私の家族『シェアハウスメイト』

バンゾク

プロローグ

 私こと浅井カナタは現在独りである。

 幼稚園児の時、父が勤め先で行方不明になったらしい。らしいと言うのは、私はあまり父と接した記憶がないのだ。基本的に仕事で家を開けており、たまに帰ってきて何かしら理由を付けてプレゼントをくれるという印象しかなかった。

 故にどんな仕事をしていたか知らず、父が実は行方不明なんだと小学生になった時に母から教えられたが、ああ、だから最近帰って来なかったのか。と感想を抱いた程度の存在だった。

 それから数年の歳月が経ち、私が中学校を卒業したその日。母が仕事疲れから倒れてしまい、そのまま帰らぬ人となった。

 私を女手一つで育ててくれていたのだ。休む暇もなかっただろうし、納得のいく話である。少しでも負担が減ればと家事の大半は代わりにしていたのだが、効果はなかったようだ。

 そして、現在高校生になった私は広い家に独りである。

 明日から高校に入学なので、せっせと支度をしていた。やわらかな日差しが差し込むリビングで、制服やタオルを畳みながらふと顔を上げる。時刻は13時過ぎ、日曜日のこの時間は、母がドラマの録画を観ていた時間帯。しかし、今は役目がなくなったテレビが音もなく鎮座しているだけだ。

 支度も終わり、冷蔵庫から昨日作ったパスタの余りをレンジで温める。

 それをテーブルに置き、椅子に座り、誰にでもなく、いただきますと呟く。

 幸いな事に、父にはかなりの遺産が合ったとかで、豪遊さえしなければ私はおばあちゃんになるまで働かなくていいのだ。本当にどんな仕事をしていたのか知らないのだが、遺産は祖母が預かっていたそうで、私達の生活が苦しくなったら渡そうと考えていたそうな。

 私に打ち明けた日まで、こっそり父の遺産を使い込んでいたと祖母は暴露した。

 母が亡くなった事で、流石に隠しだてしておくべきではないと考え、突然遺産の話を出してきたのだ。

 もっもとその時も、「私の息子が稼いだ金なんだから半分くらい貰ってもバチは当たらないでしょ?」とニヤケながら私に交渉してきたくらいだし、祖母は多少の良心はあれど、自分本意な人間のようなので、今後頼る事は無いと縁を切った。

 パスタを食べ終わり、皿とフォークを洗うと、今日するべき事は無くなる。

 買い物は明日の入学式が終わった後でも良いし、掃除や洗濯は朝済ませた。ああ、なんて退屈でつまらない人生だろう。

 中学校時代に、友人のワカバから「スマホが無い人生なんて、どうやって暇を潰すの?それにカナタちゃんと二十四時間以上会えないうえに声も聞けないなんて!生きていけないよ!」と確か二年生の夏休み頃に言われた事を思い出す。

 ワカバが私にスマホを持たせたかったのは、私といつでも話せるようにしたかったのが理由だっただろうが、あの時面倒くさがらずに母に頼んでスマホの契約をしていれば、少しは暇を潰せただろうか?

 そんな事を考えて床で大の字になる。

 「この生活、学校が始まったら少しは楽しくなるのかしら。」

 天井を見つめ呟いた。



 次の日。いつも通りの時間に目覚めた私は、自室を出てリビングに向かう。

 オーブンにパンを二枚入れて、スイッチを押して洗面所に向かい、寝癖で纏まった長い髪をとかす。洗顔をしてリビングに戻るとちょうどオーブンがチン!と鳴る。

 皿にあつあつのパンを一つだけ乗せて、バターを一欠片乗せ、パンの表面に満遍なくバターを行き渡らせる為に、右へ左へ上へ下へと皿を傾ける。

 お手頃の温かさになったパンを掴みかぶりつく。そのまま時計を見て、まだ朝の六時であることを確かめる。

 学校まで歩いても三十分。自転車ならば十分もかからないだろう。

 家を出るまでゆっくりしてから自転車で行こうと考えをしていると、チャイムが鳴った。

 こんな朝早くにチャイムを鳴らすのは、ピンポンダッシュに命をかけている馬鹿者か、常識の無い営業マンか、友人のワカバしかいない。パンを食べながら玄関に向かい、ドアを開けるとそこにはやはりワカバがいた。

 「おはようカナタちゃん!」

 「ぼはよぶ。」

 「もう!食べながら話しちゃ駄目っていつも言ってるでしょ!」

 「………。」

 怒られたので、私は返事をせずパンを食べる事を選んだ。

 まだ冷える時間帯なので、体を横にそらしてワカバを迎え入れる。

 「お邪魔します。」

 意図をくみ取ったワカバは、中に入りしっかりと自分の靴を揃えて、私の分の靴も揃えてくれた。

 「どうせ来ると思って、ワカバの分も焼いておいたわよ。」

 椅子に座りながらオーブンを指さす。

 なんども家に来ているワカバは、自分の皿を取り出してそれにパンを乗せた。

 「いただきます。」

 ワカバはパンに何もつけずそのままかぶりついた。



 朝食を終えて制服に着替える。

 「忘れ物はない?」

 「昨日確認してあるわ。」

 「洗濯物は干した?」

 「明後日するわ。」

 「行ってきますのチューする?」

 「ワカバも同じ学校に同じ道で行くんだから、しなくて大丈夫です。」

 「え~ワタシはしたいよ?」

 「はいはい。結婚したらね。」

 ただいま朝七時。学校へは八時過ぎまでについて、教室に一度集まるんだっけか、入学式は九時からだったと記憶している。

 他愛ないやりとりをしていると、ワカバのスマホに着信があった。

 「おっと、そんな時間か。よっと……もしもし、おはよ、うんそう。カナタちゃん家だよ。え?迷惑かけてない!うん。あ、もう食べたよ。カナタちゃんがパン焼いてくれてたの。え?迷惑じゃないって。言わなくても用意してくれてたんだもん。」

 どうやら親からの電話のようだ。確かに迷惑はかけられてないけど、こういうのって、ご両親としてはやっぱり気をつかうところなのかしら?

 ワカバは楽しそうに電話している。

 羨ましいわ。家族と話せるなんて。

 「わかった!じゃあもう行くから!電話切るね!」

 電話を終えたワカバはぐったりしてる。

 ワカバのご両親は結構フランクな人達なのだが、こういった急な訪問などは、迷惑だからと快くは許可してくれないのだ。それほどしっかりした人達だということだ。

 「それじゃ、行きましょうか。」

 「うん。のんびり歩いてこ。」

 玄関で靴を履き、外へ出る。

 私達が今から行くのは私立白鳥学園。かなりお金持ちの人が建てた学園で、女子高生なら、学費は学園側が八割負担!という馬鹿げた内容で、毎年女子生徒を募集している超有名な学園なのだ。共学ではあるのだが、前述の条件が理由で、女子生徒が大半を占めており、毎年女子生徒だけで枠が埋るので、実質的に女子校となっている。

 女子生徒の応募者は、毎年数千人超えは当たり前。多い年では一万人までいったという噂もある程だ。

 私とワカバは、その学園の近くに住んでいたこともあり、記念受験程度の気持ちで受けたのだが、二人とも見事に合格。晴れて、全国の女子生徒が夢見る、格安高校生活のチケットを獲得したのである。

