第7話 覇権を制する者

 伏犠ふっき、女禍、そしてイザナギは新たな世界へ降り立った。どうにかして、愛する妻に近づくために。地球より少し高い位置へ辿り着いた三柱は、美しい風景を見ながら歩いている。


「ここが天であるか」

「天上界とでも名付けて、暮らすとしよう。 いずれ、神農やそなたの子どもを呼んでくればいい」


 地球は、ガイアたちやエレシュキガルのせいで暮らしづらくなっている。愛する妻の元へも、ほど遠い。

 暖かいそよ風を肌で感じながら、再び妻と再会することを願って穏やかな心境にある。いつの日か必ず、夢にまで出てくる愛おしい笑顔を拝むのだ。

 だが、そんな時、三柱の前に立ちはだかる者たちがいる。


「ここは、俺たちの世界だ。 よそ者は消えろイザナギ」

「既に先客がいるのかっ!?」

「貴様らが、天界に登ってきた時には驚いたが、それでもこの土地は譲れない」

「もし、そなた名前は!?」

「メソポタミア神族、初代天王、エンリルだ」


 なんと既に天上界までも、メソポタミア神族が開拓して覇権を握っていたのだ。理解が追いつかないイザナギは、隣に立っている友へ問いかけた。天界は、そなたが創ったのではないのかと。

 伏犠ふっきは、ゆっくりと首を左右に振って答えた。


「既にある世界へ飛んだに過ぎない。 女禍とも話していたのだが、この土地はメソポタミアの者に気がつかれていないと思っていた」


 困惑する三柱を前に、天王を名乗っているエンリルは鋭い剣幕でまくし立てている。


「地球へ戻るか、戦うかだ」

伏犠ふっき戻ろう」

「のおイザナギ。 神去って知っているか?」

「ああ......我が妻も神去となり、宇宙そらへ行ったとか」


 伏犠ふっきは、女禍と顔を見合わせている。しばらく見つめ合う二柱は、何か悟ったかのように頷くと、イザナギを見た。

 何事かと首をかしげているイザナギの肩に手を置くと、自らの胸の内を明かした。


「ここらが潮時のようだイザナギ」

「どういうわけか?」

「我らも神去となりて、宇宙そらへ行こうではないか」


 そんな会話を聞いていたエンリルが近づいてくると、神去について話しを始めた。


「お前たちは、虹と灰の戦いを知っているのか?」

「エレシュキガルから聞いたばかりでな」

「彼女は、我が姉上だ。 冥王となって、冥府を統治することになっている」

「それで、虹と灰の話しを知っているのか?」

「ついてこい」


 エンリルは、三柱を連れて歩いている。石で作られた神殿へと入っていくと、そこには粘土板が置いてある。しかし不思議なことに、粘土板は虹色に輝き、文字が刻まれていくのだ。

 

「これが我らメソポタミア神族の神器だ。 イザナギ。 そなたは、天の沼矛ぬまぼこという神器を持って大陸を創ったな? 伏犠ふっきと女禍は、如意にょい宝珠ほうじゅという玉を持っていたはずだ」


 どうしてエンリルがそんなことを知っているのか。首をかしげる三柱は、顔を見合わせた。

 どこか自慢げに話しているエンリルは、粘土板を見てしばらく黙り込み、笑みを浮かべた。


「そうか。 お前たちにも、早く虹の戦士として戦いに来てほしいそうだ」

「粘土板は、いかなる役割をしているのか?」

「俺たちが与えられた神器ってのは、親から授かった品だ。 我が親である創造神アヌが持たせた粘土板の役割は、親と連絡を取り合う手段だ」


 エンリルは、神去となった創造神と粘土板を通して話せているというわけだ。世界を創り出した創造神たちは、地球、冥府、そして天上界の仕組みも知っていた。

 創造神アヌは、我が子エンリル、エレシュキガル、そしてイシュタルという三柱の子どもにそれぞれの世界を統治させていたのだ。

 画期的な粘土板の存在を知ったイザナギは、たまらず駆け寄り問いかけた。


「お聞かせ願いたい! 我が妻、イザナミは何処いずこかっ!?」


 すると、虹色の煙と共に粘土板が更新された。


「灰の戦士となりて、虹を覆い尽くそうとしている」

「どうすれば妻を救えるのですか!?」

「............灰を討ち倒せ」


 イザナギは、悟ったのだ。もはや妻を救う方法は一つだけだ。闇ごと彼女の存在を消してしまうことだけだと。

 愛する妻は、既に自分の知っている愛おしい存在ではなくなっている。全ては、ガイアから始まった負の概念が巻き起こした惨劇だった。

 崩れ落ちて涙するイザナギは、何度も地面を叩いた。やがて立ち上がり、両手を合わせた。


「エンリル感謝申す。 伏犠ふっき、妻の天命を共にしたい。 最後に残している我が子たちを見て、神去となろうと思う」

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