第1部6話 逃げるは恥だが役にたつ



 山形家の居間に入ると、卓上には肉じゃがや焼き魚、ほうれん草のお浸しなど、とても美味そうな和食の数々が並んでいた。

 昔ながらの木の丸テーブルを3人で囲み、親父さん特製の手料理をご馳走になりながら、こんな会話をした。

 

「幸近君は真の強さとはなんだと思う?」

難しい質問だったが、素直に思った事を答えた。

「そうですね……強さの定義にも力が強い、精神力が強い、丈夫で壊れにくい、など色々ありますが、一貫して言えるのは『折れない』という事でしょうか」

「素晴らしいよ幸近君、唯の婿に来ないか?」

思わぬ不意打ちに、飲んでいた味噌汁を吹き出す山形。

「父上! 何を言っているのだっ! すまない幸近、父が変なことを……」

「ははは……」


 親父さんは笑顔で続ける。

「まぁそれは冗談としても、私にとって強さとは『逃げない』ことだ。だがこれは君の強さを否定している訳ではなく、真の強さとは人それぞれ違って良いのだよ。

 君の強さは折れないことで、私の強さは逃げないことだ。

 ただこれは私の強さだから、もし唯や私の大事な人が危険な事に巻き込まれたなら、その時は逃げて欲しいと思う。

『逃げるは恥だが役に立つ』これ即ち、自分の戦う場所を自分自身で選べという事なんだ」


 俺は剣の道の先輩の言葉を、しっかりと心に焼き付けていた。親父さんが便所と言って席を立つと、山形に君の親父さんはすごい人だと伝えた。

「剣の事ばかり考えている人なんだ。そんな父に憧れて、私も己の剣だけを信じてここまで大きくなったのだ」

「山形の剣が真っ直ぐな理由が分かった気がするよ」

「そう言ってもらえると嬉しいな……」

山形は照れたように頬を染めた。

「親父さん……遅いな」


 すると、まるで猛スピードの車同士が正面衝突した時のような大きな音が響いた。

「なんだこの音?」

「道場の方からだ!」

 山形は竹刀を持って立ち上がり、2人で道場の様子を見に行った。

 

 そこに居た親父さんの体はボロボロで、道場の壁にめり込んでいるような状態だった。

「父上っ!」

「親父さんっ!」

すぐに駆けよると、小さな声で「逃げろ……」と言い残し気を失った。


 こんな事をしでかしたであろう奴らは2人組で、1人は白い袖なしの道着に金髪のガタイの良い、一見丸腰の男。もう1人はクノイチのような服装で、鬼の面を頭の側面につけたクナイを持つ女。

 恐らく異能犯罪者の道場破りと見て間違いないだろう。


「おい日鏡ひかがみ! 話が違うじゃねーか! この道場には1人しかいないんじゃなかったのか?」

と、男が女に文句を言っている事から、女の名前は日鏡というのだろう。

「確かにその筈だったんだが……」

「まぁ楽しみが増えたと思えばラッキーだな」

 

 俺は男に向かって声をかけた。

「おいおっさん、親父さんをやったのはお前か?」

「あぁそうだ、剣士ってのは剣を折られるとつくづく何も出来ない生き物だな。だからこの道場の剣は、ついでに全て折ってやったぞ」


 その言葉を聞き、俺は山形に指示を出す。

「俺があの男を抑えるから、お前はあっちの女を頼む」

「分かった……だが幸近、君は剣を持っていないが大丈夫なのか?」

「なんとか時間を稼ぐから、お前の方が片付いたらその竹刀貸してくれよ」

「承知した……」


 俺達はそれぞれの標的と向かい合った。

「おい山形! 分かってると思うがこんなチンピラ相手に絶対異能なんか使うんじゃねーぞ! 俺たちは異能警察になるんだ。認可エリア外で異能を使えば、こいつらと同類になっちまう」

「分かっている」

 

