異世界生活

第8話 ここからが本番

――その後、ゴーマンは捕縛されると彼が雇っていた傭兵も犯罪に加担していた容疑で捕まった。奴隷として酷使されていた人間達は解放されるが、心や身体に深い傷を負った者はまともに生活もできないので保護施設に預けられることになった。


マオは奴隷の中でも精神面も安定しており、大きな怪我もなかったので事情聴取の後は解放された。警備隊長の計らいで住む場所がない彼のために格安の物件を紹介してくれ、当面の生活費も支給してくれた。これはゴーマンを追い詰める証拠を持ち込んだお礼でもあり、マオは有難く受け取った。



「う~ん、よく寝た!!」



奴隷として生活を送っていた頃は有り得ぬ台詞を呟きながらマオは目を覚まし、奴隷から解放されてから一か月の時が過ぎていた。警備隊長のお陰でまともな生活を送れるようになったことで心身共に回復し、前世ほどではないが平穏な時を過ごしていた。



「はあっ……こうしてみると異世界に来たと思い知らされるな」



外に出るとマオは空を見上げて全身が銀色の鱗で覆われた巨大なを目撃した。名前は「白銀竜」と呼ばれる世界中を飛び回る珍しい生物らしく、地球では有り得ない光景にマオは改めて自分が異世界に転生したのだと意識する。



「今までのことが全部夢で目を覚ましたら元に戻る……なんて都合がいい話はないか」



前世の世界へ戻りたいという気持ちもなくはないが、この世界で過ごす内にその気持ちは薄れていく。奴隷として過ごしていた頃は辛かったが、両親が健在だった頃の日々は幸せで忘れられない思い出だった。



(この世界で過ごした日々を思い出す度に前の世界のことが本当は夢だったんじゃないかと思うな。でも、俺は確かに転生したんだ)



マオはベッドの下に隠しておいた毛布を取り出すと、中身はゴーマンの金庫から回収した水晶玉が収められていた。ゴーマンの私物は全て警備兵が押収したが、この水晶玉だけはマオが先に持ち出して隠しておいた代物である。


本当ならばゴーマンが捕まった時に警備兵に渡すべきだったのかもしれないが、アイリスの助言でマオがこの世界で生きていくためにはどうしても必要な代物らしい。だから警備隊長には悪いと思いながらもマオは水晶玉を渡さずに所持していた。



『アイリス!!』

『わっ!?そんな大声で叫ばなくても聞こえてますよ!!』

『心の声に大声とかあるんだ……』



アイリスと交信すると彼女はすぐに返事をくれた。前々から不思議に思っていたがマオが何時如何なる時でも彼女の名前を心で呼べば返事をくれる。もしかしたら女神というのは暇なのかと考えた時、マオの考えを読み取ったのかアイリスは心外そうな声を出す。



『むむっ!?私がいつでも返事をするから暇人だと思いましたね!?言っておきますけど私は暇人じゃありませんよ!!』

『ご、ごめんなさい。そんなに怒るなんて思わなくて……』

『私は人じゃないから暇人じゃなくて暇神とよんでください!!』

『怒るところはそこなの!?』



自分を人扱いされるのは女神としてのプライドに傷つくらしいが、暇なのは本当なのか否定はしないアイリスにマオは呆れてしまう。



『だって本当に暇なんですよ。私の役目は狭間の世界の管理なんですけど、マオさんのように迷い込んできた魂なんて滅多にきませんし、暇すぎて世界を覗き見するぐらいしかできませんから』

『そんなことしてたんだ……はっ!?なら俺のことも覗いていたの!?』

『もちろん、マオさんのお尻には黒子が二つ並んでいるのもばっちり目撃してます』

『きゃあ、変態!!』



この一か月の間にマオはアイリスとの親交を深め、相手は女神だからといって敬うのは止めにした。アイリスもそれを望んでいるようなので遠慮なく彼女の力を借りることにした。



『今日から始めるんだよね……

『そうですね、この一か月でマオさんの体力もある程度は戻ったはずですから』

「やった!!」



アイリスの返事にマオは素の声を出して喜び、実は彼が持ち出した水晶玉の正体は魔法使いが利用する貴重な練習道具だった――






――悪徳商人のゴーマンが財産の半分を使い果たしてまで手に入れたのは、魔法使いが自分の能力を磨き上げるのに利用する道具であり、ゴーマンの目的は魔法使いになって自分に逆らう者を魔法で痛めつけようと考えていた。しかし、その目的を果たす前に彼は捕まったのでマオが持ち出した。


この水晶玉もいずれは警備隊長に引き渡すべきだが、その前にマオは自分が魔法使いになるための練習に使わせてもらう。この世界には魔法が実在すると聞いた時は人生で一番の衝撃を受け、自分も魔法使いになりたいと思ってアイリスに魔法を習得する術を学ぶ。



『魔法を覚えたいというのなら体調は万全な状態にしておいたが方がいいですよ。まずは奴隷生活で蓄積された疲労が抜けるまでは我慢して下さい』

『え~!?それってどれくらい?』

『最低でも一か月ですね。その間は激しい運動は控えてしっかりとご飯を食べて身体を休ませてください』



アイリスの忠告を受けてマオは言いつけ通りに一か月は身体を休ませた。そのお陰で奴隷として過ごしていた頃と比べても肉付きが戻り、普通の生活を過ごすには問題ないぐらいに体力を取り戻した。そして遂にアイリスの許可を得ると魔法の練習を開始した。

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