【短編小説】私のことを大切にしてくれる人
遠藤良二
私のことを大切にしてくれる人
(僕はあの子を抱きたい……。そして、あの子との間に出来た子どもを育てたい)
でも、そのためには経済力が必要。
だが、僕はあの子に嫌われていると思う。あの子の名前は、
僕の名前は
とにかく僕は大嶋智子を僕のものにしたい。僕が彼女に嫌われているのではないかと思った原因は、僕のあまりにも強い性欲を我慢できずに大学の構内で抱きしめてしまった。彼女は奇声を上げた。それに驚いた僕はすぐに彼女を開放した。そして僕の方を見て、ビンタをしてきた。大嶋智子は顔を真っ赤にして、「何すんのよ!」 と叫んだ。「あ、ごめん……。我慢出来なくて……」(僕はやっちまった……)「我慢出来なくなったじゃないわよ! この変態!!」(嫌われたな、こりゃ……) そして、大嶋智子は、「次、やったら先生に言うからね!」 僕は頷いた。 彼女はそう言い残しその場から、「気持ち悪い!」 言いながら去った。
翌日。僕は先生に呼ばれた。外に出て話を聞いた。「神崎くん。君、大嶋さんに抱きついたんだって?」「あ、はい。すみません……」(本人が先生に言ったのだろうか? それとも周りにいた誰かが先生にチクったのか?)「彼女にはちゃんと謝ったのか?」「はい」 僕は意気消沈した。「次、ああいうセクハラをしたら退学してもらうからな」「……わかりました。あのう、今回のことは本人から訊いたんですか?」「いや、周りにいた学生から聞いた話だ。誰とは言えんがな」(やっぱりそうか、余計なこと言うやつもいるもんだ)「……そうですか、わかりました」(畜生、チクったやつを殴りたい) 僕は結構気性が荒い部分がある。そこに気を付ければ自分で言うのも何だが、もっといい男になると思う。内面の話しだけれど。
「じゃあ、これで話は終わりだ。気を付けろよ」「はい」(何が気を付けろだ! 腹立つ! 自分だって若い女子大生に興味があるくせに) これは言っていないが。
このセクハラは半年前の話。もう怒ってないだろうと思って大嶋智子を見付けた時、話しかけた。「大嶋さん、こんにちは」(僕を見て怯えたような顔付きになった。まだ、気にしているのだろうか)「……話しかけないで下さい……。私はあなたのことが怖くて……」(まだ、だめか……)「僕は大嶋さんの心に深い傷を負わせてしまったようだね。ほんとうに申し訳ないと思っている」 彼女は小声で、「謝るくらいなら最初からあんなことしないで下さい」(確かにそうだ、彼女の言う通り)「わかった、もう二度としないから元気だしてね」 大嶋さんは何も言わず逃げるようにいなくなった。暫くは話しかけずに様子をみよう。彼女が元気だな、と思った時、話しかけてみよう。
自業自得でこんなことになってしまったが、いずれ僕の女にしてやる。心の傷だっていずれは癒えるだろう。
友人の
今日、午後七時に部活の部費で行っている焼き肉屋に行くことにした。みんなからの部費は忘年会と新年会とその他の備品などに使われている。毎月五百円づつ払っている。学費や生活費、小遣いは親がくれている。ありがたい。ぶっちゃけ親からの収入がないと生活できないけど。
焼肉代は折半にした。毎月収入の中から千円ずつ密かに貯金している。だから、焼肉代は五千円を予算している。
僕の親は金持ちというわけではないが、僕一人分の生活費くらいはまかなえるみたいだ。この大学にはありがたいことに寮がある。だからアパートより安く寮生活をしている。因みに僕は大学を卒業したら本当は大学院に進学したいが親の経済的なことを考えると就職した方が無難だろう。親に進学したい、と言ったら無理をしてでも大学院に進むために身を粉にして両親は働くだろう。そうなると親に更に負担がかかる。それはあまりにも可哀想だ。僕のわがままも大学まで。僕は勝手にそう思っている。
午後六時過ぎ。僕は寒いけどシャワーを浴びた。脱衣所にバスタオルを用意してあるのでそれで全身を拭いた。今は一月の半ば。一番寒い時期。なので、青いTシャツの上に青いセーターを着た。下は、ジーンズを履いた。上には黒いダウンジャケットを羽織った。スマホと財布をジーンズのポケットに入れて、鍵は手に持った。部屋を出て鍵をかった。そこから歩いた。タクシーなど使っている余裕はない。外に出ると凄く寒い。風邪を引きそうだ。
二十分くらい歩いて目的地の焼き肉屋に着いた。建物は古く黒い壁だけど、美味い肉が食えると評判がいい。 僕は七時過ぎに着いた。米夫さんはもう来ているだろうか。彼は免許を持っていて、車もある。だから車で来ているだろう。車は親に買って貰ったらしい。しかも、寮生活ではなくアパートで一人暮らしをしている。バイトもしていなく、全て親のお金。恵まれている。羨ましいけれど、どうすることもできない。仕方がないのだ。現実っていうのは残酷だとヒシヒシと感じる。
