第17話 監禁②(花子視点)

 わたし――久保田花子は、家に帰って自室に入る。

 そしてポケットに忍ばせていたもの……ストップウオッチを取り出す。



「20分とちょっと。ふふっ、今日はいっぱい先輩と喋れたっす」



 わたしの楽しみは走ること。

 そして先輩と過ごすこと。

 中学時代に先輩と知り合って、先輩をおいかけて御息所学園まで来た。



 陸上しか知らなかった時の自分は、ストップウオッチが刻む時をどれだけ縮められるかしか考えなかった。



 だけど今は、ストップウオッチが刻む長い時間に、喜びを覚えることができる。

 先輩と会話する時間をタイムとして頭に刻み込む。陸上に慣れた自分にとって、これが最も先輩との距離を意識しやすい。









 自室でほっと息をついて、イスに座って、パソコンの電源を入れる。

 同級生はパソコンを持っていない子が多い。自宅にパソコンがあると言うと「何をやるの?」と真顔で聞いてくる子もいる。

 スマホで何でもできる世の中で、あえて値が張って持ち運びにくいパソコンを使うメリットが分かりにくいのだろう。




 ――うん、電子の世界に「触れる」なら、スマホが最適っす。



 スマホの利便性は十分承知。軽いし、扱いやすい。何より電子の世界への没頭を手軽なものにしてくれる。

 その利便性を承知してなお、わたしはパソコンを使っている。



 ――電子の世界を「作る」なら、パソコンの方が上っすよ。



 そうだ。

 電子の世界のコンテンツを「作る」側になるのなら、パソコンに優位性が生じる。

 じゃあ、わたしはどんなコンテンツを作っているのか?



 それは誰にも教えていない。

 ずうっとずっと大好きだった先輩にだって、教えていないし教えられない。



 わたしは鼻歌を歌いながらパソコンを操作し、自分が作った電子の箱庭にアクセスする。



 わたしが立ち上げたのはアングラのコミュニティサイト。

 一応、セキュリティとかはしっかり固めているので、無用な好奇心を持つ人の侵入は防げていると思う。



 わたしのコミュニティサイトは、掲示板の形をとっている。

『こんにちは』

 私が文字を入力すると、この箱庭の住人たちが私を迎えてくれる。



『こんにちは、エルフ』

『今日もお疲れ様です』

『体調はどうですか?』



 当たり障りのない問いかけに、わたしも当たり障りのない回答を返していく。



 エルフ。これが電子の箱庭でのわたしの通り名だ。

 ここは電子の世界の深奥に、わたしがこっそり作ったコミュニティ。

 表のわたしは御息所学園に通う走り好きの女の子で、裏の顔はアングラの掲示板の管理人。



 ここはわたしの同好の士が集う場。

 というより避難所と表現する方が適切なのかもしれない。



 表の世界では大っぴらにできない衝動を抱えて生きている乙女たちが、唯一自分らしいあり方を許容される場だ。



『エルフ、聞いてください!』



 新入りだろうか。

 初々しさと若さゆえの衝動が文字から溢れる子――ハンドルネーム『ぱとりしあ』が、わたしに語り掛けてくる。



『彼がついに「帰りたい」って言わなくなったんです。ようやくこれで、私も皆さんの仲間入りができたかなって思います』



 その書き込みに、沢山のリプが付く。



『おめでとう』

『純愛成立だね』

『彼氏さんが帰る場所は、ぱとりしあさんの胸の中だって、ようやく気付いてもらえたんだね』



 祝福の言葉が並べられていくのを見ながら、わたしは薄く笑って、キーボードを叩く。ぱとりしあという新入りが求めているであろう言葉を、与えてあげる。



『おめでとうございます。純愛、素敵だと思います』



 すぐに食い気味の返信が付いた。



『ありがとうございます! 全てはエルフさんと、エルフさんが運営するこのサイト――「純愛監禁の花園」のおかげです!』



 わたしの指がキーボードを跳ねる。



『わたしは何もしていませんよ。あなたのうちに眠る純愛を、あなたが開花させて、それが彼氏さんに届いただけです』



 そう。

 わたしは何もしていない。ただ性癖を解放できる場を提供して、見守っただけ。

 それなのにここに集う面々は「エルフさんのおかげ」という言葉で、私を称えようとしてくる。


 裏を返せば、「エルフさんにそそのかされた」と言いたいのかもしれない。

 ここの住民たちは自分たちがやっていることが、世間から見て眉を顰められる行為であることの自覚はあるだろう。そこのブレーキが壊れたような人は、そもそもこんなサイトに来ない。



 ここの住民は、どこか心脆い。

 それを自分たちで自覚しているので、いざとなった時に「エルフにそそのかされた」という逃げ口上を確保したいのだ。



 ――それでもいいっすよ。



 わたしは住民たちの魂胆を知りつつ、場を提供し続ける。



 ――世間で許されない業を背負った人にも、せめて救いは必要っすから。



 わたしは本心からそう思っている。










 わたしは監禁性癖持ちだ。

 好きになったものは閉じ込めてしまいたい。

 誰にも触らせず、ずっとわたしだけが愛でていたい。



 小さいころ、ペットの小鳥を買ってもらったことで、私の性癖は開花した。

 ――あなたはわたしのもの。

 幼さゆえの純粋さと邪さで小鳥を構い続けた。

 小鳥は平均寿命なみに生きて、そして逝った。



 空っぽになった鳥かごを見て、私は焦燥感に駆られた。

 ――また、鳥かごを満たさなきゃ。



 鳥かごが空っぽなことが、まるで自分の心が空っぽのように思える。

 空っぽなのは辛い。

 愛でる対象が欲しい。

 逃げられない籠の中に込めて、私が愛し尽くし、守ってあげたい。



 わたしは表向きは小動物じみた少女の顔で、されど内面は愛に焦がされ焼けただれた女の顔で、獲物を探して回った。妄執の念をいつも抱いていた。



 そして私はついに出会った。

 全身全霊で愛するに足る相手を。

 それが毛利於菟先輩だった。

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