 そして、隣を歩く幸運の女神様は、私の唯一の友人である相沢ワカバ。

 茶髪のボブカットが似合う活発な少女。小学校からの付き合いで、私に父親がいない事もあり、気を遣って家族ぐるみでキャンプに誘ってくれたりと、仲良くさせてもらっている。

 本当に優しい子で、モテない私を哀れんでか、中学校の初めての夏休みの頃、「恋人として付き合ってください」と告白された。ワカバの本心はわかっている。大方、私に少しでも楽しい学生生活を送って貰いたいからとそういう演技をしているんだ。

 彼女の好意を無下にするわけにもいかないし、私はワカバを『そういう目』で見ていたので、私は勿論オーケーを出した。

 ワカバが本気で私の事を恋愛対象としていないことは明らかで、事実私の母が亡くなってから、スキンシップや訪問が増え、慰めてくれているという事が、ひしひしと伝わってくる。

 ワカバはあくまでも、仲の良い友人の戯れとして、私に付き合ってほしいと言ったのだ。

 だから私も本気にならないように注意している。もしも、本気にしてしまっていたら、今頃は唯一の友人がいなくなっていただろう。

 「でね?お母さんは、そこでお父さんと結ばれたんだって、だから行こうね。」

 …話をちゃんと聞いていなかった。何がどうなってご両親の馴れ初めになって、そこに行く事になったのだろう?

 「そうね。楽しみにしておくわ。」

 聞いていなかったとは言えない手前、要するに、どこかに行きたいってとこだ。なら別にオーケーって事で良いだろう。私はそう判断し、安易に返事をする。

 返事を聞くなりワカバはハイテンションになり、私の手を握り「ホント!忘れたなんて言わないでよ?」と聞き返してきた。

 「勿論よ。嘘はつかないわ。」

 てきとうな事は言うけれど。

 私の言葉で完全に舞い上がったワカバは、ホップステップと意気揚々に前を進んでいく。……演技なのよね?

 もしかして、ワカバは本気で私の事が好きなのでは、と淡い期待をするが、考え直してワカバを追いかける。

 


 家を出発して三十分。予定どおりの時間に私達は白鳥学園へ到着した。

 校門前は学生でごった返しており、自転車で勢い良く入っていく者や、パンを加えながら走って行く者など様々だ。

 そんな生徒達へ、元気な挨拶を届けているジャージ姿の先生がいた。

 「はい!おはよう!」

 「カトリセンコウはよ~。」

 「香取先生だ!センコウはよせ!」

 「カトセンおはよ~!」

 「おはよう!急いで転けるなよ!お!マナミ!今日は早いな!偉いぞ!」

 「新入生の部活勧誘の為に早く来ただけだから、明日はいつもどおり遅刻する。」

 「それでも偉い!」

 蚊取り線香と呼ばれた先生は、出会う生徒と楽しく会話もしながら殆どの生徒に挨拶をしている。

 「とっても元気な先生だね。」

 「女性でジャージでメガネでポニーテール。あの人、反社会的組織とかに属していたりしたりして。」

 「有名なドラマだね。」

 私の冗談に、やわらかく微笑みワカバは校門へと向かう。

 「おはよう!おや、新入生だね!ようこそ私立白鳥学園へ!」

 「おはようございます!」

 「うむ!笑顔が似合う元気な挨拶だ!君達は、一旦一年生の教室へ行ってもらう!と言っても複数あるので、どの教室へ行くか、この先にある校舎の下駄箱の後で待機している受付で聞いてくれたまえ!」

 「あ、はい、わかりました!」

 「うむ!そちらの彼女もおはよう!」

 「おはようございます。」

 「返事ができて偉い!さあ!白鳥学園への初めての一歩を踏み出したまえ!」

 勧められるがままに、校門を跨いで学園内へと入る。

 広い庭に、デカデカと建てられた噴水から勢い良く水が溢れだし、そよ風と共に桜吹雪が私達を迎え入れた。

 入試の際にも感じた事だが、流石お金持ちが建てた学園のことだけあり様々な施設がある。

 学園内はとても広く、正面にドンと構える校舎からは、キラキラとガラスから光が反射し、庭の遠くに見える学生寮は、ホテルと言ってもいい規模の大きさである。  全面ガラスの縦長の建物や、ドーム状の建物、何故か、大小様々なテントが張られている区画もある。

 「何度来ても圧倒されるね!」

 「そうね、大きな町一つ買い取ってると言われても驚かない広さだわ。」

 芝生だらけの庭には、親切に校門から校舎まで、石造りの道が続いている。

 五分は歩いただろうか。ようやく校舎まで着き下駄箱へと向かう。

 下駄箱の側面には、張り紙がされているものがあり、そこには『新入生はこちら1~20』と書かれていた。

 「1~20って…これ合格通知の封筒に入ってたこの番号かな?」

 そう言って、ワカバはリュックサックの横のポケットから、一枚の紙切れを出す。

 一体何に使うのだろうと思っていた謎の紙切れは、ここで必要になるようだ。

 私もカバンから紙切れを取り出して確認する。私は12、ワカバは13だ。

 その数字を見ながら、下駄箱を見渡してみれば、下駄箱の所々に数字が書かれた紙が貼られていた。

 私の数字は真ん中の列の一番下にあり、ワカバはその左隣の列の一番上にあった。

 「どうやら間違いなさそうね。でもこの下駄箱、数字毎に靴を入れられるスペースが二つあるわよ?」

 下駄箱に鍵は無く、分厚い板が取り付けられており、その板の左側に『押せ』と書かれていたので、ぐっと力を込めてみる、すると、カチッと音が鳴り開いた。

 中は木の板で上下に区切られており、靴が二つ入れれるようになっている。

 「本当だね。ラブレターを入れる用にあるのかな?」

 「だとしたら私達には不要なものね。」

 普通に考えたら、学園内で使う靴やスリッパを入れる為のものだろう。…だとしても二つもいるのだろうか?

 靴を下駄箱にしまい。廊下に置かれたスリッパに履き替えて辺りを見れば、長テーブルに『受付』と書かれた紙が張られている事に気づく。

 そこにはメガネをかけた女の人が、パイプ椅子に座りながら本を読んでいた。

 その人に近づくと、こちらの気配を感じたようで、顔を上げて短く「番号は?」と聞いてきた。

 私とワカバは、自分達の番号が書かれた紙切れを見せながら、自分の番号を伝えると、女の人は「なら二人ともあっちの一階の左の一番奥の教室。」とだけ伝えて読書に戻ってしまった。

 受付にしてはなかなか淡白な応対だったが、一度本を読みだすと、続きが気になるのはよくわかる事だったので「ありがとうございます。」とだけ言い、教えられた教室へ向かった。

 「さっきの人制服を着てなかったけど先生かな?」

 「どうかしらね。先生だとしたら新入生に対して、かなり塩対応だけれど。」

 廊下を突き当たりまで行くと、左右に短い階段があった。

 受付の人に言われた通り左の方の階段を上がり、更に廊下を突き当たりまで進み、一番奥の教室の前まで来た。

 扉の窓から中を覗いてみるが、誰もいない。どうやら一番乗りのようだ。

 安心して扉を開け、並べられた席にてきとうに座ろうとしたが、机の右上に番号の書かれた半透明のプレートがあることに気づき、これも配られた番号の席に座るのだろうと理解する。

