第1部4話 遠きに行くは必ず近きよりす




 机に突っ伏してこの世の終わりのような表情をしていると、優しいキリアが声をかけてきた。


「幸近、一体どうしたんだい?」

「なぁキリア……お前は誰かと喧嘩した時、どうやって仲直りしているんだ?」

「うーん、そうだね。僕はあまり人と争い事になることはないけど、そういう時はやっぱりプレゼントとかじゃないかい?」

「プレゼントか……」

「まぁでも、結局のところ誠心誠意謝ることが1番じゃないかな」


「お前はホントに男子のお手本のような奴だな」

「それは褒められてるのかい?」

「最高の褒め言葉だよ、オレなんて人生に迷いっぱなしだ」

「選択肢があるから迷うんだよ、それはきっと恵まれてるってことなんじゃないかな」

「お前は見た目も言うことも男前だな、俺が女なら確実に惚れている自信があるぞ」

「そんなことないよ。ほら次は外で演習だよ、早く移動しないと」


 着替えて校庭に出ると、村上先生が言う。

「これからラグラス使用有りの演習を行う。競技内容は2人組を組んで鬼を交互に交代しての鬼ごっこだ」

「いい年して鬼ごっこって……」

「そこ、何か言ったか?」

「いえ、なんでもありません……」

「1セット5分で、鬼が相手の体に触れたら勝ちだ。それでは5分後に始めるから好きな相手とペアを組んでくれ」


「キリア、組もうぜ」

「負けないよ? 幸近は体丈夫だよね?」

「当たり前だ、それだけが取り柄だからな」

じゃんけんの結果、まずは俺が鬼になった。

 スタートの合図と同時にダッシュで真正面から突っ込んだ。

「うぉおおおお!!」

全速力で向かっていき、もうすぐキリアに手が届くといったその時、足下がドカァンと漫画のように爆発した。


「うわあああああ……」

その爆風で数メートル後ろに吹き飛ばされた。

「こんなに見事に引っかかるとは……」

「そういえばお前のラグラスって……」

「僕のラグラスは、『仕掛爆弾オッペンハイマー』。僕が触れた場所に爆弾を仕掛けることが出来る」

「あんまりお前に似合ってない能力だよな」

「僕は気に入ってるよ。威力は大分抑えたけど、平気そうだね」


「まだまだあー!」

その後、何度も近づいて爆発してを繰り返し、とうとう俺はキリアに1度も触れられずに5分が過ぎた。

「威力は抑えたけど、ここまで食らってピンピンしているのは流石だね……」


「次はキリアが鬼だぞ」

「じゃあ行くよ」

そう言うとキリアは自分の足下を爆破し、その爆風に乗ってすごいスピードで近づいてきた。

「うぉっと!」

1度目は避けられたがすぐに第2波、3波がやってきて、ものの10秒で決着がついてしまった……。

「いや、強いなキリア……」

「でもまさか初見で避けられるとは思っていなかったよ」


 授業が終わり着替えをしている時のこと。

「お前の能力って汎用性が高いよな。最大火力を出したらどのくらいの威力なんだ?」

「そうだね、並の人間なら気絶する程度かな」

「ほぼ無敵じゃねーか」

「そんな事ないよ。使い方を間違えたら、味方や自分も巻き添えになる可能性があるからね」

「そう考えると、練度がものを言うのか」


「でも幸近はホントに体が丈夫だね。実は最後の方の爆発は限りなく最大威力に近くしてみたのに全然平気そうだし」

「おいちょっと待て、並の人間が気絶するレベルの爆発を友達に向けていたのかお前は?」

「ごめんごめん、少し試してみたくなっちゃって」

「お前の事が信じられなくなりそうだ……」


 すっかり忘れてしまっていたが放課後がやってきて、俺はそのまま帰ろうとしていたが、ちっこい暗殺者のような顔した奴が教室出入口で通せんぼをしていた。


「あんた、私との約束忘れてたでしょ?」

「わ、忘れてません……」


 皆が帰っていった放課後の教室の中、年頃の男女2人が集まり何が始まったかと言うと……お説教タイムだった。

「ギャーギャー、ギャーギャー」と、クリスタはさっきから30分程ずっとこんな感じだ。


「本当にあんたは使えないわね!」

「お前はそう言うが、こっちだってソフィと喧嘩みたいになっちまったんだからな……」

「何あんた、あいつのこと好きなの?」

「そういう訳じゃないけど、好んで誰かに嫌われたい奴なんていないだろ?」

 

 クリスタは顔を背けた。

「どうせ遅かれ早かれの違いじゃない」

「いや、少なくとも昨日まではそんなに悪くない感じだったし、今日だって俺が調子にさえ乗らなかったら……」

「あんたがどれだけ頑張ったって、あいつには釣り合わないわよ……。普通の人間にはどれだけ頑張っても越えられない壁があるの」


 俺は何故だか少し腹が立って、反論してしまう。

「ソフィだって普通の人間だぞ」

「あんたに何が分かるのよ」

「それくらい分かるよ。あいつだって悲しかったり嬉しかったりしたら普通に泣くし、今のあいつがあんなに強いのは、強くなることを諦めずにいたからだ」


 するとクリスタは下を向き少し震えた声を出す。

「わたしだって……この能力を手に入れた時、それなりには嬉しかったけど……頑張れば頑張るほど限界が見えるの。もっとこうなりたい、あぁなりたいって思っても、これがわたしの限界で、後はもう周りの人間を下げるしかないじゃない。わたしに他に何が出来るって言うの?」


