第3話 タルタロス

 イザナギとイザナミは、今日も愛を分かち合い、互いの美しい姿を褒め合っている。やがて快楽を堪能している二柱との間に、子どもができた。

 しかし初めての我が子を産む際に、イザナミは母子共に瀕死となってしまったのだ。


「ああ......しっかりするのだイザナミ」

「旦那様......私は、どうなるのでしょうか......」

「まだ子どもは産まれてきてしまう。 そう、願ってしまったから......」


 自らの矛で創り上げた大陸は、美しくて広大だ。だからこそ、多くの子どもと共に過ごそうと夫婦神は願った。やがて産まれてくる子どもたちは、八百萬やおよろずの神々となりて、瀕死の母の肉体を破壊してしまった。

 イザナミは死んでしまう。我が子の数が、あまりに多すぎたのだ。しかし、死んでしまうということは、イザナミはどこへ行ってしまうのだろうか。


「置いていかないでくれイザナミッ!」

「我が子を頼みました......どうか清らかで、美しい子どもに......」


 次の瞬間、虹色の煙と共に我が子が産まれてきた。そしてイザナミは、虹色の煙と共に姿を消してしまった。

 最愛の妻との別れは突然、訪れてイザナギの心を酷く傷つけた。


「そなたと共に過ごしたかった......そなたのいない世界に意味はない......どこへ行ってしまおうと、そなたを見つけ出すまでだ」


 イザナギは、産まれてきた我が子たちを残して、旅立った。目指すは、愛する妻の元へ。彼にとって、それこそが世界に存在している意味なのである。

 高野千里を踏破とうはして、辿り着いたのは、ガイアの元だ。


「叔母上っ!」

「あら、アメノミナカヌシの子どもね。 奥方はどうしたの?」

「死んでしまったのだっ! 愛おしい妻の探し方がないかお尋ねに参った」


 ガイアは口ごもった。なんて気の毒なのかと思いながらも、どこか愛の破滅に高揚している自分がいるのだ。

 そして、ガイアはイザナギの刹那な願いを叶えるために冥府についての話しを始めた。


「私の夫がタルタロスという世界を創ってしまってね」

「そこへ行けば、妻に会えますか!?」

「ええ、会えるでしょうね。 気を付けていってらっしゃい」


 イザナギは、ガイアに深々と一礼すると足早に冥府タルタロスを目指した。妻の死に顔を思い出し、張り裂けそうな胸を抑えながら歩いている道中、とある女神と遭遇した。


「もし、冥界への行き方を知っておられますか?」

「そなたは?」

「私はイシスと申します。 夫が、兄弟間の戦いで死んでしまい、冥界へ行ってしまったと......どうしても連れ戻したいのです」

「奇遇である。 我が妻も死に、タルタロスへ行ってしまったそうだ......」


 イシスとは、ラーの産み出した子どもでイザナギとは同じ境遇、目的を持ち共に冥府を目指すことになった。

 やがて二柱が辿り着いた先は、地球にある巨大な穴だ。顔を見合わせて絶句している。お互いの最愛の者は、このような地の底へ落ちてしまったのかと。


「どうしますか......」

「よ、黄泉路というわけか......」

「オシリス様......貴方様のいない世界に意味なんてありません。 今、行きます」


 そう言って、イシスは奈落へと飛び降りた。イザナギは、呆然と立ち尽くしているが、吸い込まれるように消えていくイシスを見て感銘を受けた。

 愛する者のためなら、いかなる恐怖にすら打ち勝てる。イザナミの死に顔を思えば、このような奈落への恐怖なんて大したことではなかった。


「黄泉路の果てで待つ愛しき妻よ。 永遠とわにそなたと添い遂げたい。 例え、これが最期の旅路であってもだっ!」


 イザナギは、意を決してタルタロスへ飛び込んだのだった。

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