第8話 八百萬の我が子へ

 イザナギは地球へ降り立ち、自らの神器で創った土地へ戻った。


「この場所を日向ひむかをするか」


 遠くで走り回っているのは、まだ小さい我が子たちだ。イザナギは、小さく笑みを浮かべ大勢の子どもたちに別れを告げた。

 自分がいなくても、あの子たちは立派に育っていく。ならば、一刻も早く神去となりて我が子の未来を守ろうではないか。


「妻の闇に我が子が飲まれないように......だがイザナミよ......それでも、そなたを想っているのだ......必ず再び出会おうぞ......最後に我が親と我が子に向けて、言葉を残しておくとするか」


 自らの神器、天の沼矛を日向ひむかの地に突き刺した。そして一礼して、二回手を叩いた。


「高天原に神留かむづまります神漏岐かむろぎ神漏美かむろみ御言みこともちて皇親神すめみおやかむ伊邪いざ那岐なぎみこと。 筑紫つくし日向ひむかの橘の小門おど阿波岐原あわぎはらに、みそはらたまう時に生りませる。 祓戸はらへどの大神おおかみたち、諸々の禍事まがごと罪穢つみけがれれを、祓え給え清め給えと申す事の由を、天津神、国つ神、八百萬やおよろずの神等共かみたちともあめのふち駒の耳、振り立てて聞食ききしめせと、かしこみ畏みもうす」


 何もしてあげられない我が子へ、せめて清らかにそして健やかに過ごしてほしいと願ったものだ。

 いずれ、多くの神々にも平穏なる時間を与え給えと願いを込めて。そして我が子たちの愛おしい笑顔を見て、満足げに微笑みイザナギは神去となった。

 虹色の煙に包まれ、やがて天をも越えて遥か彼方へ。目指すは、最愛の妻との再会だ。



 草むらから、神去を見届けている少年、少女がいる。


「今のは、父上かなあ?」

「どうでしょうか姉上......」

「はて? なんだったのかなあ......さあ行くよツクヨミ」

「はい、アマテラス姉上!」


 まだ小さな子どもであるアマテラスとツクヨミは、父の神去を見届けていた。最後に語っていた言葉を記憶した子どもは、その先も父からの最初で最後の言葉を守り続けた。


「さあてツクヨミ。 この高千穂たかちほから遠く離れた場所まで、我ら出雲神族が統治することにしましょうか」

「ええ、姉上! いつもお優しくて明るい姉上は、太陽が登っておられる時、それがしは、月夜の刻を守りましょう」


 アマテラスとツクヨミ。この二柱の若人の物語は、こうして始まろうとしている。


「この国を高天原たかまがはらと名付けましょうか」

「他にも多くの神々がおります。 まずは、その者たちを友に加えましょう姉上」


 まだ何も知らない少年、少女は時に見かける神々を仲間に加えようと歩みを始めた。

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