「お前は周りを意識しすぎて、遠くへ行こうとする事だけに必死だな」

「それの何が悪いのよ? 遠くを見続けなきゃ、そこまで辿り着く事なんて一生出来ないじゃない!」

「なぁクリスタ、確かに遠くを見る事も必要だよ。すぐになりたい自分や目標に辿り着ける、そんな魔法みたいな方法はないかって、誰もが一度は考える事だよな」


 俺は少し昔を思い出して、懐かしさと温かさを含んだ気持ちを心に宿しながら続ける。

 

「でもな、何も魔法っていうのは自分の外側だけで起こるものじゃない。自分の内側でだって、魔法は起こせるんだ。俺はむしろ、その目に見えない魔法の方が、人にとっては大切なんじゃないかと思ってる」


 クリスタは珍しく横槍を出さずに黙ったまま、じっと俺の話を聞いていた。

「それにお前の能力は、人を傷つけずに無力化する事の出来る、とっても優しい能力じゃないか」


 この時、クリスタの瞳が透き通ったように感じた。

「さっき……わたしは背が小さい事がコンプレックスで、この能力になったって言ったけど……本当はたぶん、理由はもう1つあるの」

「聞いてもいいか?」

「今度は笑わないでよ?」

「あぁ、笑わない」


「わたしは小さい頃、魔法使いになるのが夢だったの」

「ふっ……」

「ちょっと! 早速約束破るんじゃないわよ!」

「ごめんごめん。続けてくれ……」

俺が自分の両頬を叩くと、クリスタは語る。

 

「そう思うようになったきっかけは、とある魔法だった。わたしが人生で初めてその魔法を見たのは……物心ついた頃の冬……。

 故郷の空に白くて冷たい花びらのような美しいものが、あんなにたくさん舞っている風景に、なんてステキな魔法だろうって、降ってくる雪を手で受け止め続けた。

 そしたら手は冷たいんだけど、心の中はとっても暖かくなった。わたしはいつか、こんな魔法を使えるようになりたいって思ったの。なんだか……あの時の気持ちを思い出した気がする……」


 クリスタの昔話を聞いて、俺は彼女を応援したいと思った。その不器用な真面目さから今回はやり方を間違えてしまったが、純粋で裏表のない姿勢に好感が持てた。

 

「考えた事があるんだけどさ、ずっと昔の人が今の俺たちの世界をみたら、化学の進歩もこの異能力者に満ちた世界も、全部魔法だって言うと思わないか?

 でもそんな昔の人の中の誰かが、この世の中を想像したからこそ、今があるんじゃないかって思うんだ。だから俺達が頭の中で想像出来る事なんてのは、諦めなければきっと実現可能なんだって俺は信じてる。

 今までお前が溜め込んだマイナスのエネルギーも、その絶対値が大きければ大きいほど、それがプラスに転じた時には、きっと大きな武器になる。

 同盟もある事だし、俺もそんな未来を一緒に想像するからさ」


「あんたって、ホントになんなの……ポンコツのくせに」

「こんな無能力者が何言ってんだよって思うよな」

「……ちゃんと責任とりなさいよ」

「なんの責任だよ」

「わたしをその気にさせた責任よ。あんたが一緒にその未来を信じてくれるって言ったじゃない」

「それは約束する」

「約束破ったら一生あんたに幻惑をかけ続けてノイローゼにさせてあげるわ」

「優しい能力といったのを撤回させてくれ」


 クリスタは一瞬笑みを浮かべると、すぐにいつものような高圧的な態度に戻る。

「もう返品は受け付けないわ。あんたはもうずっと私と同盟関係なんだから覚悟しなさい」

「それは同盟というより奴隷なんじゃ……」

「そうと決まれば、この後わたしの家に来なさい!」

「なんでだよ!」

「なによ? ソフィの家には行けて、隣の私の家には入れない理由でもあるの?」


「分かったよ。それで一体何をするんだ?」

「これからの作戦会議に決まってるじゃない。それと、あんたのせいで故郷を思い出したから、久しぶりに郷土料理が食べたくなったわ」

「お前料理なんて出来るのか?」

「当たり前よ、わたしに出来ない事なんてないわ」

「じゃあ妹に今日は飯いらないって連絡しないと」

「ふーん。あんた妹がいるのね、今度会わせなさいよ」

「まぁ別にいいけど……」


 こうしてこの日はクリスタの家でご飯を頂くことになり、それからというもの何かにつけてこいつは俺に声をかけてくるようになったのだった。


第1部4話 遠きに行くは必ず近きよりす 完


《登場人物紹介》

名前:キリア・ファレル

髪型:オレンジ色の長髪を後ろで束ねる

瞳の色:黒

身長:175cm

体重:65kg

誕生日:5月25日

年齢:18歳

血液型:B型

好きな食べ物:ピザ、アイスクリーム

嫌いな食べ物:お酒の入ったチョコ

ラグラス:仕掛爆弾オッペンハイマー

触れた場所に爆発物を仕掛けられる




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