第12話 狼の大神

 アマテラス、ツクヨミ、そしてタケミカヅチらは吾妻ひがしを目指して進む。この海に囲まれた大陸の果てまでを見てみたい。未だ若き、少女たちは胸踊らせていた。

 旅を続ける一向は、山に囲まれた盆地を抜けて、さらに進み東の海に面している道を進んだ。そこで見た光景に、一同は息を飲んだ。アマテラスの父である、イザナギが創り出したこの大陸で、最も高い山を見つけたのだ。


「これは......」

「山頂が白い......」

「高天原の頂きですね」

「富栄えるために、志を共にする勇士が集まりし山ですね姉上」

「スサノオにも見せて差し上げたかったですね」


 目を輝かせているアマテラスは、その高き山を富士山と名付けた。麗しき高天原の頂きは白く、白銀の世界が広がっている。

 しばらくの間、富士山を眺めて興奮している一向は、太陽が沈む前に旅を再開した。いよいよ吾妻ひがしである。


「間もなくでしょうか」

「姉上、何か視線を感じませんか?」

「あら、富士山が見下ろしているからでしょうか?」

「いえいえ......何やら怪しい視線が、しばらくの間我々を追いかけています」


 ツクヨミがそう、感じた視線の主はやがて一向の前に姿を現した。そこには、純白の毛並みに覆われた狼が、静かに佇んでいる。


「まあ、富士の山の頂きのように美しいですね」

「そちらは、何者であるか? ここは、我ら大口おおくち家の土地であるぞ」

わたくしは、アマテラスと申します。 どうか、我らと共に高天原を治めてはくれませんか?」


 純白の狼は、牙を見せて睨みつけている。しかし、動じる様子のないアマテラスは、細くて美しい腕を伸ばして狼の顔を優しく撫でた。

 低い声で唸り、威嚇しているが、アマテラスは春の陽気が如く微笑んだ。


「何も怖がる必要はありません。 ただ、手を取り合ってこの国を治めたいのですよ」

「そこもとらは、一体どこから来たのだ?」

「我々は、この吾妻より遥か西の高千穂という場所ですよ。 大口の狼殿、そなたの名前を伺っても?」

「私は、大口おおくちの真神まがみだ。 父はイザナギで、母はイザナミだ」


 マガミからの言葉を聞いた一向は、揃って顔を見合わせている。同じ親の元で産まれた。

 そのことを、マガミに説明するが、眉間にしわを寄せて疑っている。


「証拠がないことは、信じられない」

「それは、難しいですね。 では、語り合うのはどうでしょうか?」

「戦わなくていいのか?」

「争いは得にはなりませんよ。 まずは、互いの思っていることを存分に話し合うとしましょう」


 アマテラスは、マガミと対面して座った。上品に岩に腰掛けようとしているところに、ツクヨミがすっと座布団を敷いた。美しい姉の尻が、痛くならないようにと気の利く振る舞いだ。

 それを見ていたマガミは、感心した様子で口を小さく開いた。アマテラスが、座ったことを見ると、純白の狼はその場で飛び上がった。

 やがて着地する頃には、それは美しい姿となり、岩に座った。


「姿を変えられるのですね」

「生まれつきだ。 親からの計らいだと理解している」

「では、話しを始めましょうか」

「じっくりと聞かせてもらう。 私は、正しきことのみを大事にする」


 狼の神である大口真神は、まことの神と書く。それを証明するかのように、真っ直ぐな眼光をアマテラスへ向けて、彼女の正しい話しを聞こうとしているのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る