4 私は汚された(綺麗になった)

 自分の手でうんこを拭うのはやりたくない。

 かと言って他人の手でお尻を拭かれたくもない。


 もしいま私の前に神様が現れてひとつだけ願いを叶えてくれるというのなら、迷わずトイレットペーパーをお願いするだろう。9ロールでいい。ダブルで。


 フランソワーズの記憶のおかげで、この世界では紙が貴重品であることは分かった。

 間違ってもお尻を拭くのに紙を要求してはいけない。

 もっともフランソワーズの記憶にあるようなごわごわした紙でお尻を拭けば、あっという間に切れ痔一直線だろう。


 せめて布で拭きたい。

 いま着ているドレスのスカートで拭くわけにもいかないだろうから、せめてハンカチのようなもので。


 などと私が考えている間に、ノーラは慣れた手付きで私のスカートを捲りあげ、水を張った手桶を傾けて手を濡らすと、私のお尻に突っ込んだ。


 抵抗する間もない。

 他人にお尻を弄られる感触に、ふぎゃあと変な声が出る。

 右手でがっちりホールドされて逃げ出すことも叶わない。


 そのままぐりぐりとお尻を指で拭われて、私は汚されてしまった。

 うんこを拭いてもらったのに汚れたとはこれ如何に。


 自尊心を二度殺された私が呆然としていると、ノーラはうんこで汚れた手を手桶の水で洗い流し、ハンカチで拭った。


 そのハンカチでケツを拭けよ!


 レオニーとナザがおまるを抱え、おしっことうんこと水の混じり合った排泄物を便座の穴から投棄する。


「ここからなら楽でいいですね」


「お嬢様の気まぐれに感謝ね」


 二人はそう言って手桶を使っておまるの内側に水を注ぐと、軽く揺すってもう一度その水を投棄した。

 茫然自失から立ち直った私は、とぼとぼと部屋に戻った。

 三人とも付いてくる。

 あとおまるも持ってくる。

 トイレでうんちしたのは本当に気まぐれだと思われているのだろう。


 部屋に戻った私は改めて自分の部屋を見回した。

 廊下に続く扉とは別に寝室に続く扉がある。

 暖炉にソファ、アンティークなテーブルの上にはティーセット。

 壁際の棚には人形が飾られている。

 足元はふかふかの絨毯。

 そしてそこに鎮座するおまる。


 最後のひとつで素敵なお部屋が台無しだ。


 火の入っていない暖炉の前のソファに座り、私はようやく一息ついた。


 ようやく落ち着いて物事を考えられる。


 ――私は誰だ?


 日本人である細谷茉莉花であると同時に、この世界のフランソワーズ・ド・ラ・ジラルディエールだ。

 私の中には双方の記憶が同居している。


 生きていた年月が長い分だけ、茉莉花の意識が強く出ているが、フランソワーズの意識が消えてしまったわけではない。

 同時に二つの意識が同居しているというよりは融合してしまったという方が近い。


 ――ではここはどこだ?


 フランソワーズの知識はあまり豊かではない。

 勉強不足というよりはまだ5歳という年齢のせいだろう。

 だがその知識を元に考えると、現代日本でないことは明らかだ。


 そりゃまあ、名前からして日本人ではないもんな。


 名前の感触から言うとフランスっぽいが、現代フランスで水洗トイレがまだ普及していないということはないだろう。知らんけど。


 では突拍子も無い考えになるが、遙か過去のフランスか?

 それも否と答えることができる。

 だってパンツが無いんだもん。知らんけど。


 名探偵私の推理するところではここは地球ではない。異世界だ。


 つまり地球で死んだ細谷茉莉花は、この異世界に転生したということか?


 現時点で推測できる範囲ではそれが一番正解に近い気がする。


 いまこうして生きているから実感が湧かないが、親や兄弟、そして私の遺体を発見した人には随分と迷惑をかけたのではないだろうか。

 なにせトイレでうんこしながら死んだのである。

 みっともないし、恥ずかしい。

 できれば周囲には死の様子はぼかして、ただ突然死したのだと伝えて欲しい。

 死んだ後に笑い者にされるのは、ちょっと辛い。

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