第3話 街巡り②
降りた停留所は地上からかなりの高さにあった。階段を使っていたら1時間ほどかかりそうだ。その場所から少し坂道を登り、葉が生い茂る辺りまで進む。
「ここら辺で店を構える人は偏屈な人が多そうだ」と失礼な考えを抱きつつ、ウィローラたちについていくと、大きな枝の上で足を止める。
「ここだよ!可愛いアクセサリーから珍しいものまで揃うお店!」
その店は大樹に沿うように円形に作られており、まるで絡みつくツタのようだ。
中に入ると、通路の両側に並ぶ棚がぎっしりと小物で埋まっている。その光景はやや散らかっているようにも見えるが、不思議と別の街に迷い込んだようなワクワク感を覚えた。
正面のカウンターには若い店員らしき娘が座っており、手元の本から顔を上げて「いらっしゃいませ」と笑顔で挨拶してくれる。
私は普段アクセサリーをつけないため、こういう店にはあまり縁がない。それでも、眺めるのは好きなので、見渡しながらみんなの後についていく。棚には森でよく見かけるキノコや花、鳥や虫の羽、魔物をモチーフにしたものまで、多種多様なアクセサリーや置物が所狭しと並んでいた。
キノコが並ぶコーナーで、ヴィロミアが白と赤の美味しそうな見た目の置物を手にとって眺めているのが目に入る。気になって声をかけてみた。
「それってベリー系の砂糖菓子ですか?」
「違うわ。キノコの置き物みたい。」
そう言って、ヴィロミアがそれを私に手渡してくれる。
近くで見ると、気味の悪さに背筋が寒くなった。真っ白な台形型のキノコで、傘部分には目を引く赤い水滴が付着していて、それがまるで血液のように見え、生々しい有機物感を与える。根元にはびっしりと小さな針状の突起が生えて、何か知らない危険が潜んでいるかのような恐怖感が全身を駆け巡る。早く手放したくなり、急いでヴィロミアに返す。
「気味が悪いですね」
素直な感想を口にすると、ヴィロミアは小さく笑って答える。
「私もそう思う。でも、この赤い水滴には解毒作用があるらしいわよ。毒を打ち込むと体内で抗体を作り、それを血のような液体として排出するから、吸血の悪魔キノコって呼ばれているんですって」
物知りな人だな。それもパンフレットに書いてあったことだろうか。
「よく知ってますね」
「ここに書いてあったわ」
指差す先には、商品の説明が書かれたカード。
書いてあるんかい!
「これ買うんですか?」
「さっき食べた悪魔キノコ味わいセットにあったから気になっただけ。買うかどうかは悩み中」
「味はどうでした?」
「とんでもなく苦かったわ」
「よく食べれましたね」
「一口サイズに切ってあったからなんとかね」
苦笑いしながら答えるヴィロミア。
彼女のようなとても口にしたくないものを食べる食への探究心と、初めて悪魔キノコや睾丸焼きを口にした人々に素直な賞賛を送りたい。この気持ちを忘れないように私はこれを買うべきではないだろうか。でも、ヴィロミアさんとのペアルックがこの不気味なキノコなのは嫌だな。
その後、三人の買い物風景を観察することにした。
ヴィロミアは独特なセンスの持ち主らしく、寄生キノコに取り憑かれて目がイってる魔物シリーズや毒キノコを背中で育てるカエル、キノコ角のミノタウロス、人面野菜など、奇抜なアイテムを次々とカゴに入れていく。
ケレアニールは対照的で、鳥や虫のモチーフ、背中にキノコを生やした亀、木彫りの女神像といった、美しい装飾品を中心に選んでいた。
大樹を一周する形の店は広く、見て回るだけでも時間がかかったが、飽きることなく楽しめた。結局、吸血の悪魔キノコの置物は買わなかった。いくら考えても不要なものにしか思えなかったからだ。
先にカウンターで会計を済ませたケレアニールが、少し離れたところで見ていた私の方に近づいてきた。
「ヴィロミアさん、あれほとんど故郷の教会に送るらしいよ」
カウンター横で何か書いていると思ったら、郵送の手続きだったのか。あの珍グッズを教会に送るとは......
「へぇ〜」
気の抜けた返事をしてしまう。
「メーケシャは教会に何か送った?」
「えっ!?うん、まあ色々と......」
突然の質問に思わず嘘をつく。弁解しなきゃと思うが、いい言い訳が浮かばない。「バレませんように」と祈るばかりで、自分の不甲斐なさが情けない。
「そっか〜。私は絵本を送ってるかな」
「へぇ〜」
平静を装って返事をするが、内心では「これ以上話が広がりませんように」と祈る。ケレアニールは私の動揺に気づいているのかいないのか、カウンターで会計中のヴィロミアと、それを手伝うウィローラを静かに見つめていた。
会計を終えたヴィロミアが外に出ると、手提げ袋は一つだけだった。三倍くらいの量があった気がするが、やはりほとんど送ったのだろうと改めて実感する。
「次は服屋に行こう!」
ウィローラは嬉しそうだった。
同じ趣味の仲間ができたことが喜ばしいのだろう。私とは趣味が合わないからな。
今度は虫を使って地上に降りる。虫の羽音がやかましく、二人は「長時間は無理」と顔をしかめていた。
道中、ケレアニールが突然「ちょっと待って」と駆け出した。見ると、キノコの台車に苦戦する老婆がいた。彼女は老婆を助け、優しく台車に乗せている。
「優しいのね」
ヴィロミアがポツリと呟く。
昔からそうだった。ケレアニールは誰に対しても手を差し伸べる。それを見るたび、私は何とも言えない不快感を抱いてしまう。彼女の行動が強さを振りかざしているように見えてしまうのだ。竜の私は強いから周りを助けなきゃというのが態度に出ている気がしてならない。そして、そんなふうに考える自分自身が嫌いでたまらない。
「昔からああだったの?」
「そうですね。彼女は生まれた時から特別でしたから」
余計なことを言ってしまった自分に驚く。胸が締めつけられるような居心地の悪さを感じ、ヴィロミアの顔を見られない。
「あっ......」
ヴィロミアが何か言いかけて止めたのがわかった。そちらを確認する勇気も出ない。「早くケレアニール戻ってきて」と心の中で繰り返す。その時間が永遠に続くように感じられた。
「お待たせ」
ケレアニールが戻ってきた。ウィローラが場をつないで「もうすぐ着くよ」と歩き出す。
服屋では相変わらずヴィロミアが毒キノコ柄や長鼻生物がプリントされた奇抜なTシャツを買い、それを次々と郵送していた。一方、ケレアニールはウィローラと似た少女趣味のスカートを選んでいたが、彼女のものは落ち着いたデザインが多かった。特に白基調の膝丈スカートばかりで、「今着てるのと変わらないじゃん」と心の中で突っ込んでしまうほどだった。
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