5 きばらないで生きていこう(トイレは別)

 しかしどうしてまた私は転生なんぞしたのだろう?


 フランソワーズの知る限り、この世界では転生というのは一般的な考えではない。

 地球で死んだ人がみんなこの世界に転生しているということはなさそうだ。

 あるいは転生しているかも知れないが、私のように前世の記憶を取り戻すということをフランソワーズは聞いたことがない。


 前世の記憶を持っているということはあまり他言しないほうが良さそうである。

 この世界の常識がどうなっているのかフランソワーズは知らないが、地球には魔女裁判という歴史もある。


 では細谷茉莉花の記憶のことを隠してフランソワーズ・ド・ラ・ジラルディエールとして生きていくのか?


 選択肢は他に無いように思える。


 幸いにしてフランソワーズは公爵家の令嬢で生活に困る要素は無さそうだ。

 将来的に政略結婚の道具にされそうではあるが、それはおいおい考えれば良い。

 フランソワーズの知る限り、今のところ婚約者がいるわけでもないようだ。

 茉莉花の記憶が確かならば公爵というのは、貴族の中でも位が高い。

 かなり楽な人生設計ができそうだ。


 うん、そうだ。楽に生きよう。


 前世は頑張って、頑張って、頑張りすぎて死んでしまったようなものだ。

 同じような人生は繰り返したくない。

 せっかく公爵令嬢として生まれ変わったのだ。

 今度は楽して楽して頑張らないで生きていこう。

 それができるだけの背景が用意されているのだから。


 そう考えると随分と気が楽になった。

 生まれ変わったのもそんなに悪いことでは無い気がする。

 こんなに綺麗な部屋に住めるんだし。


 そう思って部屋の中をもう一度見回して、私はおまるの存在に気付き、心の中で悲鳴を上げた。


 待って、ちょっと待って、この世界で生きていくということは、あんなトイレ事情が当たり前ってこと?


 人前で排泄して、うんこは庭に投げ捨て、豚に食わせる。

 お尻は手で拭いて水で洗うだけ。


 おえー。私には無理だ。


 少なくとも自分の手でうんこを拭う気にはなれない。

 かと言って一生ノーラにお尻を拭いてもらうわけにもいかないのだ。

 それだってかなり遠慮したいし。


 できれば洗浄器付き便座を用意してもらいたい。

 だがそれが無理な願いであることは重々承知である。

 この世界に突然洗浄器付き便座が現れても、電源を用意できない。


 なにか次善の策を考える必要がある。

 次の便意が訪れるより前に。


「お嬢様、またおトイレですか?」


 腕を組んでうんうん唸りだした私を見て、ノーラがそんなことを聞いた。


「違うの。ノーラ。その、お尻を手で拭くのってばっちくない?」


 フランソワーズの語彙は少ない。

 この世界の言語は日本語とは違うから、フランソワーズの記憶を頼りに話すしかないが、言葉がうまく出てこなくてもどかしい。


「お嬢様の出されたものであれば汚いなどと思ったことはありませんよ」


 本当のところはどう思っているのか分からないが、ノーラは平然とそうのたまう。

 乳母とは言っても、ノーラはまだ若い女性だ。

 そこまで取り繕えるものだろうか?


 本気でそう思ってくれているにしても、うんこを手で拭いて水で洗うだけというのは衛生的にいただけない。

 せめて石鹸くらいは使って欲しいものである。

 公爵家なのだから石鹸くらいは手に入るだろうに、それをしないということは衛生観念自体が薄いか、あるいは存在しないのだろう。


 結局その手で私に触れることになるのだから、最低限の衛生観念は身につけてもらわなければ私の精神が保たない。


「お水でお尻を洗えないの?」


「それってかえって汚れませんか?」


 質問に質問で返すなあーっ!

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