 「12番は…ここね。」

 「ワタシはここ!」

 私の席は左から二列目の前から二番目。ワカバはその後ろであった。

 「それにしても、一つの教室に席が二十しかないって贅沢な使い方ね。」

 「そうだねぇ。なんだかとっても広く感じちゃう。下駄箱も二十人で区切っていたし、こだわりでもあるのかもね。」

 「可能性はあるわね。」

 黒板の右上にある時計を見ると、時刻は七時四十分。八時二十分には教室に居なければならないと記憶しているが、いささか到着が早かっただろうか。

 ワカバと部活動はどんなものがあるか予想しあっていると、教室の扉が開く。

 栗色のすらっとした長い髪の女生徒が入ってくる。立ち振舞いはまるでお嬢様のようだ。

 その生徒は、私を見ると目を見開きとても驚いた。

 そして、自分の席の番号を探しながら、何度もこちらを見てくる。

 なんだ?と首を傾げていると、次に入ってきた短い黒髪のメガネをかけた、いかにも当たりが強そうな女生徒は、私を見つけてしかめっ面で睨み、それを先に入ってきたお嬢様に咎められていた。

 「ナギサ。」

 「っ!申し訳ありません京子さま。」

 ナギサと呼ばれた生徒は、すぐさま頭を下げたが、その表情は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 「なんだか怖い人ね。初対面の人を睨みつけてくるなんて。」

 「えっ!?そ、そうだね…。」

 ワカバは驚いたように返事をする。

 なにその反応?もしかしてワカバの友達なのかしら。私を睨んできた人は、運悪く私の右隣の席に座る。

 その後も、京子と呼ばれたお嬢様は、後ろのナギサさんとお話をしている最中も、こちらを何度もチラ見してくる。

 それからは、ちらほらと他の生徒が入ってきて、八時十分頃に先生が挨拶をしながら教室へ入ってきた。

 「あーい。A組の皆さんはじめまして、そんでおはよう。」

 赤っぽいポニーテールに、少し気だるそうな顔の女性だ。高身長でスレンダー。この人が担任なのだろう。

 生徒達は各々の知り合いと会話をしていたが、先生が入ってくるなり皆背筋を正して教室の正面を向く。

 「あ、いいのいいの。まだ時間はあるからね。全員揃ってないし好きにしてな。」

 そう言って、先生はおもむろにポケットから棒付きのアメを取り出して、ベリッとビニールを破り、口に含む。

 今は授業中ではないけれど、先生が勤務中にアメを舐めて良いのだろうか?

 「ねね、カナタちゃん。あの人の舐めてるアメってチッパーチャップだよね。」

 「そうね。」

 「お願いしたら一つくれるかな?」

 「……聞いてみれば?」

 友人の間抜けな問いに、一瞬言葉を失ってしまった。そういえば、ワカバもアメをよく舐めていたわね。

 ワカバはニコニコしながら先生の元へと行き、何か話している。

 そして、先生はほがらかに笑い、ポケットから二つの棒付きアメを取り出しワカバに差し出した。

 ワカバは頭を下げて、嬉しそうに帰ってきて、そのアメを一つを私に差し出した。

 「貰えたよぉ。はい、カナタちゃんは、グレープが良いよね。」

 「あら、悪いわね。」

 流石に登校初日で、アメを舐めて入学式に臨む勇気はないので、ワカバから受け取り鞄に入れる。

 そして、教室に最後の生徒が来て、八時二十分、ゴーンゴーンと短い鐘の音が数度鳴り響いた。

 「はい、では先に着いていた人には改めて、はじめまして、そんでおはよう。私は月音ミサ。これから一年間あなた達の担任の先生になるので、嫌でもよろしくね。」

 挨拶をしながら、カロカロとアメを転がす様は不良先生って印象だ。

 「そんで、次の鐘が鳴ったら廊下に出て番号順で二列に並んでもらって、入学式を行う体育館まで行きます。ま、皆入学式なんて初めてじゃないし子供じゃないんだから、わかってるよねぇ。」

 そこまで言うと、月音先生は途端に話さなくなり教室には静けさが訪れる。

 ん?どうしたんだ?と皆ザワつきはじめて、戸惑っている様子。

 「なんか、急に黙っちゃったね先生。」

 「電池でも切れたのかしら。」

 「玩具じゃないんだから。」

 皆が口々に話していると、月音先生がまた動きだす。

 「あ~~と……もう話すこと…ないんだよねぇ。二十分くらい暇だなぁ。」

 何かに取り憑かれたように、小さい声で呟き、ゆっっっくりと顔を上げて「じゃ、各自好きなようにして。」と大雑把な指示を出して、椅子を何処からか取り出し座ってしまった。

 え?それだけ?という空気が教室に蔓延するも、お言葉に甘えて皆それぞれ会話を始める。

 「なんだかゆるい先生だね。」

 「自由な先生って感じね。」

 結局ワカバと他愛のない会話をしていると、ゴーンゴーンと鐘の音が数度鳴る。

 すると、先生が立ち上がり「それじゃ、皆廊下に移動ねぇ。」と流石に率先して行動を始める。

 なんだか、ついに高校生活が始まる!という独特な緊張感は、気づけば失せてしまい、弛緩した雰囲気のまま皆廊下に並ぶ。

 それからは、月音先生が言ったよう何度目かの入学式ということもあり、体育館の前で待たされるこの時間は、まだ始まらないのかなという気だるさが勝ってしまう。

 そして、体育館の入り口で待機していた二人の先生が扉を開けて、ついに入学式が始まる。

 体育館に入ると、在校生から鼓膜を割らんばかりの拍手の嵐を浴びせられる。

 流石は金持ちの学園だけあり、体育館は今までの学校の倍はある広さで、並べられているパイプ椅子には脚を冷やさないようにか茶色いブランケットが置かれていた。

 それから始まる入学式。

 なんというか、お金持ち学園ではあるが他の学校と特に変わらない入学式だ。

 まあ、当たり前よね。こういうのは様式日であり、ある程度は似たようなものになるのよね。

 退屈な学園長の話が終わり、次は各担当の先生の挨拶。かと思えば、舞台袖から一人の子供が顔を出して、笑顔で手を上げながら学園長へ駆け寄る。

 学園長はため息をして、マイクスタンドを短くしてその人に譲る。

 「やあ諸君!この白鳥学園創立者の間仲イズルである!退屈をしている者もいるだろうが聞いてほしい!我が学園は学生がしたいことを全面的に支援する!将来の仕事への努力、自分の趣味、全て支援する!金銭的に難しい、などというみみっちい考えは捨て、学園に迷惑がかかる、などという考えも持たなくていい!」

 まあ……なんとも豪快な創立者だろう。

 「ただ一つ約束してくれ!心身共に、自分と他人を傷つけない!それだけは守ってほしい!それさえ守っていただければ、生徒の自主性を何よりも尊重することをここに宣言する!以上!」

 創立者さんは、そう言ってまた舞台袖へと戻っていった。

 隣で待機していた学園長はマイクスタンドの長さを戻して、ゴホンと咳払いをし、先生の紹介を再開する。

 


 入学式が終わり、その後は指定された時間と場所に向かい、教科書を買ったり、明日からの予定を聞いたりと入学時ならではの行動をした。全てを終えた頃には正午を過ぎていた。

