第7話 因果応報
『えっ……これがそうなの?』
『はい、そうですよ。これも一緒に持って帰りましょう』
金庫の中には透明な水晶玉が一つだけ置かれており、見た限りでは大して価値のある代物とは思えない。しかし、アイリスによれば奴隷商人が財産の大半を費やして手に入れた高価な物らしく、一応は持って帰ることにした。
『あ、直接触れない様に気をつけてください。毛布で包んで壊れない様に運んでくださいね』
『分かった。それでここから先はどうしたらいい?』
『もちろん、厨房で用意したあれを使う時ですよ』
マオは水晶玉を回収すると、脱走の前に調達しておいたアルコール度数が一番高い酒瓶を取り出す。それをまずは気絶している奴隷商人に少量浴びせると、残りの酒は部屋の中にばらまく。
『ほ、本当に大丈夫なんだよね?』
『大丈夫です。さあ、やっちゃいましょう!!』
酒がしみ込んだ絨毯にマオは厨房から持ち出した火打石を取り出すと、覚悟を決めて火花を散らす。酒がしみ込んだ絨毯は一気に燃え上がり、本棚や机にも引火して部屋の中は炎に包まれていく。
部屋が火事になる前に奴隷商人は部屋の外に待機させており、マオは急いで窓を開いて外へ逃げ出す。この時に窓から煙が上がり、夜明けを迎えようとしていたので屋敷の外からも見えるはずだった。マオは急いで傭兵に見つからない様に地下牢へと向かう――
――マオが去った後、廊下で気絶していた奴隷商人は焦げ臭い臭いに気が付いて目を覚ますと、自分の部屋が燃え盛っていることに気が付く。意識が覚醒した奴隷商人は慌てて部屋の中に飛び込もうとしたが、炎の勢いが強すぎて入れなかった。
「ば、馬鹿な!?儂の部屋が……お、おい!!誰かいないのか!?早く火を消せ馬鹿どもが!!」
奴隷商人は屋敷内にいるはずの傭兵に声をかけるが、彼等は中庭で酒盛りして酔い潰れていた。それを知らない奴隷商人は必死に家事を消そうとするが、炎の勢いが強すぎて彼にはどうすることもできなかった。
「く、くそっ!!あの馬鹿どもめ……そ、そうだ!!奴隷どもを起こせばいい!!」
奴隷商人は使用人を雇わずに身の回りの世話は自分が管理する奴隷に行わせていた。だから火事も奴隷に対処させようと屋敷の外に出た瞬間、玄関の方が騒がしいことに気が付く。
「何事だ!?」
「だ、旦那!!大変でさぁっ!!外に警備兵の連中が押し寄せてやがる!?」
「な、何だと!?」
辛うじて酔い潰れていない傭兵が玄関の扉を抑えていたが、外側から強い衝撃が走って無理やりに扉がこじ開けられる。そして敷地内に入ってきたのはこの街の治安を守る兵士の集団だった。
「ゴーマン!!あの煙は何の騒ぎだ!?」
「ひいっ!?こ、これは警備隊長殿……お久しぶりですね」
「そんなことはどうでもいい!!火事が起きているのならばどうして我々を呼ばない!?」
警備隊長を務めるのは正義感で強い事で有名な男であり、彼の顔を見てゴーマンは焦りを抱く。ゴーマンは自分が違法な取引で商売を行っているため、警備兵は最も警戒すべき相手である。そして警備隊長は賄賂など通じぬ相手であり、何としても追い返さなければならない。
「か、火事といいましてもちょっとしたぼや程度でして……わざわざ警備隊長殿を及びするほどではないと思いまして」
「ふざけるな!!街の何処からでもお前の屋敷から煙が上がっているのが見えるんだぞ!!火事の原因はいったいなんだ!?」
「そ、それが私にも分からず……」
ゴーマンの話を聞いても警備隊長は納得がいかず、彼を押しのけて屋敷へ乗り込む。警備隊長の後には数十名の兵士が後に続き、このまま屋敷を調べ回られるのはまずいと思ったゴーマンは必死に止めようとした。
「こ、こら!!勝手に入るんじゃない!!ここは私の屋敷だぞ!?」
「このまま火事が広がったらどうする!?近隣の人間からも不安の声が上がっている!!我々の邪魔をするな!!」
「隊長!!あちらで男達が倒れています!!」
中庭には酒盛りで酔い潰れた男達が眠り込んでおり、それに気が付いた警備隊長はどういうことなのかとゴーマンに視線を向ける。だが、ゴーマンも彼等がのんきに中庭に眠りこけているのを知って戸惑う。
「あ、あいつらいったい何をしておるのだ!?」
「ゴーマン……これはどういうことだ?何故、彼等はこんなところに寝ている?」
「そ、それが私にも何が何だか……」
「またそれか!!貴様はいったい何を隠している!?」
「ひいっ!?ご、誤解です!!私は本当に何も知らなくて……」
ゴーマンの返事に激怒した警備隊長は詰め寄ると、必死に言い訳をしようとしたゴーマンだったが、この時に地下牢に続く建物からマオが飛び出してきた。
「その男を捕まえてください!!こいつは違法な手段で奴隷を売買してるんです!!」
「何だって!?」
「き、貴様!?いったい何を言い出す!?」
いきなり現れたマオに警備隊長と兵士達は驚き、ゴーマンは慌てふためく。そんな彼等にマオはゴーマンの不正の証拠として彼の部屋で見つけた帳簿を取り出す。
「これがその証拠です!!どうか確認してください!!」
「ま、待て!?なぜ貴様がそれを持っている!!」
「……どうやら本物のようだな」
警備隊長はゴーマンの態度を見て帳簿が本物だと判断し、彼を兵士に抑えつけさせて帳簿の中身を確認した。帳簿には違法な手段で奴隷となる人間を売買していることが記され、更にマオは地下に捕まっている奴隷達のことを明かす。
「この下には俺のように奴隷がたくさん捕まっています!!中には酷い怪我を負って動けない人達もいます!!」
「……すぐに確認しろ!!」
「ま、待て!!誤解だ!!そいつらは私の奴隷なんだぞ!?」
「奴隷と言えども違法な手段で連れてこられたのならば話は別だ!!」
この国では正当な手段を踏まずに奴隷を作る事は重罪であり、ゴーマンは違法な手段で数多くの奴隷を作り出した。その中にはマオも含まれており、彼の証言と証拠だけでゴーマンを捕まえる理由は十分だった。
「ゴーマン!!遂に尻尾を出したな!!貴様はもう終わりだ!!」
「お、おのれ!!わしを誰だと思っておる!?離せ、離さんかっ!!」
「……ざまあみろ」
自分を一年間痛めつけてきたゴーマンが無様に捕まる光景にマオは胸が晴れた気分を抱き、こうして彼の奴隷生活は終わりを迎えた――
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