第1部5話 季札剣を挂く



 翌日、俺は学校の通学路にある、あの桜並木でソフィを見かけた。

 

「おはようソフィ!」

声をかけたが返事はない。

「お、おーいソフィ? イヤホンでもしてるのかー?」

返事がない、ただの無視のようだ。

「お願いだ! 贅沢は言わないから挨拶くらいは交わしてくれないか?」

「あら、藤堂くんいたのね」

やっと口をきいてくれた。

「実はちょっと言いたい事があって――」


 恐る恐る話し始めたのだが、それは遮られる。

「ごめんなさい、昨夜隣の部屋からとても憎たらしくて、嫌悪感のする男の声が聞こえてきたから今朝は未だに気分が優れないの」


 あぁなるほど。俺が昨日クリスタの部屋でご飯をご馳走になっていた時の声が聞こえていたのか。もちろんやましい事など何も起きてはいないが、昨日よりも状況が悪化しているような雰囲気にもう気が気ではなかった。


「別にあなたが誰と仲良くしようと私には関係ないのだけれど、入校3日目にして2日連続で女子寮の、それも違う女の部屋に入るだなんて、とんだプレイボーイなのね」

「うっ……」

言われてみるとそんな気さえしてしまう。


「実は既にもう1人いて日替わり定食のような状態なのかしら? そうだとしたら随分といいご身ゴミ分ね」

「なんか今、かけられた言葉とは別にディスられた気がする……」

「藤堂くんは女の子とイチャイチャする為にこの学校へ来たのかもしれないけれど、私にはやるべき事があるのだから、これ以上付き纏わないでくれるかしら?」


 もう絶体絶命と言わんばかりの状況だが一か八かの賭けに出ることにした。

「これ受け取ってくれないか?」

小さな包み紙を渡す。

「何よこれ」

俺が開けるように言うと、昨日購入したハンカチが姿を見せる。

 

「昨日は怒らせてごめん! どうしてもソフィと仲直りしたくて、昨日の帰り道で君に似合いそうなものを見つけたから、お詫びにプレゼントしようと思って……」

深く頭を下げて謝り、ちらっとソフィの様子を見ると、ほんのり顔が赤くなっているような気がした。

 

「もういいわ、許してあげる。でもあの子とは、一体どんな関係なのかしら?」

「普通にただの友達だけど?」

「そうなのね、分かったわ……」

やっと通常運転に戻ったソフィと話しながら校舎へ入っていくと、大きな声で呼び止められた。


「君が藤堂幸近だな!」

そこには長い黒髪の女の子が仁王立ちしていた。

「君は誰だ?」

「私は山形唯やまがたゆい、君を探していたんだ」

「邪魔しちゃ悪いから、私は先に教室に行っているわね」

また少し冷たくなった目をしたソフィは校舎に入る。


「それで俺になんの用なんだ?」

「君は剣術を嗜むと聞いたのでな。少し私と付き合ってくれないだろうか……昼休みに体育館まで来て欲しい」

近づいてきた山形は手紙のような物を俺に渡すと、それ以上は何も言わずに去っていった。

 突然の出来事に呆然としながらその手紙を見てみると、大きく「果し状」と書いてあった。

「初めて女の子から貰った手紙が果し状って……」


 悲しい面持ちで教室に入り、机に座るとクリスタがやってきた。

「あんた今日のお昼ご飯どうするの?」

「いつも通り食堂で食べようと思ってたけど」

「ふーん、そうなんだ……昨日の残ったご飯……あんたが美味しいって言ってたやつ、お弁当にしてきたから仕方なく恵んであげるわ……」

「あぁ、ありがとう」

クリスタはそう言うと足早に席へと戻っていった。


 そのやりとりを見ていた隣の席のソフィが、こちらに冷たい笑顔をおくりながら、「朝からモテモテなのね」と吐き捨てた。


 間もなく村上先生の授業が始まる――。

「今日は異能特殊警察の構造についてだ。異能警察も一般の警察と同じような構造となっている。

 1番上に警視総監がおり、次に警視監、警視長、警視正の順で並ぶ。このポストについている方々は現場に出る事はほとんどない。ちなみにエマ校長は警視長に当たる。

 そしてその下に続くのが現場仕事が主になる中間管理職的なポストで警視、警部、警部補と続く。

 さらにその下に巡査部長、巡査となり、君たちが卒業するとこの巡査からのスタートとなる訳だ。

 そして異能特殊警察と一般警察の最も違う部分は、特殊な役職である『グレイシスト7』が設けられていること。これは特に才能や能力に秀でた7人にのみ与えられる特権階級で、警視長と並ぶ権力を有する。

 今年から新たにレオナルド・フランクリン氏が史上最年少となる14歳という若さで任命された。言ってしまえば出世への特急券のようなものだ……皆も日々の努力を惜しまず精進するように――」