「オレの相手はお前か坊主? オレの名は気倉井きぐらいだ。よろしく頼むぜ」

「お前なんかに名乗る名はねぇよ」

「オレも殺す相手の名前なんか興味ねぇよ。お前を殺す男の名だけ覚えとけ」

そう言って繰り出された拳は、壁にめり込んでいた。


「身体強化のラグラスか……」

「あぁ、オレのラグラスは『肉体強化ビッグマッスル』。最も強く、最も理に適った最強の能力だ。

 オレにかかればどんな武闘家も相手にはならん! オレを楽しませてくれる強い相手をずっと求めているってぇのに、どいつもこいつも雑魚ばかりで退屈してたところだ。

 お前はオレを楽しませられるのか?」

「楽しませる訳ないだろ……ただ刑務所に送り込むだけだよ」

「威勢のいいガキだな。すぐに殺してやるよ」


 消えたように素早く移動して距離を詰めてきた気倉井に、俺は殴り飛ばされてしまう。その一撃が重く、すぐには立ち上がれない。

 肉体強化のラグラス持ちは、その使いやすさと汎用性の高さから性格まで暴力的になると聞いた事がある。

「幸近ー!!」

と、俺を心配する山形の叫び声が聞こえた。


 鍔迫り合いをしていた2人だが、日鏡が「油断していいのか?」と、言った次の瞬間――彼女の体から強烈な光が発せられ、唯の目は眩まされてしまう。

 そして腹に蹴りをいれられた唯は仰向けに倒れ込んでしまった。


(まずい……目が開かない……)

「私のラグラスは『閃光フラッシュ』。直視すればしばらく目を開けることは出来ないわよ」

 剣士や武闘家にとって目を潰されることは、負けを意味すると言っても過言ではない為、その初見殺しの能力に唯は焦っていた。

(どうすればいい……奴がくる……どこから来る?)


 その様子を見ていた幸近は、ゆっくり立ち上がりながら唯に声をかける。

「俺がお前の目になって指示を出す! 奴とはまだ距離がある! 早く立つんだ」

「分かった……」

唯は周囲を警戒しながら立ち上がる。

「オレと戦いながらそんな事できると思ってんのか?」

今度は上段に蹴りを繰り出す気倉井。幸近は身を屈ませながら「正面2メートル先に胴だ!」と叫ぶ。

 次に頭上から拳が降ってくるのを2度後転して距離をとる。

「後ろを振り返りながら面を思い切り振り下ろせ!」

幸近がそう叫ぶと、驚いた様子で日鏡は後退し距離を取った。

 

「なんで貴様は私がまだ動く前にこいつに指示が出せる?」

「答える必要はない」

自分の動きが先読みされ焦った日鏡は叫んだ。

「気倉井、早くその男を始末しろ!」

「言われなくてもそうするさ……」

気倉井が距離を詰めながら殴りかかってきたその時――


「藤堂一刀流居合 無刀『うつろ』!」

 

ちょうど心臓の位置に幸近の手刀による強烈な突きが炸裂し、気倉井は数メートル後方へと吹き飛ばされた。

「なんだ……今のは……?」

驚いた気倉井がそう呟く。

「それにも答える必要はない。山形! 2時の方向に突き! その後振り返ってお前の1番の剣を叩きつけろ!」


 それを聞いた日鏡は、相手の動きが先に分かっていればそれを利用できると考え、突きが終わり唯が振り返った際に背後から攻撃しようとした。

 だが唯の突きは、日鏡が想像していたものとは違った。異能など使わなくても彼女の突きのスピードは、桁違いに疾かったのだ。

 その疾さで真っ直ぐに向かってくる突きを避ける事だけに必死だった日鏡はあっという間に唯に追い越され、すぐさま振りかぶってきた彼女の渾身の一撃を避ける術はなかった。

 

