第9話 大嵐の神

 アマテラスとツクヨミによる、高天原を治める旅路が始まった。吾妻ひがしへ向けて歩みを進める姉弟きょうだいは、まだ見ぬ仲間の加入に胸踊らせている。


「この先には、いかなる強者つわものがいるのでしょう」

「姉上、日向ひむかに残っているタケミカヅチの話しでは、大嵐尊おおあらしのみことなる者が現れたとか」

「あら、勇ましい名前ですね。 是非、仲間に加わって頂きたいです」


 歩みを進める二柱は、大嵐尊という神を探し始めた。海を眺めながら、歩いている二柱は波が徐々に荒れ始めていることに気がついた。


「海が荒れております姉上」

「あら海神わたつみかしら?」


 彼女らの生まれ故郷である高千穂たかちほという土地には、既にイザナギとイザナミから産み出された多くの神々が存在している。

 タケミカヅチもワタツミも、アマテラスの家来として共に産まれてきた。しかしこの国は広い。好奇心溢れるアマテラスは、この土地の全てを治めようとしている。


「ワタツミいますか?」

「御大将ここに」

「どうなさいましたか?」

「せ、拙者ではござらん......風でござる」


 風の神シナツヒコの仕業かと、ため息をついてから笑みを浮かべた。隣で聞いているツクヨミは、表情を夜空ように曇らせるてアマテラスの耳に口を近づけた。


「あやつが、姉上の許可なく吹き荒れると思いません。 よもや噂の大嵐尊では?」

「では、ご挨拶に参ってくださったのかしら?」

「あるいは、攻め寄せてきたか......」


 そんな時、強風がアマテラスの美しい黒髪をかき乱した。目を細め、手で顔を覆っている。強風はさらに強まり、男の怒号が風の音に混じっている。

 ワタツミが、アマテラスとツクヨミの前に立ち刀を抜いた。


「大嵐尊にござるっ!」

「どらあっ! 俺様がこの土地を治めるぞっ!」

「なんと猛々しいのかしら! こんにちわ! わたくしは、アマテラスと言います」

「うるせえっ! この土地は、今日から俺様のもんだあっ!」


 屈強な肉体に、刀を携えている。鎧兜を身にまとい、アマテラスの話しを一切聞いていないこの台風のような男こそ、大嵐尊だ。

 刀を振り回して、アマテラスへ襲いかかってきた。太い腕から振り下ろされる刀が、アマテラスの細い体を斬り裂こうとした時。

 大嵐尊の刀を受け止めたのは、ワタツミである。


「一大事にござる! 急ぎタケミカヅチとシナツヒコを呼ばねばっ!」


 アマテラスは、突然襲われたことに驚き、その場で尻もちをついて硬直している。すかさずツクヨミが前に立ち、激しくぶつかり合うワタツミと大嵐尊を援護しようとしている。

 しかしあまりの激しさを前に、迂闊うかつに前へ出れば姉にも危険がある。その場でじっと堪え、タケミカヅチとシナツヒコの到着を待った。


「おらあっ! 邪魔するんじゃねえっ!」

「この土地は、我が御大将、アマテラス様が治めるのだっ! どこか他の土地へ行けっ!」

「俺様が決めたんだっ! 生意気に指図するんじゃねえぞっ!」


 大嵐尊が叫べば、突風が巻き起こりアマテラスを吹き飛ばそうとしている。怯えているアマテラスの上で、地上を照らし続けていた太陽が陰り、雨雲が空を覆っている。

 そんな時だ。雷鳴と共に稲妻が、大嵐尊の前に落下した。雷は形となり、大嵐尊の前ですっと刀を抜いた。


「次は誰が邪魔しに来やがったっ!」

「御大将ご無事ですか?」

「あわわ......」

「下郎め。 御大将を怯えさせるとは......このタケミカヅチ、高天原一の武官として、貴様を討つ!」


 刀を振れば、雷鳴が響き渡り閃光が大嵐尊を包み込む。だが、負けじと大嵐尊も突風を巻き起こして、雷を吹き飛ばしている。

 両者の激しいぶつかり合いは、大地を割り天にまで轟いている。あまりの激しさにたまらず、耳をふさいでいるアマテラスは駆けつけたシナツヒコとツクヨミが守っている。


「喰らえっ雷野郎がっ! 大旋風だいせんぷう!」

出雲いずも雷守らいしゅ!」


 壮絶な死闘の中、双方が繰り出した奥義の衝撃波で、大陸が割れた。日向から吾妻ひがしへ続く大陸が割れて海が流れ込んだ。

 それほどの衝撃の後、大嵐尊が片膝をついた。絶え絶えの息を吐きながら、立ち上がろうとしていると、タケミカヅチの刀がたくましいあごの前に突きつけられた。


「観念するのだ」

「な、なんだこの土地は......俺様は神農の息子にして、須佐すさという土地の王だぞ」

「左様か。 されど負けたな。 そなたの力は、天晴あっぱれなものであった。 今日より、スサノオと名乗り我らと共に来い」

「お前らの仲間になれってことか?」


 大嵐尊改め、スサノオとなったこの大男は、その場であぐらをかいてしばらく考え込んだ。たくましい顎髭あごひげをワシワシと触りながら、不機嫌そうに頷いた。


「では、御大将に謝るのだ」

「へっ! こんな怯えた小娘が大将かっ! 俺様が弟にでもなって支えてやろうかっ!?」

「ひっ!? あら、弟になってくださるのですか? 嬉しい限りですね!」

「は、はへえ?」


 大地を優しく照らす太陽のような笑みを浮かべるアマテラスを前に拍子抜けしたスサノオは、ボリボリと頭をかきながら笑顔で先を進むアマテラスに追従したのだった。

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