 「それじゃ、明日から本格的な学園ライフが始まるので、しょっぱな遅刻などはしないようにね。」

 三つ目のアメをカロカロと口の中で転がしながら、月音先生は言う。

 これにてら後は帰るなり学園散策なり自由!かと思った。しかし、月音先生は、あ!と何か思い出したように声を上げ「そうそうこれだけは言っておくけど、帰りはもみくちゃにされるから、今日はどっと疲れると思うよぉ。うん絶対そう。じゃあさようなら。」と不穏な事を言って教室を出ていった。

 「もみくちゃって…何があるんだろ?」

 「うーん……嫌な予感はするわね。ま、私は帰って買い物に行こうかしらね。」

 「ワタシも今日は早く帰ろ。自分家のマンションとはいえ、引っ越しの日だし。」

 「ああ、高校生になったら空いてる部屋で一人暮らしするんだったわね。」

 「うん!念願の一人暮らし!まあ一人暮らしって言っても、自分一人の部屋が欲しくて、家賃や生活費は自分でどうにかするって条件で住むだけだから、どうせたまに家に帰ったりするだろうけどね。」

 「それでも良いじゃない。急に一人で何もかもしなくちゃいけなくなるのって、想像以上に大変なのよ?いざとなったら親に頼れるんだから甘えておきなさいよ。」

 「……そうだね。」

 「じゃ、帰りましょうか。」

 「うん。」

 席を立ち鞄を持って教室を出ようとした時、後ろから声をかけられた。

 「お待ちになって!」

 振り向くと、そこに居たのは今朝からずっと私を観察していたお嬢様(と思われる人)であった。

 「えっと、なにか?」

 「えっ!えっ!ええっ!?いえ、そのですね……同じクラスになりましたし、これから仲良くしてくださいまし?」

 「なんで疑問系なんですか。」

 「京子さまがわざわざ質問なさっているのだぞ!?どうなんだ貴様!」

 なぜ隣にいるこの黒髪の人は、こんなにも私にアタリが強いのだろうか。

 「どうもなにも、別に構いませんよ?」

 「な、なんだと……!」

 「ほ!ほんとうですの!?」

 「?ええ、断る理由もないですし。」

 「お……おーほっほっほっほっ!そうですの!良かったんですのね!そうですのそうですの!おーほっほっほっほっ!では、カナタさま!ごきげんよう!」

 「?さよなら~。」

 とても上機嫌なお嬢様と逆に不機嫌なお付きの黒髪さんは、スタスタと帰っていった。なんだっだろうか?

 首を傾げて考えていると「あの人のこと嫌ってたんじゃなかったんだね。」とワカバが呟いた。

 「私あの人と関わりあったかしら?」

 「関わりっていうか…まあ覚えてならワタシは何も言わないよ。」

 「ええ!?気になるじゃない。教えてよワカバ。」

 「気にしなくて大丈夫だよ。カナタちゃんが覚えてなくても仕方ない事だし。」

 ふーむ。本当に身に覚えがないのだが、ワカバがそう言うのなら私も気にしないでおくとしよう。あの人と関わっていればそのうちわかることだろう。

 「そう、ならいいわ。帰りましょ。」

 今度こそ私達は教室を出て、下駄箱へ向かい靴に履き替える。

 その時、外が騒がしいことに気づく。

 「なにか、声がしてるわね。」

 それはとても活気が溢れていて、まるで朝市場に来たような賑わいだ。

 「問題でも起きたのかな?」

 ワカバと扉を開けて外へ出てみると、その声の正体を知る。

 扉を開けた瞬間に音の塊が飛んで来たような衝撃を受ける。

 「きみきみ!茶道部興味ない?」

 「お、良いガタイだね!クライミングとかしてみない?」

 「演劇部!演劇部に入らんか?」

 「え~我が放送部は~この学園の行事などにおいて~。」

 様々な声があちこちからしている。ビラを一人一人渡している人達や、台に登りメガホンで宣伝する者。派手な衣装を着てなにかを訴えている者など本当に様々な方法で道行く初な生徒に勧誘をしかけている。 なるほど、月音先生が言っていた『もみくちゃにされる』とはこの事か。

 数多くの部活動に勤しむ先輩達が、後継者を集めんが為に、あの手この手で新入生にちょっかいをかけている。

 校舎から校門まで数分はかかる道は、人の山で隠されていて、この中を無傷で通るのは至難の技であろう。

 「困ったね。これじゃ帰るのに時間がかかりそうだよ。」

 「確かに、校門を抜けるまでにどれだけ時間が盗まれるかしら?」

 部活動に入る気は無い私とワカバは、この勧誘行動は迷惑でしかなかった。

 この人の中を通らないのであれば、大回りして芝の方を歩いて行かなければならない。実に面倒だ。

 帰るのが億劫になっていると、私達の隣を何人かの人が通っていった。

 すると、その人達は、人の山に向かって小型のスピーカーを持ち声を出す。

 「はーい、君たち!部活動の勧誘は感心だが、この少女らの邪魔になっている!部活勧誘をする際に、廊下や下駄箱などを占領しないという条件を出したが、それは歩く者の邪魔をしないようにという意味で条件に入れたのだ!道を占領するな!端に寄って各々の部活動の邪魔にならない範囲で勧誘をしろ!」

 その声を聞くと、皆そのスピーカーを持つ人を一斉に見る。

 「げ!生徒会長じゃん!」

 「ほらほら、みんな道をあけるよ。」

 まさに鶴の一声。皆左右に分かれて、先ほどまで人だかりで見えなかった石造りの道が姿を現す。

 「ほら、道ができたぞ。校門まで送ろうか。」

 茶色いさらっとした長い髪の先輩は、こちらにウィンクをして先を歩いていく。

 その人の腕には腕章があり『生徒会長』の文字が書かれていた。

 「かっこいい人だね。」

 「おかげで悪目立ちしそうだけど、快適に帰れるわ。」 

 先を行く生徒会長についていく。

 石造りの道を歩いていく間、他にいた数人の生徒は、私達を守るように四方で一定の距離を保ちながらついてくる。SPに守られるVIPの気分だ。

 案の定、周りの人達からは、あの二人は何故生徒会長に送られているのだろう?という表情で見られている。その約五分間の辱しめに堪えながら歩き、ついに校門まで無事に到着する。

 「いやぁ、すまないな君たち。毎年あの始末でな。自分達の仲間を集めたいという気持ちが前に出て、ああいう勧誘になってしまうんだ。私に免じて許してほしい。」

 生徒会長は、ハニカミながらこちらを向き話しかけてくる。

 「いえ、ありがとうございました。」

 「なに、礼を言われるためにしたんじゃないさ。私にも少し利益のあることさ。」

 生徒会長は笑いウィンクをする。

 「利益ですか?」

 「ああ。結果として、あの場を指揮したことで、私達生徒会はどの部活よりも一番新入生の注目を浴びた。興味のない生徒も存在は知っただろう?」

 「たしかに、そうですね?」

 「それが、どの部活に入ろうかと悩んだ生徒に、生徒会なんてのもあったなと、選択肢の一つとして出てくれれば、こちらから勧誘せずとも宣伝ができていたということになる。労せず名を売る絶好の機会だったのさ、あのタイミングはね。」