店内に入ると、薄っすら煙が見えた。「いらっしゃいませー!」 店員の声が聞こえた。 きっとこの煙は換気扇で吸い取り切れなかったものだろう。でも、いい匂い。店員が近づいてきた。そして、メニュー表を二枚持って来てくれた。「お決まりになりましたら呼んでください」「はい」 僕は、(肉の写真を見ただけで美味しそうだ) と思った。 米夫さんは、「何がいいかなぁ」 迷っているようだ。「僕は、和牛カルビ、トントロ、鶏もも、ライスにします」「じゃあ、俺はロース、カルビ、ホルモン、ライス大盛りだ。神崎、決めるの速いな。結構来てるのか?」(そんなに早かったかな)「肉の名前を知ってるものを選んだんです」「なるほどな。俺はたまに来てるぞ、友達と」(自慢か)「そうなんですね、いいなぁ」「いいだろう」(そうきたか、畜生! お金のある人は違うなぁ)
いろんな世間話をしながら肉が来るのを待った。 店内は評判通り混んでいる。 暫くして割烹着を着た年輩の店員がやって来た。「はい、どうぞ~」 去り際にライターで火を点けていった。 米夫さんと僕はお互いの注文した肉を一枚ずつ焼いていった。 ジュワーっと美味しそうな音がした。注文した肉は全て来た。後はライスだけだ。そう思っているとライスが来た。「よし、これで全部きましたね」「そうだな」 焼けた肉を食べた。めっちゃ旨い。舌の上でとろけそうだ。そこに、ライスを口の中に入れた。(うーん、最高だ!)僕はそう思った。(何でこんなに繁盛してるのにリフォームしないのだろう。綺麗にしたらもっと混むかもしれないけど) 店の人を見ると割烹着を着た年輩の店員が二人、厨房の方を見ると肉を切ったりしている年輩の男性が二人いる。もしかして、どちらも年輩だから辞める覚悟だから建物をリフォームしないのだろうか。気になる。余計なお世話かもしれないが。(後継ぎはいないのかな)こんなに繁盛している店を辞めるのはもったいない。米夫さんが話しかけてきた。「神崎、お前さっきから何か考えてるみたいだけど何考えてるんだ?」(よくわかったな、米夫さん。さすが)「ここではちょっと言いづらいので小声で話しますね。実はこの店のことを考えていたのです。繁盛してるけど建物は古いじゃないですか。じゃあ、何でリフォームしないのだろうと思って。そこで考えたのが、ここの店で働いている人は全て年輩の人たちばかり。辞める覚悟で経営しているからリフォームしないのかなぁ、何て余計なお世話かもしれないけれど考えていました」 米夫さんは笑っている。そして、話し始めた。「そんな心配するなら自分の心配した方がいいぞ。まだ、就職先見付けていないんだろ?」 痛いところを突かれた。「確かにそうですね」「人のことよりまずは自分のことだ」 僕は頷いた。
話している間に肉が焦げてしまった。「ああ! もったいない」 米夫さんは焦って僕の分まで肉を皿に載せた。「神崎の肉も皿に移したから、ここから取ってくれ。話が長かったな」 苦笑いを浮かべながら彼の皿をよこした。 僕の肉をさらい、ご飯と一緒に食べた。焦げているから苦い。
残った肉も二人で食べ終え、「ああ~、旨かった!」「ですね。また、来たいです。お金がある時」「そうだな」 と言いながら彼は水を飲んでいる。「さて、帰るか」 米夫さんがそう言うので僕は立ち上がった。 会計を店員に言われて折半した。自動ドアの前に立ち、ドアが開いて外に出た。凄く寒い。僕は震えながら、「では、また」 と言い米夫さんは、「おう、またな」
雪が降ってきた。何でこのタイミングで降ってくるんだ。(米夫さんはいいよな、車があって) 僕はよく人のことを羨ましがる。悪い癖だ。自分も努力して羨ましがらないようにやっていきたい。
*
私は大嶋智子。好きな人というのは神崎学と仲がいい、米夫礼二さん。彼は男らしくてこの前、私が横断歩道を渡っている際中、赤信号なのに黒い軽自動車が突っ込んできた。私は米夫さんに手を引っ張られ交通事故には至らなかった。それ以来、私は米夫さんに好意を持つようになった。神崎学とは大違い。私は彼にみんなの前で抱きしめられたことを未だに根に持っている。あれから二ヶ月が経過した。神崎学は私のことが好きだから抱きついてきたのかな? もし、そうだとしたら話しは変わってくる。ただ、エロいだけで抱きついてきたとは違うから。今度会ったら確認してみよう。 翌日の金曜日の午後一時半。講義の時間。そこには神崎学がいた。僕はあえて彼の横に座った。神崎学が私が横に座ったからか驚いた様子だった。 休憩時間になって私は神崎学に話しかけた。「神崎君」「ん?」「あなたのこの前の行動は私のことが好きなの? 