第4話 黄泉路の黄昏

 イザナギは、イシスと共に愛する者を追いかけた。しかしタルタロスの底は、二柱が思っていた以上に凄まじい場所であった。

 漂う空気は、地球では感じることのできない重さだ。鼻に入ってくる匂いは、死臭なのか吐き気がする。表情を歪ませながら、愛する者を探し続けた。


「こんな場所にイザナミは......」

「旦那様!?」

「えっ!? 何か声が聞こえたか?」

「今行きます! 私ですイシスですよ旦那様!」


 イザナギには、声は聞こえていない。だが、イシスは取り憑かれたかのように暗闇の中へ走っていった。気がつけば、どこからか妙な視線も感じる。


「ガイア叔母上が言っていたな。 この場所には彼女の子どもたちが落とされたとか......」


 産み出されて、理由もわからずこのような闇へ落とされれば子どもたちが、どう思うかは明白だ。

 奇しくもガイアが産み出してしまった、負の感情を全面に滲み出しているに違いない。想像するだけで、イザナギは腕の鳥肌を抑えることができなかった。


「イシス殿は消えてしまったか......無事なのだろうか。 はあ......愛する妻はどこにいるのだろうか......」


 しばらく彷徨い続けた。暗闇から感じる妙な視線は、消えることはなかったが襲ってくるわけでもない。鳥肌も治まることなく立ち続けている。そんな時だ。


「イザナギ殿っ!」

「ん? イシス殿か!?」

「こっちです夫がいました! 貴方の奥方も!」

「イザナミッ!」


 やっと再会できる。この最悪の場所から連れ出し、帰りを待つ子どもたちを共に育てていける。だが、イザナギが見た最愛の妻はもうかつてのイザナミではなかった。

 イシスの夫であるオシリスも、全身が分裂でもしたのか、包帯を体中に巻いている。


「イザナミッ!」

「だ、旦那様......なぜ来たのです......子育てを怠ってはなりませんよ......」


 青ざめたイザナミの顔はやせ細り、まぶたにはどす黒いくまがある。隣で立っている包帯を巻いたオシリスは、イザナギへ近づいてくると、言葉を発した。


「彼女は、地球で沸き起こる負の概念を一手に受け止めた」

「ど、どういうことだっ!? イザナミッ!」

「旦那様......世界は闇に包まれてしまうのでしょうか......いいえ、私が全て受け入れてしまえば子どもたちに闇が降り注ぐことはありません」


 ガイアが産み出してしまった負の概念。それを受けたまま、ティタン神族はタルタロスに落とされた。彼らが放ち続ける負の力は、タルタロスを登り地球へ出ていきそうになっている。

 そうなれば、命と引き換えに産み出した我が子たちにまで闇に包まれる。

 イザナミに、迷いはなかったのだ。母として、全ての闇を受け止めて我が子を守るということだ。


「イザナギと言ったか? 我は、彼女のおかげで復活できたようなものだ......この感謝は必ずする」

「そんなことどうだっていいっ! イザナミよすんだっ! それでは君は、消えてしまうかもしれない!」

「覚悟の上です旦那様......全ての闇と共に私が消えれば、子どもの未来は健やかでしょう」


 イザナミの細い体に巻き付くように入っていく黒い煙は、ティタン神族の闇なのだろう。全てはガイアが産み出してしまったのだ。罪もないイザナミが受け止めるには、あまりに深い闇だ。


「イザナミお願いだ止めてくれっ!」

「もう一度言います。 我が子を頼みましたよ愛おしい旦那様......」


 次の瞬間、黒煙がイザナミを包みこんだ。そして、彼女の姿は完全に消えてしまった。

 その後、オシリスとイシスに引っ張られてタルタロスから出たイザナギは、抜け殻のようになっている。その場に崩れ落ちて、空を見上げた。


「あ、あれは......」

「なんですかあれは!?」

「光が闇に飲まれている......」

「空が黒くなってしまう。 まさかイザナミかっ!?」


 姿は消え、闇の塊になってしまったのか。夜空を照らしている光が、次々に漆黒の塊に飲まれていった。

 そんな時、三柱の背後に立っている者がいた。妖艶ようえんな外見をしている。不敵に笑みを浮かべる女は、夜空を指差した。


「虹と灰よ」

「い、一体!?」

「虹は、アメノミナカヌシ、盤古ばんこそして我が親よ」

「そなたは?」

「エレシュキガルよ。 冥界の女王をしているわ。 親は創造神アヌよ」


 イザナギは、オシリスと顔を見合わせた。彼女は確かに言ったのだ。冥界タルタロスの女王だと。

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