 「はぁ~よく考えてますね!」

 「はは、このずる賢さと強かさを買われて、前生徒会長からこの地位を受け継いだからね。人助けをできて圧倒的注目も浴びる。一石二鳥だろ?」

 生徒会長は、じつに楽しそうに語る。

 「なるほど、更に言えば、私達を助けて一緒に歩かせたのは、あの人達も生徒会のメンバーなのかなと周りに思わせる為でもあったんですね?」

 「おや、そんなつもりはなかったんだがね。そう思われたかい?」

 私に指摘された生徒会長は、とぼけたように笑う。

 「ま、君たちは見ていた感じ、部活動に興味は無さそうだったから、助けたのは事実さ。あ!そうそう!我々生徒会は定例会こそあれど、それ以外は学園の治安維持が目的で、普段の学園生活をしながら落書きやイジメがないか。他の部活動で不足している備品が無いか、それとなく聞いておくだけとか。放課後に時間が取りづらい生徒にも入りやすい活動かもしれないね!」

 「はあ、はいはいわかりました。」

 「ふふ、カナタちゃんが入るなら私も入会を考えますね。」

 「そうか!おっと自己紹介がまだだったね。私は生徒会長の神保アズミ。他の生徒会メンバーの紹介は入会の後にするよ。では、気をつけて帰るように。」

 そう言うと生徒会長さんは、背を向けて校舎の方へと帰っていった。

 「もみくちゃにはされなかったけど、結局部活動勧誘されたわね。」

 「美人さんって雰囲気だったけど、面白い人だったね。」

 「なんだかどっと疲れたわ。」

 「明日までゆっくりしたいね。」



 帰路につき、十分程歩いて「じゃあ私はこっちだから。」とワカバとは途中で別れた。後二十分、私は一人で歩いて帰る。

 先ほどまで騒がしい所にいたためだろうか。歩き慣れた道、まだ太陽がさんさんと輝いている日中なのだが、どうも気分は重苦しい。

 「誰かが言ってたわね。楽しさを知らなければ辛さは生まれないって。」

 色々と気にかけてくれるワカバも、結局のところ同居しているわけでもないし、自分の家に帰るのだ。

 どれだけ親しくしてくれても、彼女には彼女の家族がいる。私は独りなのだ。

 「ダメね、人の優しさを呪っては。」

 よくない思考になっていると考え、自らの頬にビンタをして気合いをいれる。

 「さ、一人暮らしなんだから、くよくよしてても生活は良くならない!ファイト。ファイト。」

 沈む気持ちを奮い立たせ、午後の予定を確認しながら歩く。

 そんな風にどうにかこうにか自分を励ましながら家に着くと、家の前に誰か居た。

 背は高くない。私と同じくらいの金髪の子が二人いた。

 手元の紙を見て、首を傾げてチャイムを鳴らす。それを何度か繰り返している。

 なんだと言うのだ?あんな金髪の子は、知り合いにいないはずだが。

 「あの、私の家になにか用?」

 なにやら困った様子の二人に声をかけると、こちらを向く。

 その顔を見てちょっとびっくりした。

 顔がとてもそっくりだったのだ。

 瞳の色や、口や鼻の形に違いがない。唯一の違いは、つり目とたれ目で違うくらいである。すぐに察する、双子なのだと。

 「オー!もしかして、アナタはカナタデースカ!?」

 つり目の子の開口一番カタコト。そしてキレイなブロンドヘア。外国人か?

 「あの、私達。えっと、なんて説明をすればいいか。」

 ふむ。たれ目の子の方は流暢ね。

 「なんだかよくわからないけど、とりあえず家に上がる?寒いし。」

 「オー!カナタは優しいネ!パティ感激デス!クラリスはカラダ弱いカラその方がいいネ!」

 なんだかハイテンションな子ね。

 二人の間を通り鍵を開けて「さ、どうぞ。」と中へ入るように促す。

 つり目の子は「オジャマシマース!」と元気よく遠慮なく入り、つり目の子は戸惑いながらも頭を下げて「お、おじゃまします。」と遠慮しながら入る。

 二人の後に入り、ふと足元を見ておもわず笑ってしまった。一方の靴は綺麗に揃えられていて、もう一方の靴は足で雑に脱いだという倒れかたをしていた。

 「性格が真逆なのかしらね。」

 面白いお客さんの来訪に、少し楽しい気分になった。

 そのお客さんの一人で、おそらくクラリスという名前であろう子は、手をスカートの前で揃えて姿勢よく待っていた。

 「あら?もう一人はどこに行ったの?」

 「え、えっと、その部屋に。」

 その子が指をさしたのはリビングへの扉だった。

 「自由ねぇ。」

 「あ、あああすいません!お姉ちゃんはその…落ち着きがなくて…。」

 「謝らなくても良いわよ。別に怒っているわけじゃないから。」

 こっちよ。と手招きをして妹ちゃんもリビングへ呼ぶ。

 リビングに入ると、先に来ていたお姉ちゃんは「はー疲レタ。」と椅子に座りながらテーブルに突っ伏していた。

 「お姉ちゃん!これからお世話になるかもしれない家であんまり勝手なことしないでよ!」

 だらけた姉を叱る妹ちゃん。

 それにしても、今お世話になるって言ったかしら。

 「とりあえず、あなたもお姉ちゃんの隣に座りなさい。そんで、説明して。」

 私は二人の前の椅子に座り、向き合う。妹ちゃんの方はどこか落ち着かない様子で、私の顔とテーブルを交互に目が追っている。お姉ちゃんの方は、どこか自信げにしていて、持っていた紙をこちらに差し出して「読んでクダサイ!」と言った。

 さっき家の前で何度も確認していた紙。そこに一体何が書かれているのだろう?

 その紙を手に取り読む。

 その内容に私は絶句オブイヤーだった。

 『母さん カナタへ           お父さんの仕事は知ってるね?そう、世界を股にかけている遺跡ハンターだ。 実は、旅先で今そこにいる双子の子のご両親と仲良くなってね。数ヶ月お世話になったんだ。その時にお母さんやカナタの事を話したらね。それはそれは興味を持ってくれたんだ。お父さんは仕事が一段落して帰るときに、もし困ったら家を頼りなさいとその子達に住所を教えたんだ。お父さんが家に居ない時に来ても大丈夫なように、私を頼って家に来る時は、この手紙を持って行くように言ってある。もし、この手紙を持って彼女達が頼って来たときは、おばあちゃんに預けてあるお父さんのお金を使ってもいいから、彼女達の手助けをしてあげてください。勿論急にこんな事を言われても困るだろうから、断ってくれても構いません。でも、手紙を持って来る時は、本当に困った時にすると約束をしてくれましたし、お父さんがお世話になった恩返しもしたいので、できれば助けになってあげてください。                           お父さんより』

