第2話 『氷姫』と呼ばれる少女

 私の隣のクラスには、『天使様』がいる。

栗色のブロンドの長い髪に蒼い瞳。

紺色のブレザーの制服と黒いタイツ。

高咲結衣たかさきゆい】。

常に成績はトップで、誰に対しても分け隔てなく接するその姿はまさしく天使。

 というのがこの高校でよく話題になってる彼女の話。


「参ったなぁ……」

 ポツポツと降る雨の中。

私は公園の広場の休憩場所で雨宿りしていた。

木製のテーブルを背に、いつ止むとも分からない雨粒のカーテンを眺めていた。

(これからどうしよう……)

 そんなこと思っても、現状が改善する訳じゃない。

そもそも天気予報で雨が降るかもしれないって言ってたのに、(まあ、大丈夫だろう)って傘を持ってこなかった私が悪いのだけどね。

「思ってたより濡れたな……」

 雨に濡れたシャツがベッタリ張り付く。

気温が平年より高いとはいえ、もう11月半ば。

流石に寒い……。

桜井さくらいさん?」

 雨音をかき消すように可愛らしい声が私の耳に届いた。

声に釣られて視線を向けると、小さな折りたたみ傘を持った天使――もとい、高咲さんが不思議そうなキョトンとした顔で私を見ていた。

可愛い。

「えっと……」

 いつも遠目で見てたからこんな間近で高咲さんを見たのは初めてで言葉が詰まる。

折りたたみ傘に収まる小柄な身体。

丸っこい体格。

小動物系な可愛さが私に襲いかかってる。

「あっ!」

 そうこう堪能していると雨が静かに止んだ。

高咲さんは傘を下に向けて、止んだことを全身で確認していた。

止んだ影響からだろうか、流れる雲の隙間から夕暮れ間近の太陽のスポットライトが彼女を照らしていた。

その姿はまさに――――。

「天使……」

「えっ?」

「あっ、ごめんなさい」

 一応苦笑いで許してもらえたけど、「えっ?」の時の目の圧が怖くて少し怯えてしまった。

やっぱり私と同じで『天使』って呼ばれるの嫌だったみたい……。

うん……、まあ……、当たり前よね。

「それで、桜井さんはどうするの?」

「どうするって……」

「このまま濡れて帰るのかな?。と」

「それもいいかな……。あはは……」

 などと誤魔化してると高咲さんはしばし考えた後、おもむろにスマホを取り出して誰かに連絡していた。

「桜井さん」

「はいっ!?」

 しばらく高咲さんの横顔を見惚れていると、連絡が終わった彼女から声をかけれた。

思わず声が裏返った。

恥ずかしい……。

「うちに寄ってかない?」

「えっ……?」



@@@@



「どうぞ。上がって〜」

「はい。お邪魔しま〜すぅ……」

 あれから私は高咲さんの家の玄関にいる。

なんでだ……。

「お風呂、入っているから温まってきて」

「はい……、はいっ!?」

 なるほどそういう事か……。

思わずびっくりしてしまって、高咲さんを脅かせてしまった。

それはそれとして、驚いた反応も可愛い。

「では、風呂をお借りします」

「どうぞ〜」

 私は大人しく風呂に入った。

それにしても「お風呂」かぁ……。

語彙まで可愛いとは……。


 高咲さん家の風呂に入ってほかほかになった身体―――高咲さんの用意した着替えでリビングに入った。

「着替え、ありがとうございます。高咲さん」

「あらあら、結衣ちゃん。お友達がお風呂から上がったみたいよ」

「ちょっと、お母さん……」

 リビングを入ってすぐ、私を出迎えたのは高咲さんを少し大人にしたような若い女性だった。

えっ!?、『お母さん』!?。

若い。アニメや漫画で見るような若さ。

それにしても、必死に抗議している高咲さんは可愛いなぁ〜。

「もう、お母さんは出ていって」

「おほほ、ごめんなさいね〜。あとはお若い2人でごゆっくり〜」

「お母さん!」

 高咲さんはせっせと母親を追い出した。

リビングには私と高咲さんの2人だけ。

えっ!?、何が起こるの……。

「ごめんね。騒がしいお母さんで……」

「それは良いけど……。天使様って結構子供っぽいなぁって……」

「て・ん・し・さ・ま?」

「ごめんなさい。高咲さんって家では結構子供っぽいだなぁ……って思っちゃって」

「ムゥ……。皆んなには秘密だよ」

 そう言うと「はい」とホットココアの入ったコップを私に渡してきた。

ありがたく受け取った私は猫舌なのを忘れて、熱にられた。

「ふふふ」と高咲さんに可愛く笑われてしまった。

(それにしても……)

 ここに来てびっくりしたのは、家仕様の制服姿の高咲さんだった。

黒いタイツを履いてるとはいえ普段はきっちり模範的な正装で整って着ていたので、ブレザーのない長袖の白いシャツにタイツのない生足とスカート。

改めて見るとうちの高校の制服のスカートって短いな……。

なんか見えそうで、目で追ってしまう。

そして、意外にも胸が大きい。

「桜井さん?」

「あぁ、ごめん。何?」

「制服乾くまで時間あるからゲームしない?」

「えっ……?」

 突然の提案に少し動揺したが、落ち着いて「良いよ」と答えると高咲さんは可愛い笑顔でリビングの大きいテレビとそこにちょこんとと備え付けられてるゲーム筐体の電源を入れた。

「て……高咲さん。ゲームって何やるの?」

「ん〜。あんまり長いさせたくないからパズルゲームかな?」

「パズルゲームって何?」

「ぷよとテト」

「ふむ……」

 ゲームハードが老舗の花札屋のところだったから何となく予想していたが、ソ連製とファンタジーRPGの外伝の合作のやつとは……。

ちょっと予想外ではあった。


「うぅ……、また負けた……」

「おぉ……」

 結果は5-3で私の勝ち。

基本的にテト派が有利と言われているこのゲームで私が善戦できたのは、高咲さんが小技テクニックを使わずストレートに戦ったためで、彼女曰く「細かいの苦手」だそうで。

おかげで毎回接戦できていた。

〈トントントン〉

「結衣〜。お友達の制服乾いたわよ〜」

「はーい」

 どうやら時間切れらしい。

楽しい時間というのはなんであっという間なのだろうか……。


「では、お世話になりました」

「どうせなら夕飯も食べていかない?」

「いえ、流石にそこまでは……」

「そうだよ。お母さん」

 和気あいあいとしている親子がなんだか今日は嬉しい。

「私はこれで。ありがとうございました」

「良いよ、別に。私が勝手にしたくてしただけだし」

「そうですか」

「そうだよ」

「では」

「うん。また学校で」

「はい……」

 私はそう言って、この暖かな家を出た。

赤焼けた夕暮れの帰り、私は少し名残惜しい足取りでゆっくりと家に帰る。

「あぁいう家族もあるんだ……」

 何故かそうこぼれた。

今日の制服はいつも以上に温かかった。

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『天使様』と呼ばれてるTS転生少女と変態『氷姫』 アイズカノン @iscanon

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