第6話 愛する妻の元へ

 イザナギは、最愛の妻の顔が頭から離れずにいる。笑った時の顔は、穏やかな大地のようで、眠っている顔は静かに波打つ海のようだった。子どもが産まれた時の嬉しそうな顔は、新たな概念を産み出しそうなほど美しかった。

 だが、妻は既にこの世界のどこにもいない。根拠のない話しでは、宇宙そらで膨張を繰り返す闇の一部になったと話しているのだ。


「ならばどうすればいい......虹の戦士にでもなって、光照らせば良いのか......」


 東へ向かって、うつむきながら歩いている。そんな時、背後から声が聞こえた。振り返ると、そこに立っているのは伏犠ふっき女禍じょかではないか。


「イザナギではないか」

「これはこれは......」

「元気がないな。 我が子を紹介しようと思ったのだが......」


 伏犠ふっきの隣に立っている好青年は、丁寧に右の拳を左手で覆った。そして首を少し下に向けて会釈をした。


「イザナギ叔父上、お初にお目にかかります。 神農しんのうと申します」

「ああ、左様か......そうだ我が子の元へ戻らねば......」


 神農は、礼儀正しく挨拶をしたが、今のイザナギにそんな余裕はなかった。どうすれば、愛する妻の元へ行けるのか。そればかりを考えていると、見かねた伏犠ふっきが語りかけた。


宇宙てんを目指すのはどうだ?」

「どのようにしてだ......」

「この地球よりも、宇宙そらに近い土地を創るのだ。 ガイアの夫が、冥府を創ったのなら、我らは天に登ろうではないか!」


 唐突にそう話した伏犠ふっきは、妻の女禍と顔を見合わせると何やらヒラヒラと踊り始めた。どういうわけか、二柱の間から虹色の雲が巻き起こり金色の光を帯びて空中へ舞い上がっている。

 創造神の第二世代である彼らは、必要なものはなんだって創れるというわけだ。やがて雲は、空を埋め尽くしさらに上昇している。


「さあ行こう! 神農、君はここで待ちなさい」

「あ、父上、母上!」

「待ちなさい神農! もし戻らなければ、貴方が世界を治めなさい」

伏犠ふっき、女禍! 神農、我が子たちを頼んだ!」


 三柱が、空中へ飛び上がっていく様子を呆然と見つめている神農は、置いていかれたことに不満げだ。

 東にある土地をぼんやりと、眺めながらも自らの住処へ戻っていった。神農の住処から、東にある土地こそイザナギが矛で創り上げた国だ。


「はあ......もう数年したら、僕も我が子を創るとするか。 父上と母上に似た龍という子どもを創ることにしよう! 姿は、黄金にして強い子に育てるか!」


 上半身は、イザナギのような姿をしているが、下半身はヘビのようだった伏犠ふっきと女禍。神農は、どういうわけかイザナギのように二足歩行をしている。

 こうして、広大な土地に取り残された神農は開拓を続け、天とやらに飛び立った伏犠ふっき、女禍、イザナギは新たな世界の開拓へ旅立った。

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