 授業が終わり昼休みとなった。気は乗らなかったが、こんなものを受け取ったからには体育館へ向かう他なかった。到着すると既に山形はそこにいた。


「来てくれたのだな、感謝する」

そう言って俺に竹刀を渡し、試合の立ち位置へとついた。

「山形唯だ、よろしくご指導頼む」

「藤堂幸近だ、こちらこそよろしく」

そして試合が始まる。


 最初の内はお互いの力量を測るかのように打ち合い、少しずつスピードとテンポを上げていった。

 唯は異能を使っている様子はなく、どこに打ち込んでも綺麗に返してくる唯の剣はとても真っ直ぐで、幸近は次第に楽しいと感じるようになっていた。


 5分ほど互角の打ち合いを続けていると、周りにギャラリーができているのが確認できた。

 お互い少し距離を置いて息を整える。

「どうした? 異能は使わないのか?」

と、唯が尋ねると幸近は正直に答える。

「悪いな、無能力なんだ」

唯はそれを聞いて少し残念そうな顔をしていた。

「お前は遠慮せずに能力を使ってくれて構わないぞ?」

「では遠慮なく、本気でいかせてもう……」


 次の瞬間、唯の姿が幸近の視界から消え、目では追えない速度で側面からの攻撃が飛んできた。幸近はそれを間一髪で避け、呟く。

「速度強化か……」

 

「ご名答、私のラグラスは『加速ハイスピード』。超人的なスピードで移動する事ができる」

「なるほど、剣士にとってはかなり相性の良い能力だ。これは俺も本気で応対しないといけないな」

幸近は得意の居合の構えをとる。


 その構えを見た唯は、次の一撃で勝負が決まると本能的に感じとっていた。

「行くぞっ!!」

唯はフルスピードで幸近の方へと突っ込む。

 

「藤堂一刀流居合 『虎風とらかぜ』!」


 幸近と唯が交差し、しばし2人の動きが止まった。

 背中を向け合い立っている2人だったが、唯の手には竹刀はなく、空中に飛ばされていた竹刀が床に落ちると共に、彼女はその場で膝をついた。

 ――勝負は幸近の勝利で幕を閉じる。


「いい勝負だった」

幸近は唯に手を差し出す。

「ありがとう。良かったら一緒にお昼でもいかがだろうか?」

2人が体育館横のベンチに座り昼食をとっていると、彼女は手作り感のあるおにぎりを食べながら話し出す。

「幸近の流派は藤堂一刀流と言うのだな。私の剣は山形流剣術と言うのだ!」

「同じ名前って事は、山形の家も道場なのか?」

「そうなのだ、父が師範をしている」

 

「……俺の師も親父だけど、実際は殆どが自己流だから色んな型の融合した汚れた剣なのに比べて、お前の剣は淀みが一切なく、なんと言うか美しかった」

唯は輝いた顔でこう尋ねてきた。

「幸近は剣を振るう時、何を考えているのだ?」

「憧れてる人がいるんだ。その人みたいに強くなりたいっていうのが、俺の原動力だな」

「君ほどの実力者が憧れる人なら、大層立派な人物に違いない。私も是非一度会ってみたいものだ!」

俺は、ある人の顔を思い出しながら山形にこう返した。

 

「……俺の座右の銘は、『季札剣を挂く』。例えどんなに状況が変わろうとも決心したことを貫くっていう意味だ。この言葉も、その人から教わった」

「幸近とは気が合いそうだ! 是非これからも私と稽古を共にしてくれないだろうか?」

「あぁもちろん! 山形との試合はとても楽しかった」

「早速と言ってはなんだが今日の放課後、私の実家の道場に来てはくれないだろうか?」

「それは是非見てみたいな」

「では決まりだな! 放課後ここで待っている」


 放課後、電車に乗り山形の実家へ向かっている間に、山形は俺を家に誘った理由を話し始めた。

「実は最近、異能犯罪者による道場破りの事件が多発しているのだ。母はもう亡くなっていて今は父と2人暮らしなのだが、現在は寮生活になり父が1人で家にいるのが心配で……早く強くなりたいと焦ってしまい、それで今朝幸近に声をかけたのだ」

その事件は、俺もニュースで目にしていた。事件の起きている地域からは離れていたが俺の家も道場の為、他人事とは思えなかった。


 山形の家に着くと親父さんが快く迎えてくれた。

 少し稽古をさせてもらうと、ご飯を食べていけと言って貰えたので夏鈴に電話することに。


「もしもし夏鈴か?」

「どうしたのお兄ちゃん? 今日の晩ご飯はカレーだよー?」

「ごめん、今日も飯を食べて帰る事になってしまった……」

「は? 昨日に引き続きなんで2日連続でそうなるの? 分かった、やっぱりお兄ちゃん彼女できたんだ。そーなんだ、もう知らない、一生帰ってくんな!!」

「違う違う!! ホントに偶然なんだって、この埋め合わせは必ずするから!」


「埋め合わせとは何か詳しく聞かせて貰おうじゃないの?」

「そうだ! 今週末にでもお前が行きたがってた遊園地に連れて行くから、それでどうだ?」

すると、夏鈴の声が高くなる。

「本当に? やっぱりお兄ちゃんはかりんのお兄ちゃんだね、絶対に約束だからね?」

「もちろんだ妹よ」

「もし約束破ったら……寝てる間に全身の毛剃るから――じゃあ楽しみにしてるね! ブチッ、プー、プー、プー」


 俺はスマホのスケジュール帳にしっかりと予定を書き込んだのだった。


第1部5話 季札剣を挂く 完


《登場人物紹介》

名前:山形 唯

髪型:黒髪ロングのストレート

瞳の色:黒

身長:169cm

体重:53kg

誕生日:6月11日

年齢:18歳

血液型:A型

好きな食べ物:そうめん 舞茸の天ぷら

嫌いな食べ物:生魚 パクチー

ラグラス:加速ハイスピード

超人的なスピードで移動できる


 

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