そしてまた盤上を思い描く

そえるだけ

第1話 木の上、金髪美少女、そして詰将棋


 桜の花びらが風に舞い、爽やかな匂いがする季節。

 今日から高校生になる俺――九条蓮くじょうれんは期待と不安を胸にいっぱいに抱えながら道を歩いていた。


 ……大丈夫だよな? 

 寝ぐせとかついてないよな?


 頭を触りながら何度も何度も確認する。

 当然ながら手鏡のようなオシャレアイテムを所持しているわけもないので、触接触って判断するしかない。

 

「……分かんねえや」


 学校についたらトイレにでも行って確認することにしよう。

 そう思いながら桜並木を歩いていると、ひと際大きな桜の木の下で軽く人だかりができているのを見つけた。


 なんだ……あれ?


 早足で木の下まで行き、周りの人たちと合わせるように俺は上の向いた。


「……え?」


 木の上では金髪の女の子が真剣な眼差しで本を読んでいた。

 自分でも信じられないが、目の前で起きていることは事実だ。

 周りの人たちも困惑の表情をしながら彼女のことを見ている。


 俺はまだ周囲の視線が彼女だけに集まっているうちに、そそくさとその場から去ろうとした。

 

 なぜなら、彼女の来ている制服が俺と同じ高校――梔子高校の制服だからだ。


 同じ高校の人だとバレないうちに逃げよう……。

 入学式早々に変な噂でも流されたらたまったもんじゃない。

 

 小走りをしようとしたタイミングで、それをせき止めるかのように強い風が前から吹いて来た。


「きゃっ!」


 そして聞こえてくるのは叫び声。

 嫌な予感をしながら上を見上げると、さっきまで木の上にいた女の子がバランスを崩して落ちてきている。


 さらに言うと俺の方へ向かってきているような――


「は?」

「ああああああ!!!! ちょっとどいてくださぁ~い!」


 もし俺がもっと鍛えていたら。

 白馬の王子様のような存在であったら。


 きっと彼女のことをお姫様抱っこで受け止めるのだろう。


 しかし残念ながら俺は極めて普通に近い人間。

 四捨五入をしてようやく平均に辿り着けるような存在。


 一瞬頭の中に『カッコよく受け止める』という選択が生まれたが、彼女の力強い『どいてくださぁ~い!』という言葉だけを受け止めて、そっとスペースを開けた。


 すると彼女は、地面に軽く手をついて体操選手顔負けのハンドスプリングをして体を起こして、無傷で着地した。

 ……いやいやいやいやどんな運動神経だよ。


 周りの人たちも「おおおおおお!」と彼女に拍手を送っている。


 当の本人は照れくさそうに頭を下げながら、俺の元へ駆け寄ってきた。


「だ、大丈夫ですか? 怪我はないですか?」


 震える声でそう聞いて来た彼女の目はどこか潤んでいた。

 木の上で本を読んでるなんて、どんな頭のおかしい子かと思ったら普通に良い子みたいだ。

 ……というか、よく見たらめちゃくちゃ可愛いな。


 木の下からしか見てなかったから、彼女のことは金髪の女の子程度の認識だった。

 でもこうして同じくらいの視線になると、彼女の可愛さに気づく。



 綺麗な金色の長髪はもちろん、それに引けを取らないほど美しく輝く青い瞳。

 白魚のように白い肌に一つ一つ精巧に作られたかのように整っている顔。

 モデル雑誌の表紙に居ても信じるほどの可愛さだ。


 ……無理にでも受け止めるべきだったか?


 そんな邪な思考が頭を過る。


「あの……」

「あ、いや、別に大丈夫……です」


 しまった。うっかり見惚れて質問に答えるのを忘れていた。


「良かった!」


 俺が返事をすると、彼女は嬉しそうに弾けた笑顔を見せる。


「でもどうして木の上なんかに……? そういう習性でもあるの?」

「違うよ! 詰将棋のページが風に飛ばされちゃったの!」

「え?」


 そう言いながら彼女は制服の懐から本を取り出し、そこから切れてしまった一枚のページ見せてきた。

 しかし俺はそんな切れた本ではなく、彼女が持っている『詰将棋ハンドブック』のように注目をしていた。


 ……詰将棋か。

 懐かしい記憶が蘇ってくる。

 

 そんなことを考えていると、突然彼女が興味深そうな目をしながら尋ねてきた。


「もしかして将棋好きなの……?」

「え、あ、いや……将棋は指せるけど……。別に……好きってわけじゃ……」


 歯切れの悪い喋り方で言葉を返すと、彼女は残念そうに顔を俯かせる。


「そっか……。ごめんね、変なこと聞いて」


 明らかに弱気な声色になり、彼女はトボトボと歩いていってしまった。

 段々と小さくなる彼女の背中を見つめていると、キュッと胸が締め付けられる。

 不安以上の期待を胸に詰めていたはずだったが、もう俺の胸と頭には不安しかなかった。

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