 はーーーーーーーー。なんともはた迷惑なタイムカプセルだろうか。せめて、予めお母さんに言っておくとかしておいて欲しかったものだ。

 祖母に遺産を預けていたり、急に恩返しをさせられたり、サプライズ好きが悪い方に働いている父にタメ息が止まらない。

 「あ、あの!ご迷惑ですよね!私は急にこんな手紙を持っていっても、相手を困らせるだけだからやめておいたほうが良いって言ったんですけど。」

 「クラリス!ショージは大丈夫ってイッテタ!迷惑ナイ!ソウヨネ!カナタ!」

 「凄く図々しいわねあなた。」

 「すいません!すぐに帰りますから!」

 「帰ル!!イヤ!パティはモウこの家ノ子供デス!ネ!カナタ!」

 「お姉ちゃん!」

 なんとも凄いことを言う子だろうか、はっきり言って非常識もいいところだが、まあ何か事情がありそうだし、詳しく話を聞きましょうかね。

 「はいはいストップ。私も急な事で判断できないわ。」

 「ソンナ!ジャア、ママの方に会わせてクダサイ!説得シマス。」

 「良いわよ説得なんかしなくても、まずは買い物に付き合ってちょうだい。」

 「買い物ですか?」

 「話を聞くにしたって事情が複雑なら説明にも時間がかかるでしょ?ご飯を食べながら話を聞くわ。アナタ達の分も含めて買い物をしなくちゃいけないから着いてきてほしいの。」

 「オオ!お腹がスイテいたノデ助かりマス!ネ!クラリス!」

 「えぇと、いいんですか?」

 「余程困った事があって訪ねて来たんでしょ?ご飯ぐらいは食べさせてあげなきゃ父に天国から呪われそうだもの。」

 「え、天国って…。」

 「はいはい、行くわよ。」

 「あ、えっと、はい!」

 ほぼ強制的に彼女達を連れて、私は買い物に行くために自転車を押してスーパーマーケットへと向かった。

 



 道中。軽く自己紹介はしてもらった。

 つり目のお姉ちゃんの名前は「佐藤パトリシア」自分の事をパティと呼んでいる。

 たれ目の妹ちゃんが「佐藤クラリス」

 名前からしても察しがついたが、二人は双子でハーフとのこと。

 子供の頃に父と出会い。一緒に遊んでもらって、その時に約束だからとあのご迷惑タイムカプセルを渡されたそうな。

 そこまでは聞いて、残りの事情は後回しにした。夕飯の献立を考えながら歩いている状態で、重要な事を聞き逃していたら面倒なことになると判断したからだ。

 スーパーマーケットに着くと、日本のスーパーマーケットが珍しいのか、佐藤姉妹は見る物全てに新鮮な反応をしていた。

 その様子を、買い物をしているマダム達は微笑ましく見守っていた。

 買い物を手早く済ませた私は、自転車の籠に食料をいれた袋を乗せて、日用品は手に提げる事にした。

 クラリスは「私も持ちましょうか?」と気を遣ってくれたが、言おうお客さんなので遠慮した。

 



 諸々の買い物を済ませて家に着く。

 夕飯の分をと普段の倍は買ってきたのだが、果たして三人で食べたら明日の分も残るだろうか?と明日の自分の食べ物を危惧しながら、キッチンに立つ。

 「それじゃ、さっさと料理するわね。」

 「イエーイ!ナニを作ルデスカ?」

 「カレーよ。一度に大量の料理は久々だから嫌いでも許してね。」

 「カレーですか!やったぁ!」

 クラリスは、今までの落ち着いた雰囲気とは一変し、子供のようにハネテ喜んだ。

 その様子を微笑ましく見ていると、私の視線に気づき、はっ!と止まり「は、はしたないですよね。すいません。」と顔を赤くして頭を下げた。

 「良いじゃない。カレーが大好きなんでしょ?素直に喜べばいいわ。」

 「そ、そうですか?えへへ。」

 可愛らしい子ねぇ。言動の端々からも良い育ちだということがわかるわ。

 「カナタ。カレーは時間がカカルヨォ、パティはモウお腹がスイタァ。」

 本当に双子で育ったのかしらこの子達。

 「空腹は最高のスパイスって言うのよ。我慢してほしいものね。」

 「ブゥ~。」

 パトリシアは、唇をブルブルと震わせながら息と不満を吐いた。

 「もう!お姉ちゃん!…あ、そうだ!カナタさん。お母さまはいつ頃帰られるんですか?カナタさんは必要ないとおっしゃってくれましたが、やはりお二人で住まわれているなら同時に説明をしたほうが良いと思うのですが?」

 つい、料理をする手が止まった。

 クラリスに悪気はない。私は一度深呼吸をして「実はね、私は今一人暮らしなの。母は少し前に亡くなってしまったわ。」と短く説明した。

 それを聞き、クラリスはかなり動揺したようで、なんと言ったらいいかと自分の失言を悔いている様子だった。

 「カナタ。クラリスにワルギは無かったの。怒らナイデアゲテ?」

 どこか申し訳なさそうに、そして、悲しむようにパトリシアは上目遣いで言う。

 「怒ってないわ。知らなかったんだもの怒りようもないわよ。」

 その言葉を聞き、パトリシアは、ニッと笑い「ジャア、パティはゴハンマッテマスネ!」と椅子に座り、隣に来るようにクラリスに手招きをした。

 なるほどね。普段は自由人だけど、しっかりお姉ちゃんなのね。




 「カレーライス三つ出来上がり。」

 二人の前にカレーを置き、最後に自分の分を持って椅子に座る。

 「オオ!イイ香り!」

 「はぁ~おいしそぉ~。」

 二人とも見事にカレーの香りに虜といったご様子だ。

 「それじゃ、手を合わせて。」

 「「いただきます!」」

 スプーンにカレーとライスを自分の配分で掬い、口に運ぶ。

 「「うまぁ!」」

 「大袈裟よ。」

 二人の子供らしい反応に、自然と口元が緩くなる。

 「すっごく美味しいね!お母さんが作ったのより好きかも!」

 クラリスはご満悦。しかし、話を振られたパトリシアは「ソノ人の話シはイヤ。」とつれない反応。

 「お姉ちゃん。」

 姉の反応に、クラリスは困った様子だ。

 なんとなく、二人がここに来た理由がわかったような気がした。



 「「「ごちそうさまでした。」」」

 三人分のカレー皿を水に浸けてから、二人の前に再び座る。

 「さ、それじゃあある程度予想はできたけど、説明をしてもらいましょうか。」

 二人が家に来た本題に戻る。その話題を振ると、先ほどまでお祭り気分だった双子は、途端に静かになった。

 どうしたものかと腕組みをしていると、背後から声をかけられた。

 「私が説明しましょう。」

 その声に驚き振り返るが、窓から庭が見えるだけで誰もいない。

 空耳かなと若干の恐怖を覚えて前を向くと、二人の顔色はかなり悪くなっていた。

 もしかして、空耳じゃなかった?

 そう、嫌な予感が過ると、先程まで夕陽がさしていた室内は、ふっと暗転。

 何事かと慌てる。暗闇の中にいるというのに、しっかりと周囲の家具や双子の顔は視認できる。

 しかし、辺りは暗いまま。まるで明かりという概念だけが切り取られた様な空間に私は居た。

 自分の置かれた異常な状況に戸惑っていると、突如テレビの画面からニュッと何かが生えていることに気づく。

 それは、次第にテレビの画面からこちらへと生えてきており、見えている部分が人の頭であるように見えた。

 固唾を飲みそれを眺めていると、テレビの画面から両手が出てきて、テレビの枠組みを掴む。

 その、テレビから生えていたモノは「よいしょ!」と気合いをいれて、テレビからスルンと全身を露にする。

 それは、空中でくるりと半回転し、フローリングにワイ字で着地する。

 「十点!」

 笑顔でそう言うテレビから出てきたモノは、色白で痩せこけていて、黒い服に、内側が赤い黒マントを羽織った男性だった。

 「パパ…。」

 そう呟いたのはクラリスだった。

 パパ?え?このテレビからビックリ手品で現れたのは二人のお父さんってこと?

