第9話 8月10日 その1
七夕フェスタの会場に到着して、陽菜はその広さに圧倒されていた。
イベント会場が舞別中央公園となっていたので、陽菜の近所の公園より少し大きいくらいの規模を想像していたが、実際に来てみると、パークゴルフ場、サッカー場が2面、野球場、陸上トラック、テニスコートが20面、室内アリーナがあり、さらに馬産地という土地柄か馬術競技場まで併設されていた。
会場は日高中の人が集まったのではないかと思うくらいの人出で、親子連れからカップル、障害者施設の利用者とその職員の団体まで多彩な人達でごった返していた。
運動公園の入り口からメイン会場までの道の両脇にはラーメンやらケバブやら多国籍なキッチンカーが所狭しと並び、食欲をそそる匂いをあげていた。
「じゃあ、叔父さんは観光課のブースに詰めてるから。何かあったら来なさい」
「わかった。ありがとう」
舞別町観光課に勤めている雅治も七夕フェスタに観光振興の名目で運営に駆り出されてるため、陽菜は会場まで送ってもらっていた。
待ち合わせまで30分くらいある。陽菜は先に入口近くの案内所で会場MAPとイベントのタイムテーブルをもらっておいた。
メイン会場のステージでは一日中何かしらのイベントが開催されるらしい。地元の中学高校のダンスサークルや道東を中心に活動しているセミプロのバンド演奏、お笑い芸人のステージ、果てはメイクアップ講座までひっきりなしだ。
メイン会場以外に目を移すと、パークゴルフ体験、ヨガ、フットサル大会などが開催されるなか、陽菜の目に「馬術エキシビジョン&体験乗馬」の文字が飛び込んできた。主催者を見ると「イルネージュファーム」と書いてある。
イルネージュ……聞いたことがある、確か高辻牧場のお隣がそんな名前だったはず。
イベント内容の記述には、『オリンピックで話題となった馬術競技を間近で体感しよう! 当牧場所属のライダーが華麗な馬場馬術のエキシビジョンを行います。馬に興味がわいたら体験乗馬もできます。皆さまぜひお越しください』と書かれていた。
体験乗馬はともかく、馬術競技は間近で観てみたい。友梨佳もきっと興味があるだろうと思った。
「陽菜さん」
泰造の声が聞こえたのはそんな時だった。
陽菜が会場MAPから顔を上げると、泰造と友梨佳の姿があった。友梨佳が笑顔で大きく手を振る。陽菜もにっこりと手を振り返した。
友梨佳が小走りで陽菜のもとに駆け寄る。
「お待たせ!」
「ううん。叔父さんの都合に合わせて勝手に早く来ただけだから」
「じゃあ、友梨佳。わしは牧場に戻ってるから、帰りに連絡しなさい。陽菜さん、友梨佳をお願いしますね」
泰造はペコリと頭を下げると、入口の外に出て行った。生き物相手だから牧場を空けるわけにはいかないのだそうだ。
「大変だね。みんなでお休みがとれればいいのに」
陽菜がつぶやく。
「しょうがないよ。まあ、あたしもおじいちゃんがパチンコとか居酒屋行ってる間留守番してるし、その辺は上手くやってるよ」
友梨佳は笑いながら言った。
「それよりさ、何か美味しそうなのあった?」
「いきなり食べ物? イベントじゃなくて? まあ……このパンケーキ屋さんは気になるけど」
陽菜は会場MAPの一角を指さす。山盛りホイップにカットフルーツが敷き詰められたパンケーキの写真が載っていた。
「すごい、ヒルデガーデンじゃん! 札幌で有名なパンケーキ屋さんだよ。東京にはないの? 絶対行こう!」
友梨佳はMAPに顔を近づけて興奮気味に話した。
友梨佳からは相変わらずいい匂いがする。
今日の友梨佳は珍しく髪の毛をアップにして、ベージュのキャップを深くかぶっていた。とんぼのサングラスは2回目に会った時のものだ。
不意に友梨佳が陽菜に顔を近づけ、サングラスを下にずらす。
「なんかいい匂いがすると思った。陽菜、メイクしてる?」
「うん。少しだけ」
陽菜は普段化粧はしないが、今日はイベントに行くのでフェイスパウダーにさっとアイメイクをして、淡いピンクのリップを塗っていた。
「へえ。いいじゃん。すごく似合ってる」
「そう? ありがと」
メイクを褒められた経験はなかったが、褒められると素直にうれしい。
「友梨佳さんはメイクしないの?」
「あまりしないかな。厩舎作業ですぐ落ちちゃうし、馬が化粧品の匂いに敏感だしね」
ああそうだった。陽菜は自分の発言を少し恥じた。
まあ、そもそも化粧の必要なんてないかもしれない。じゃあ、あのいい匂いはシャンプーかコンディショナー? あとで商品名を聞いておこうと陽菜は思った。
「じゃあ、お昼はヒルデガーデンにするとして、それまで何食べてようか?」
「食べるのもいいけど、私これに行ってみたい。この牧場、友梨佳さんのお隣りさんじゃない?」
陽菜は会場MAPの馬術会場を指差す。
友梨佳は顔を近づけ、
「あ、イルネージュファーム。そうだね」
「イル・ネージュ。フランス語で雪が降るって意味だって」
陽菜はスマホの翻訳機能で調べた。
「北海道だからかな? でもしゃれてるね。へー、馬術競技か。いいね、今から行ってみよ」
「え、でもイベントは午後からだよ」
「メイン会場は舞別高校の軽音ライブでしょ? そんなの聴いてもしょうがないっしょ。先に行って遥さんに挨拶したいから。ダメ?」
「ううん。別にいいけど」
「よし! じゃあ行こう!」
友梨佳は陽菜の車いすを押す。
「相変わらず重た……」
「友梨佳さん、お願いだから人前で言わないで。誤解されるから」
「あはは。ごめん、ごめん」
友梨佳は車いすを力強く押した。
気のせいか友梨佳の明るさがわざとらしく感じられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます