第3話 心配になったから風呂場を確認しにいく



黒崎さんがシャワーを浴び始めて既に二十分が経過している。

女子のシャンプーは長いと噂程度に聞いたことはあるが、それにしてはあまりにも長すぎやしないだろうか。


俺は急に心配になって風呂場に確認しにいくことにした。


(ずっと雨に打たれちゃってたから具合悪くなって倒れたりしてないよね。やっぱりずっと見張ってた方がよかったか……)


洗面所のドアを開ける。

シャワーの流れる音が聞こえているが、実際のところ風呂場の中で何が起きているかは分からないので、カーテン越しに声をかけてみた。


「黒崎さん、生きてるか?」

『……』

「おーい!」

『……』

「桃香ちゃーん!」

『……』


やはり反応は無し。

こうなったら風呂場のカーテンを開けてしまって確認せざるを得ないだろう。


最悪の結末が頭をよぎる。

迷っている暇はない。

もし倒れていて、苦しんで声も上げられない状況ならば一刻の猶予もないのだ。


俺は恐る恐るカーテンを開けた。


「大丈夫か、黒崎さん!!」


風呂場の浴槽の中で仰向けに倒れている。

もちろんシャワー中なので、全裸でだ。

だがこれは緊急事態、寝転がっている女の裸を見て興奮している場合ではない。


「すぐに人工呼吸を……」


そう思ってシャワーを止めて顔を近付けたのだが……俺の心配は過分に終わってしまった。


端的に言うと、寝ていた。

あろう事か、シャワーを出しっ放しの状態でスヤスヤと寝息を立てて眠っていたのだ。

水の無駄遣いである。


もう一度だけ言わせてもらうと、素っ裸・・・でだ。


浴槽内にお湯を張っていなかった事だけは不幸中の幸いだ。

リアル溺死があり得たからな。

そもそもこの環境下で眠れるハートがすごいよ。


……とにかく目覚めさせるのが最優先事項だ。


俺は色んな部位に目を奪われながらも、黒崎さんの頬っぺたをペチペチと叩く。

……まだ起きない。


湿った髪の毛を少しだけ引っ張ってみる。

……まだ起きない。


肩を左右に揺らしてみる。

別の物も同時に揺れていたが気にしない。

……まだ起きない。


おっぱいを揉……さすがにそれはマズいな。

セクハラで訴えられでもしたら輝かしい俺の人生が終わる。


てな訳で、給湯器の温度を五十五度まで上げて、シャワーをかけてみることにした。


『ジャージャーー』


『熱っっ?!』

「あ、起きた。黒崎さんおはよう」

『ちょ、熱い熱い熱い!!』

「ごめん、あんまり熟睡してたもんでつい」

『アンタ、私を殺す気ね』

「いや、そんな大袈裟な……」


やっと黒崎さんは目覚めた。

俺の心配は完全なる取り越し苦労に終わったので、仕返しの念を込めて熱い湯をぶっかけた次第である。


俺は黒崎さんに注意した。


「危ないから浴槽で寝るのはやめなさい!」

『わ、悪かったわね、とりあえず落ち着きなさいよ』


まあ興奮して取り乱しそうなのは間違いないが、落ち着くのはアナタだ。


「風呂場は寝る場所じゃないんだからな」

『仕方ないじゃない。思った以上にぴったりと体が収まってシャワーが気持ち良かったから、ついウトウトしちゃっただけよ……』

「ほら、手伸ばして」


俺は腕を引っ張ってスッポリとはまり込んでいる体を起き上がらせてあげた。




……うむ、非日常すぎる!


ギャル男から美少女を救出して、今度は浴槽から美少女を救出する俺、レスキュー隊員かなんかなの?


