気軽にボディタッチをしてくれるし、わたしと過ごす時間を好ましいものだと感じてくれている。
わたしの前で少し足を組んでくれるようにもなった。
これがリラックスの証だと、わたし以外に知っている者は何人いるのやら。
そう、先輩との関係性は順調だ。
精神的に監禁できる日も見えてきた――そう思っていたのに。
『エリス・ヴァイゲルトだ。今夜、喫茶・餓狼で勉強会をやる予定だったんだよ』
先輩が紹介してきた、ドイツから来た留学生さん。
あの人と接した時、凄く嫌なことを察してしまった。
――ああ、同族っすね。
わたしと同じ気配がする女。
先輩のことを精神的に絡めとろうとする女。
わたしの計画に乱れが生じた。
こんな女が近くにいたのでは、先輩の精神はそっちに向いてしまう。
だから今日、無理をしてでも、私は「女」を意識させる装いで勉強会に顔を出してみた。
先輩はわたしの新しい一面を意識してくれたらしい。それはいい。
だけどあの留学生には、わたしの内面を完璧に見抜かれてしまった気がする。
言葉は分からないけれど、わたしに警戒の目を向けていたことはわかったし。
「前途多難っすね。まぁ、最後に勝つのはわたしっすけど」
ポツリと呟いて、思考に費やしてきた意識を、目の前の画面に戻してみる。
純愛監禁の花園――わたしが運営するサイトでは、今日も監禁に関する提案や考察が飛び交っている。
『エルフさん、報告です!』
また新しい書き込みがあった。
どうやらまた一つ、この世に純愛が成立したらしい。
ふ、と口の端を笑いでゆがめて。
わたしは祝福のメッセージを送るのだった。
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