 色白の男性は、二人を一瞥した後に、私を見るや否や満天の笑みで近づいてきて「カナタちゃんだね!はじめまして~。私はクラリスとパトリシアの父で佐藤ヴァンプと申します。この度は娘達が急に放免してご迷惑をおかけしました~。」と手をコネながら言ってきた。

 「あ、えっと。」

 「もしかして、さっきの事を驚いてる?ほら、私達は吸血鬼でしょう?影から影へと移動できるじゃないですかぁ?あれは別にテレビから出てきたのではなくてですね。テレビの影から出てきたんですよ!ほら、初めてお会いするんだから、ちょっとパフォーマンスをしながら登場したほうが良いと思いましてね?」

 ヴァンプさんのマシンガン暴露に、私は理解が追いつかず、ただ黙って聞くことしかできなかった。

 「パパ!」

 「ん?あっ!その反応……まさかお父さんから私達な事をお聞きになってない?」

 無言で頷く。

 ヴァンプさんは、ガッと手で自分の顔を覆い「しまったぁ…。」と天をあおぐ。

 しばし天井を見上げたあと、すっとこちらに顔を向けて「今の冗談だから」と真顔で言った。

 「は…はあ……いやいや!ならさっきのはなんですか!?」

 「えっ!?えっと……イッツアマジック……ハハ。」

 本人でも無理があると思ったのだろう。ヒラヒラと手を振りながら、ヴァンプさんは苦笑いしていた。

 父親の失態に、双子姉妹は呆れたようにタメ息をついた。



 「はい、お察しの通りと言いますか、先ほど申したように私は吸血鬼です。この娘達も私の血を受け継いでおります。」

 ヴァンプさんは、何故か正座をしながらうなだれて打ち明ける。

 「私達姉妹は、人であるお母さんと吸血鬼であるパパから産まれたハーフの吸血人なんです。身の上を話したところで信用してもらえないことはわかっていました。しかし、嘘をつくのは良心が痛んだもので、つい何も言えなかったんです。」

 その父親の隣で、同じように正座をしながらうなだれて打ち明けるクラリス。

 「デモ、お母さんとケンカシテ、家出をシタカラ家にカエル事もデキナカッタンデスヨネ!」

 ハハハハハハと、アメリカンな笑いをしながら同じように正座をするパトリシア。

 「二人が出ていってすぐに、しょうじさんから頂いた手紙が無くなっている事に気づいて、もしやこちらへ来ているのではとお邪魔したんです。」

 なるほどなるほど、予想はしていたけれど、やはりただの家出だったか。

 大方、家出をしたは良いが、泊まる場所もお金もなくて、ウチを頼ったのだろうと思っていた。

 「そうかぁ……吸血鬼かぁ……。」

 空想上、ファンタジーの生き物が目の前にいる。いや、別にこの人達が人の血を吸っているところを目撃したとかではないのだが、少なくともヴァンプさんのあの現れかたは、ただの人では説明がつかない。

 となれば、嘘はない。

 現実逃避しそうな思考回路を、理詰めして落ち着かせる。

 なんにせよ、私が今聞くべき事は一つ。

 「それで、二人は家族が迎えに来たわけだけど、どうするの?」

 姉妹は互いを見て、俯き悩んでいる。

 ヴァンプさんは何も言わず、娘達の決断を待つ。

 沈黙を破ったのはクラリスだった。

 「私は、帰らなきゃいけないって思う。カナタさんにご迷惑をかけられません。」

 「なら、アタシも帰るわ。一人でお邪魔するほど図々しくないし。」

 パトリシアは今までの元気爆発カタコトキャラから一変し、澄ました顔で自分の髪を払いながら言う。

 「あなた、キャラを作ってたのね。」

 「作ってただなんて、なりたい自分を演じていただけよ。」

 得意気な顔で言うものだ。

 「はぁ、なんでもいい。無事に家に帰られるならそれが一番だしね。」

 「カナタさん!」

 ヴァンプさんは、突然正座をしたまま頭を下げた。

 「本当に短い間とはいえ、娘達がご迷惑をおかけしました!」

 「そんな、顔を上げてください。久しぶりに誰かと夕飯を囲めて私としてはとても楽しかったです。ご迷惑なんかじゃないですよ。」

 「そう言っていただけると、非常に助かります!では、私達はこれで!」

 顔を上げて立ち上がり、ヴァンプさんは娘達にお礼を言うよう促す。

 「お邪魔しました。」

 「カレーとても美味しかったわ。」

 「お粗末さまでした。元気でね。」

 娘達が頭を下げるのを確認し、ヴァンプさんも軽く頭を下げて、三人は溶け込むようにスルンと影に消えた。

 少しすると、暗闇は消え窓からは、ほのかに夕陽が射し込んできている。

 賑やかな訪問者も帰り、広い家に立ち尽くしていた。

 「さて、お風呂でも入って、やることやったら寝ましょうかね。」


 今日は、早めに眠った。



 翌日。自然と目が覚めて時計を見る。

 時刻はまだ五時。外はまだ薄暗く、早く起きすぎたかなと首を回す。

 今日もワカバの分のパンも焼いて、まったり過ごすとしよう。

 自室から出て、リビングへ向かう。

 「まだ少し冷えるわねぇ。」

 冷蔵庫中身を確かめて、今日もまた買い物に行かなければと献立を考え滅入っていると、後ろから声がした。

 「ソウデスネ~カナタ。パティはホットミルクが飲みたいデス。」

 冷蔵庫にある牛乳を指さしながら、パトリシアは言う。姉の自由人な振る舞いに、クラリスは「えっ!?えぇ?」と困惑している。

 「良いわね。私もそれにしましょ。パンを焼くけどバターはいる?」

 「あれ?」

 「焼くダケデ良いデス!」

 それだけ言うとパトリシアは前から使っていたかの様な自然さで、椅子に座る。

 「クラリスはどうするの?」

 冷蔵庫にパンが丁度四枚有ることを確認し、取り出してクラリスに質問する。

 「あ、私はジャムが、あれば。」

 「イチゴジャムがあったわね。それで良いかしら?」

 「えっと……はい。」

 何かを言いたげだったクラリスは、諦めたのか、しゅんと落ち込み姉の隣に座る。

 「わかったわ。」

 小さい鍋に牛乳を入れ、IHの電源を入れて、パンを先に二枚オーブンに入れて加熱をする。

 「五分待ってね。」

 私は二人の前に座り、一息つく。

 「さて、待っている間、なんであなた達がここに居るのか説明してもらってもいいかしら?」

 「あ!ですよね!」

 先ほどから戸惑っていたクラリスは、安心したように頷く。

 そう、さらりとスルーしていたが、リビングにクラリスとパトリシアが先に来ていたのだ。

 「コレを読んでクダサイ!」

 パトリシアは昨日と同じように、私に手紙を差し出してくる。

 手に取り、熟読する。

 『カナタさんへ            

 私、クラリスとパトリシアの母の佐藤 ミズキと申す者です。顔を見せずに手紙でお願いを済ませる事をご容赦ください。私は三人の様に自分だけでは影移動が出来ないため、お会いすることができません。  さて、突然で申し訳ないのですが、お願いと言うのはそこにいる二人の事についてです。ずっと魔界で育った二人は、私が過ごしていたそちらの世界を知りません。しかし、こちらの世界で生きてゆくのも良いかと思っていましたが、せっかくの機会ですので、二人には世界が広い事を知ってもらい、様々な事を勉強してもらいたいのです。その為には、そちらで衣食住が安定しなければ難しいでしょう。無理なお願いとは百も承知です。二人の生活費はこちらから支払わせてもらいますので、二人をあなたの家に住まわせてもらえないでしょうか?もちろん断っていただいてかまいません。その場合はこの手紙を破いてください。契約は破棄となります。

