第1話 冒険者のモーニングルーティン②
私は日課を終えると、この大通り沿いにずらりと並ぶ屋台で朝食を取るのを一番の楽しみにしている。
さて、今日は何を食べようか〜
歩きながら、色とりどりの屋台を見渡す。
クラーケンの丸焼きか。う〜ん、今日はその気分じゃない。
サラマンダーのテールスープは......ありだな。あれ、美味しいんだよな。
そして、ミノタウロスの搾りたてミルク。安いけど量が少ないんだよな〜これぞ初心者向けのワナ。玄人の私は簡単には手を出さない。でも、たまに飲みたくなって飲んでしまう。そして必ず後悔する......
いかんいかん、せっかくの朝食だ。気を取り直して次に行こう!
お、マンドラゴラと歩きキノコのオリーブ炒め。さっぱり系か。悪くないけど、今はがっつりいきたい気分なんだよな〜次!
魔狼の睾丸焼き。......来たな、珍味枠!挑戦してみたい気持ちはある。でも、一歩踏み出す勇気が出ない。失敗したらせっかくの朝食を無駄にするのが怖いのだ。もし不味かったら?絶対こう思うに違いない。「あ〜サラマンダーのテールスープにしておけばよかった」って。頭の中でテールスープの美味さを妄想しながらまずい睾丸を食べるーーそんなの、耐えられない。しかし、もし美味しかったら?今後の選択肢が増える。選択肢が多いのは良いことだ。考える楽しさが広がるから。でも......どうする?本当にいくのか?
隣のウィローラが私を覗き込んでくる。
「目がマジすぎて怖いよ。私はいつものところ行ってくるから、ギルド前で待ち合わせね」
それだけ言って、彼女は足早に去っていった。
ああ、またあのパンケーキか。確かにあれは美味しい。たっぷりのベリーと甘いナッツ、その上からこれでもかと木の蜜をかけた一品だ。ただ、甘すぎる。一緒に出てくるハーブティーで口直しはできるけど、またすぐに蜜の甘さが襲ってくる。
よくあれを毎日食べれるもんだ。私は一日が限界だ。翌日は違うものが食べたくなる......いや、そんなことを考えてる場合じゃない。今は屋台の選択にすべての集中力を注ぐ時だ。
さあ見ろ、考えろ、私。最高の朝を迎えるためにーー選ぶのだ!
肉キノコの串焼き。ああ、この屋台のは特別美味しいんだよな。でも昨日も食べたし......どうしようか、
迷いながら歩いていると、気づけばその屋台の目の前に立っていた。
はっ!?な、なんだ!?確かに大通りを歩いていたはずなのに、どうして昨日の朝見た屋台の親父が目の前に!?あ、慌てるな、まだ間に合う。そっと何事もなかったように立ち去るんだ。
「一本ください。」
ーーはぁ!?何を言っているんだ私!まだ他の候補を考えていた途中じゃないか!でもまあ、注文した以上引き下がるわけにもいかないし......もういい、今日も肉キノコにするか。
心の中で「内心嬉しいくせに」と冷やかすもう一人の自分を感じつつも、もうそんなことはどうでもいい。頭の中は肉キノコの妄想でいっぱいだ。
肉キノコの串焼きは、キノコ二つと味変用の花二つが刺さっている。
このキノコは二層構造で、内側が筋肉、外側がキノコ。歩きキノコと似た構造のため、共通の祖先を持つとも言われているが、真偽は未解明だ。
味変の花は辛味、酸味、甘味、塩味など、豊富な種類があり、自由に組み合わせを選べる。
この選択の自由さがたまらない。ワクワク感たるや。冷静に考えれば組み合わせは30通りにも満たないだろうが、この瞬間だけは無限のバリエーションがあるように感じさせてくれるのだ!
ああ〜今日はどんな味にしようか!まず気分的に辛味は欲しいな、後は...よし!塩でいこう!
親父にリクエストを伝え、金を渡すと、彼はキノコを半分に切り、花と交互に串に刺していく。キノコの断面を下にして網に乗せると、花がじわじわと開花を始める。私の妄想も少しずつ絶頂に達する。
串焼きが焼き上がり、それを手にギルドへの道を再び歩き出す。
まずは肉キノコだけを一口。根元にかぶりつくと、さっぱりとした肉汁が口いっぱいに広がる。
あ〜染み渡る〜このさっぱりとした肉汁!獣肉と違い脂の重さを感じさせない味わいと、それを余すことなく吸い込んだキノコ生地。まさに朝食にぴったりの一品だ。
素材の味を堪能したところで、楽しみにしていた味変へ。花は多肉植物のため、花弁は肉厚だ。それを一片もぎ取り、キノコ部分に刺し、かぶりつく。
う〜ん、溢れ出す肉汁から顔を出すこの辛さ!スパイシーというよりまろやかな辛味だ。口に入れた瞬間はコクのある辛味を感じさせ、その後はだんだんと旨みへと変化していく。この絶妙な味のシンフォニー!
私には見える。深い森の中に突然姿を現す小さな泉。月明かりを反射させ、辺りをほんのりと照らす。そこに次々と集まり出す妖精や動物たち。虫の羽音や鳥がクチバシで木を叩く音が前奏となり、だんだんと増えていく楽器たち。鳴り響き出す鳥やカエルの鳴き声、木々が軋む音。それに合わせ神秘的な輝きを放つ妖精達が踊り出す。森の音楽隊。調和そのものだ。
そんな幻想的な光景が頭をよぎる。
次は塩味の花弁と共に口へと運ぶ。
見えた!今度は山間を流れる清流だ。積み上がる岩石の落差から流れ降りた激流は、突如としてその流れを穏やかなものとする。そのコントラスト。動と静の矛盾しない一体感。それが摂理であるかのような、普段気にも留めない自然。
その流れに逆行するかのように、飛び跳ねる一匹の魚。それが肉キノコだ。いかようにして味を変化させるのはなにも花だけではない。肉キノコもまた同様。変化する味が生み出す景色の中でその存在を自在に変化させるのだ。
夢中になって食べ進めていると、いつの間にかギルドの前に着いていた。残り少ない肉キノコを一気に口へ放り込み、串は近くの食虫植物の中へ放り込む。
ーー今日も最高の朝食だった。
ギルドの壁にもたれかかり、ウィローラを待つ。しばらくすると彼女が駆け寄ってきたので、合流してギルドの中へと入った。
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