好きだからああいう行動に走ったの? それとも単に体が目的?」(きっと体が目的だろう) 彼は小さな声で、「君のことが好きだからだよ」(そうだったんだ)「でも、私には好きな人がいるの。だから諦めて」 彼は黙っている。何を考えているのだろう。「そんな簡単に諦めないよ」 私にとってはウザい存在。「その好きな人って誰? 僕の知ってる人?」「あなたと仲のいい先輩」「え! 米夫礼二さん?」 私は頷いた。「マジか……! どこで知り合ったの?」(ふふ……。やっぱり気になったか)「私の命の恩人なの」「どういうこと?」「交差点を渡ろうとした時、赤信号なのに車が突っ込んできたんだけど、咄嗟に彼が腕を引っ張ってくれて助かったの。それから米夫さんのことが気になり出して」(ここまで説明したら諦めるだろう)「そうなのか……。これは太刀打ちできないな……。でも何で寄りに寄って米夫さんなんだ……」(ふふ……悔しがってるっぽい)「でも……でも、いくら米夫さんでも、僕の気持ちとは別な気がするなぁ。負けたくない」(なかなかしぶといなぁ、早く諦めて欲しい。でも、それだけ私のことが好きってことかぁ。因みに米夫さんは私のことどう思っているんだろ。もし、私に好意がないなら神崎学との関係も前向きに考えるべきかな)「どうしたらいいかな」 神崎学の言ってることはスルーして、米夫さんと授業が被った時、どう思ってるか訊いてみよう。
三日後の月曜日。私は午前の授業で米夫さんと授業が被った。離れて座っていたので彼の隣に移動した。「お疲れさまです」「お。お疲れ」「授業終わったら訊きたいことあるんですけどいいですか?」(私は緊張している)「ああ。いいよ」(声が低くて男らしいし、かっこいい!) 授業が終わって、私は米夫さんの方に体を向けた。そして勇気を出して、「米夫さんは私のことどう思っていますか?」「え? いい後輩だと思ってるよ」「恋愛感情はないですか?」「うん、正直にいうとないな」(やっぱりかー。予想通り……。ショック……) 米夫さんは笑っている。笑うしかないだろう。フラれたのは仕方のないことだから。しつこく「付き合って欲しい」と言って嫌われるのは嫌なので諦めることにした。(残念……)
神崎学は私のことが好きなようだ。私のことを好きでいる人の方が大事にしてくれそう。私の方に恋愛感情がないけど、付き合っていく内に彼のことが好きになるかもしれない。こればかりは交流をもってみないとわからない。神崎学に今度授業で会ったら声を掛けてみよう。
二日後、私は神崎学と授業が被った。すかさず彼の横に行った。「授業が終わったら話せる?」小声で言った。すると、「うん、話せるよ」よかった。(神崎学は今でも私のことが好きなのかな?)気になるけど訊いてみないとわからない。九十分の授業を終えて私は神崎学の方へ体を向けた。彼は笑顔だ。「私、米夫さんにフラれちゃった」「え! マジで?」「うん、マジで」そこでね、私思ったの。「私のことを好きでいてくれてる人の方が大事にしてくれるんじゃないかと。そこで思ったのが神崎くんのことなの。神崎くんは私のことが今でも好き?」周りのことを気にしてか、彼は笑顔で頷いた。(そうなんだ、よかったー)「じゃあさ、私と付き合って?」神崎くんは声を出して「え!?」と言った。そしてまた小声になって「本当にいいのかい?」と言った。私は、「うん」と頷いた。「大事にしてね」というと彼は「もちろんさ!」と急に元気になった。「よろしくね!」「こちらこそよろしく!」 私は周りを見るとこちらを見ている学生もいた。(まあ、関係ない)そう思うことにした。
*
僕は、大嶋智子を幸せに出来る自信はあった。それと同時に思ったことは、彼女は僕のことが嫌いではなかったのではないのか。米夫礼二さんにフラれたから自分に気がある僕に声を掛けてきたのではないか。それならそれでもいい。大嶋智子が僕のものになるのなら。 今、僕は大嶋智子と一緒にいる。なんて幸せな気分なんだ。まさか、彼女の方から近付いてくるとは思わなかったから尚のこと嬉しい。 僕は彼女と結婚したいと思っている。そのことを話した。すると、「それはまあ、まだ付き合ったばかりだからどうなるかわからないよ」 話しをはぐらかされた。まあ、確かに交際したばかりだからお互いのことがわかってくれば、よくも悪くもなるだろう。僕としては彼女を愛し続け、幸せな家庭が築ければいいなと思っている。大嶋智子にはあえて訊かず、ある程度、日が経ったら訊いてみよう。前向きな返答になるように頑張る。
了
【短編小説】私のことを大切にしてくれる人 遠藤良二 @endoryoji
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