 どうか娘達をよろしくお願いします。』

 何故こうも何かを手紙越しで押し付けられるのだろうか。

 天井を見上げていると、チン!とオーブンが鳴る。

 「あぁ…とりあえず食べる?」

 「ハイ!」

 あら良いお返事。私はパンを皿に乗せてから、片方にジャムを塗る。

 そして、空いたオーブンに二枚パンを入れて加熱する。

 「お先にどうぞ。」

 「いただきマス!」

 「い、いただきます。」

 二人が食事をしている間、手紙を読み考える。はっきり言って部屋は余ってるし、金銭面でも問題はなさそうね。

 「あの、厚かましい事とは承知してますが、住まわせていただくことはできるのでしょうか?」

 不安そうにこちらを見るクラリス。姉は我関せずと言うようにパンを噛る。

 「できるできないで言えばできるわ。ただ、私は学校にも行かなくちゃだし、流石にあなた達二人を家に置いていくわけにもいかないしね。そこが問題だわ。」

 「オトナシクシマスヨ?」

 「あなたそのままでいくのね。どうしたものかしら。」

 「ご心配無用!」

 突然背後から大声がして驚く。

 そこにはヴァンプさんが立っていた。

 「おはよう、ございます。」

 「はい、おはよう。挨拶ができて偉いねぇカナタさんは。」

 昨日から薄々感じていたが、親戚のおじさんみたいな反応をする人だ。

 「それで…心配無用と言いますと?」

 「実はね。カナタさんが行っている学園の創立者である間仲イズルとは知り合いでね。事情を話してみれば入学を許可してくれたんだよ!」

 「えっと、つまり私が学園に行く時も、二人を一緒に連れていけば良いってことですか?」

 「そう!悩みは解決だ!」

 たしかにそれならば、家に居てもらうより安心できる。

 「ん?入学できたのはいいとして、どうしてヴァンプさんは私が入学した学園の事を知ってるんですか?私が入学したの昨日ですし、話してないですよね。」

 はっはっは!と高笑いしていたヴァンプさんがフリーズした。

 会話を聞いていた双子ちゃん達も、たしかに何故だろうと首を傾げている。

 「いやぁ……言わなきゃダメかい?」

 とても言いたくなさそうに目を泳がせながら、私に聞くヴァンプさん。

 「今後の付き合いを考えるのであれば、スッキリさせておきたい部分ですね。」

 さりげなく「隠し通そうとするならば、二人の居候の話は無しにします。」と意味を込めて問い詰める。

 天井を見上げて、悩みに悩んだヴァンプさんは「先にこれだけは言うが、決してストーカーではないからね。」と前置きをして告白する。

 「実はだね。君のお父さんが亡くなってから数ヶ月が経った頃だ。君のお父さんから私宛に手紙が届いてね。そこには、自分の身になにかあった時は、時間がある時にカナタさんが成人するまで良いので、文字通り影ながら見守っていただけないだろうか。と書いてあったんだ。隠居の身の私からするば、時間はあるうえに、友人の娘さんだ。歳もパトリシア達と一緒となれば放っておけなくてね。プライベートに関わり過ぎないように配慮しながらカナタさんの事を監視していたんだよ。」

 今明かされる衝撃の真実。

 つまり私は小学生の頃から今まで、顔も見たことのない人にずっと見守られていたというわけだ。少しゾッとした。

 「あれ?でもパパって昨日カナタさんと会った時に、いかにも初めてお会いしたみたいな接し方じゃなかった?」

 クラリスが純粋な疑問をぶつけると、ヴァンプさんはショボくれた顔をして言い訳をする。

 「いや、考えてもみてよクラリス。向こうは会ったこともない人だよ私。それがいきなり『いやあ!影ながらずっと見守っていた吸血鬼です!顔を見せるのは初めてだね!』って挨拶してごらん?気持ち悪過ぎるでしょ。対面するのは実際初めてだったし、もう今まさに初見です!って雰囲気を出しておきたかったんだよ。」

 人差し指同士をツンツンさせて、ヴァンプさんは半べそをかいている。

 「ま、まあ、事情はわかりました。」

 これには私も顔が引きつる。しかし、理由はどうあれ私の事を良く知っているのなら話は早い。

 不安の種だった平日の二人の行動がわかるのであれば、もう断る理由はない。

 私は咳払いをして、クラリスとパトリシアを見つめる。

 「クラリス。パトリシア。私は吸血鬼ってのを詳しく知らないし、不便な想いをさせる事があるかもしれないけれど、これからよろしくね。」

 精一杯自分が作れる笑顔を向け、二人に手を伸ばす。

 不安そうにしていたクラリスはパッと明るくなり、強く私の手を握った。

 「はい!私も勉強不足なところがあるかもしれませんが、これからよろしくお願いします!」

 そんな私とクラリスの手を包むように、パトリシアが手を握ってくる。

 「カナタ!私も元気一杯にカナタを楽シクしてアゲルネ!ヨロシクデス!」

 「うん。よろしくね。」

 私達のやりとりを眺めていたヴァンプさんは、どこから出したのかハンカチで涙を拭いていた。

 そして、突然何かをかわすように跳び跳ねる。

 「おおっ!危ない危ない。それじゃカナタさん。二人の事をよろしくお願いします。何かあれば影を三度ノックしてください。すっ飛んで来ますので。じゃ、パパはそろそろここに居られなくなるからね!良い子にしてるんだよ!それじゃあね!」

 捲し立てて言うことだけ言い、ヴァンプさんはスルンと影に帰っていった。

 「どうしたのかしら?」

 「ああ、多分日が出てきたからですね。パパは純粋な吸血鬼ですから、私達と違って日に当たると大変なんです。」

 言われてみれば、窓からは日の光が射し込んできていた。

 そうか、早く起きたから忘れていたけれど、さっきまではまだ日も出ていない時間だった。 

 はたと時計を見ると、そろそろワカバが来る時間だと気づく。

 そして、丁度そのタイミングで家のチャイムが鳴った。

 「ちょうどいいわ。二人に紹介しておこうかしら。」

 「ダレデスカ?モシヤ!カナタのカレシデスカ!?」

 「当たらずとも遠からずってやつね。」

 「「えっ!?」」

 驚く二人を連れて、私は玄関へ向かう。

 

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私の家族『シェアハウスメイト』 バンゾク @banzoku011723

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