第10話 八岐の大蛇

 吾妻ひがしへの旅を続ける一向は、スサノオを加えてさらに進む。それから、しばらく進んだある日のこと。一向の前に姿を見せたのは、神農しんのうだ。


「イザナギの子らよ!」

「叔父上!?」

「お前たちすまぬっ! 龍を産み出そうと試みて失敗してしまったっ! 首が八つもある大蛇になってしまったのだ」

「まあ大変ですね叔父上様......しかし、なぜこの土地に叔父上様が?」

「その大蛇が、海を渡ってここまで来てしまったのだ!」


 一同は、表情を曇らせた。見たことのない大蛇と言われても、一体どのような姿なのか、果たして凶暴なのか。

 困惑する一同の中、スサノオがアマテラスの細い肩を押しのけて前へ出てきた。


「親父っ!」

「お前のような馬鹿息子に話はない! 出雲神族に迷惑かけるんじゃない!」

「へっ! 親父の黄河こうが神族なんてこっちから願い下げだっ! 俺様は、出雲神族の一員になったんだぜっ!」


 創造神、盤古ばんこより産まれし伏犠ふっきと女禍は、神農という子どもを残した。彼らは、自らを黄河こうが神族と名乗っている。

 そして黄河神族の最高神となっている神農は、我が子を産み出すことに難儀している。最初に産み出したスサノオは、手が付けられないほどの暴れん坊。

 次に産み出した大蛇は、首が八つもあり、スサノオと同様に神農を言うことを聞かずに、出雲神族の暮らす高天原へ行ってしまった。


「誠にすまんっ!」

「叔父上様も大変でございますね。 我らに何かお手伝いできることはありますか?」

「そなたらのような若人わこうどに、迷惑をかけるわけには、いかない」


 神農は、頭をかきながら逃げ出した子どもを探している。アマテラスら一向も、困惑した表情のまま、神農の後を追いかけた。

 そんな時だ。一柱の女神が駆け寄ってきた。そしてスサノオの屈強な肉体に飛び込むようにしがみついた。

 目を見開いて、初めて感じる女神の温もりに言葉を失っている。女神は、スサノオの胸に埋めていた顔を上げて、悲痛の表情を浮かべた。


「もし、お助けくださいっ!」

「な、な、なっ!?」

「ヤマタノオロチと名乗る大蛇が我が姉上たちを食べてしまいましたの......もう怖くて怖くて......」


 スサノオにしがみついて泣いている女神は、ヤマタノオロチに食われていない最後の生き残りというわけだ。シクシクと泣いている女神を見て、スサノオは自らの腰に差している宝剣、十拳剣とつかのつるぎに触れた。


「そなた名前は?」

「クシナダヒメと申します......どうかお助けください」

「相わかったっ! か弱き女子おなごを泣かせる馬鹿な弟は、俺様が直々に成敗してやる!」


 そう、勇んでいるスサノオを見た神農は、驚いていた。開いた口が塞がらず、アマテラスに袖を何度か引っ張られる。はっと我に返ったように、口を閉じて馬鹿息子を再び見つめた。


「私利私欲のために暴れるだけのあいつが、女神のために戦うとな?」

「へっ! 勘違いするな親父。 俺様は、弱いやつを傷つけはしないんだぜ。 ましてや、俺様を頼ってくる女神を見捨てたら、男の名折れってもんだっ!」

「くっ......馬鹿息子と見切りをつけるのは早かったか......」

「頼まれても黄河神族には、戻らねえぞ親父! よーく見ておけよっ! 俺様の戦いっぷりを!」


 台風のような激しさを見せるスサノオの覇気を感じ取ったのか、山からスルスルと降りてきたのは、八つの首を持つ大蛇だ。


「出たなヤマタノオロチッ!」

「あと一柱だけ食えば、俺は成長できる。 邪魔だどけ」

「おいクシナダヒメ」

「はいっ!?」

「一歩下がって見ているんだ。 俺様がそなたの姉上の無念を晴らしてくれるっ!」


 大風おおかぜが巻き起こり、不気味な舌が音を立てている。やがて両雄は、どちらからでもなく、飛びかかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る