「ほら、このタオルで大事なとこ隠して」


俺の心は素っ裸の女を前に揺れ動いているが、黒崎さんは至って平常心である。

もう少し恥じらいと後ろめたさを持って欲しいものだ。


何はともあれ無事が確認できたので、とりあえず一安心だな。


「洗面所にバスタオルと着替え置いといたから、ちゃんと体を拭いて、服を着てから戻ってくるように!」

『ええ、仕方ないから言う通りにするわね』


これは教育が必要だ。


残り僅かである理性を保ちつつ、カーテンをしっかりと閉め切ってから洗面所を後にする。


ほんと油断も隙もない。

自宅に入れてから数時間でこの騒ぎだ。

早々に事情を聞き出さないと色々と持たないぞ。





数分後。

黒崎さんがやっと出てきた。

髪をバスタオルで拭きながら眠たそうな顔付きで部屋に入ってくる。

さすがに全裸ではなく、今度はしっかりとパジャマを着て登場した。


俺は下着を用意していなかったことを思い出す。

しかし黒崎さんは気にも止めていない様子で、多分、直で履いている。

この子の常識と俺の常識が異なっているのは分かっているので、俺も気にすることはない。


まあしっかりと体は洗えたようで、汚れていた顔も綺麗になっている。


……正直言って、めっちゃ可愛い、美少女だ。

スッピン状態でこの可愛さには惚れ惚れする。


「すごい綺麗になったじゃん」

『ん、ああ、確かにスッキリはしたわね。シャワーを浴びるのはやっぱり気持ちがいいわ』

「洗面所は自由に使っていいよ。化粧直してきてもいいからな」

『私、化粧って基本しないのよ。昔は化粧なんてしたこともなかったし』


黒崎さんはよくって言葉を口にする。

今とは全く違った環境に身を置いていたって認識でいいのかな。


家庭環境に難があるのは間違いないと踏んでいる。

ならばその辺から探りを入れていくべきだろう。


「もし言いたくなかったら別に言わなくてもいいんだけどさ、家に帰ったりはしなくていいの?」

『私に家は無いわ。施設の人から聞いた話だと、四歳の頃に無人島・・・に捨てられたってことだけは聞いているわね』


無人島とは酷い親だな。

児童養護施設に預けるとか養子に出すとか色々と方法はあるだろうに。


だが無人島に捨てられた後はどうなったのか。

現時点で生存しているということは、どこかのタイミングで救助されたのは確実だ。

問題は、いつ救助されたかだ。


「無人島にはどのくらい滞在してたの?」

『つい二週間前・・・・まで生活してたわ』

「えっ、嘘でしょ」

『嘘ついて私に何のメリットがあるのかしら』


どうやら事実らしい。


黒崎桃香は四歳からついこないだまで、無人島でサバイバルな人生を繰り広げてきた。

だから人間社会の在り方が基本的に分かっていないのだ。

施設に二週間は滞在しているようなので、最低限の教養は身に付けてはいるものの、やはり不安しかないのは否めない。


全裸になる恥ずかしさをかなぐり捨てた変態さんではなく、そもそも恥ずかしい行為だということを知らないのだ。


野生で暮らしてきた彼女にしてみれば服は文字通りただの服でしかない。

『服を何故着るのか』と質問をしたら『寒さを凌ぐためでしかないわね』とか返答してくるだろうし、邪魔だったら脱ぎ捨ててしまうくらいの感覚なのだろう。


「施設の人が心配してるかもよ」

『あそこは自由を奪われて最悪な場所だから二度と帰らないつもり。だから拾ってくれる優しそうな人を探していたの』

「で、優しい俺が拾ってやったのか」


いくら黒崎さんでも、誰かれ構わず着いていくわけではない。

その証拠として、さっきのチャラ男からの誘いを明確に断っているからだ。


……あのタイミングで出会えたのはむしろ僥倖だったのかもしれない。

あのまま放置していたら、いずれ不審者に連れていかれてただろう。


ん、黒崎さんがモジモジしてる。

……何か言いたそうだな。


『だ、だから、その……アンタには感謝してるわ。あ、ありがとう……ございます』



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