「山形流剣術一の太刀『一閃いっせん』」


 頭の横に付けていた鬼の面に竹刀が直撃し、面は割れ日鏡は気を失った。

「やったのか……?」

唯はそう呟くと慣れてきた目を開き、幸近の方を見る。ちょうど起き上がった気倉井が、幸近に襲い掛かろうとしている瞬間だった。


「藤堂一刀流居合 無刀……」

「またさっきの攻撃か、2度も喰らうかよ」

「『むなし』!」


 先ほどの剛の手刀とは打って変わり、柔らかな軌道を描いた幸近の柔の手刀は、攻撃してきた気倉井の拳をいなして掴み、うつ伏せに倒した後、腕の関節を極めていた。

「さっきから、この見た事のない技はなんなんだ!」

「何度も言うが、お前なんかに教える事は何もない」

「馬鹿にしやがって……」

骨の折れる鈍い音が響いたと同時に、気倉井が勢いよく立ち上がった。


「こいつ、自分で自分の腕を折りやがった……」

「お前なんぞ腕1本ありゃ充分だ……」

「幸近っ! 受け取れ!」

声と共に竹刀が幸近の元へと投げられた。

「サンキュー、山形」

幸近はそれを受け取り構えると、向かってくる気倉井をギリギリまで引きつけて技を放つ。


「藤堂一刀流居合『虎風』!」


「ぐぁはっ……」

幸近の居合切りが顔面側部に決まり、気倉井は倒れた。

 

 それから15分程で救急隊と警察が駆けつけた。救急隊に連れて行かれた親父さんは、命の危険はないという事だったので、俺と山形は2人共道場に残って異能警察から事情聴取を受けた。

 

「私は異能警察のレナードだ」

名刺を受け取ると、肩書には警部とあった。

「君たちは異能警察候補生なのか。一応聞いておくが、異能は使用していないな?」

「はい、俺は無能力ですし、山形も剣術しか使っていません」

「それにしてもこの道場破りはかなりの腕で、現役の異能警察官も何人かやられていてね。それを学生2人が異能も使わずに倒したとなれば我々の面目は丸潰れだな」

 

「いえ、たまたま運が良かっただけですよ」

「村上の教え方が良いのかな? あいつとは警察学校からの同期でね」

「それはそうと、君は無能力なのにどうしてわざわざ異能警察を目指しているんだ?」

「憧れの人がいて、同じ土俵でもう一度会いたいんです」

「それは頼もしい限りだ。協力ありがとう、また会える日を楽しみにしているよ」


 警察が帰っていくと、俺達は散らかった道場を片付けながら少し話をした。

「幸近、あの刀を使わない技はなんなのだ?」

「こんな時代だ、いつどこで敵に襲われるか分からないだろ? でも俺の得意な刀を携帯出来ないこの国で、どこであろうと大事な人を守る方法を考えたんだ。

 この無刀の型は、居合術と合気道を融合させた俺のオリジナルなんだ。俺は無能力だけど、これがあったから異能警察学校に入校出来たんだよ」

 

「幸近の努力の賜物なのだな……」

「俺にはラグラスがない。でも同じステージに立っているライバル達は皆それを持っている……だからと言って、その事実だけを言い訳にしたくはなかったんだ」

「幸近……君は私が思っていたよりも、ずっと強いのだな」

そう言った山形の顔は、月明かりに照らされとても美しかった。


「俺は強くはないよ、ただ『折れない』それだけさ――」

「そう言えば、なぜ私の目が見えない時、あんなに正確な指示を飛ばす事が出来たのだ?」

「あぁ……あれはただ山形の努力と強さを信じただけさ」


 片付けをしていて遅くなり終電を逃してしまった為、この日は山形の実家に泊めてもらう事になった。


第1部6話 逃げるは恥だが役に立つ 完


《登場人物紹介》

名前:村上 智

髪型:青髪でサイドが長い

瞳の色:青

身長:178cm

体重:70kg

誕生日:3月10日

年齢:27歳

血液型:O型

好きな食べ物:焼肉 寿司

嫌いな食べ物:バナナ

ラグラス:なし


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