第3話
「公子様、何より健康が第一です。勉強も、課金もほどほどにしてくださいませ。閣下のことは私がしっかりお世話しますので、ご安心を。」
『この人、歳を取るごとに家訓を忘れるようになったのか?何が“ほどほど”だって?』
ともあれ、元気そうで何よりだ。
ファン執事のメッセージを確認し、満足げに微笑むジェヒョクは荷物を開けた。
とはいえ、荷物といっても剣一本、重りが仕込まれた鉛の玉、ダンベル、加湿器、家族写真(兄と姉の顔は切り取られている)、ゲーム機、下着、靴下、マスク、サングラス、日焼け止め、各種常備薬とサプリ、友達を作る方法が書かれた本数冊、そして……育毛スプレー?
「何だよこれ!なんでこんなに詰め込んであるんだよ!」
どうりでカバンがやたら重かったわけだ。
案内書には、教科書や生活用品は学校が無制限に支給してくれると書いてあったし、執事も確認したはずなのに、この有様だ。
『うちのファン執事、歳を取るたびに心配性が加速してるな。』
一度ゴミ箱に放り込んだ育毛スプレーを、ジェヒョクは渋々拾い上げた。
愛用者がファン執事であることを思い出したからだ。引き出しに保管して、後で返すつもりだった。
『3年後にはもっと髪が薄くなってるだろうしな……。』
ベッドに体を投げ出したジェヒョクの顔が曇る。
生まれて初めての家を離れる旅、それも3年間にわたるものだ。
心はどこか落ち着かない。
せめて良い兆しといえば、学園の理事長が自分に好意的だという点だ。
その態度から察するに、父との縁があるのかもしれない。
だからといって、無条件に信頼できるわけではない。
『自分が俺を必要としているのは確かみたいだ。適度に警戒しておこう。』
要するに、3年間の猶予を得たということだ。
『少なくとも、外からの脅威は防いでくれるらしい。』
いきなり剣を振りかざして脅してくる奴が現れることもないだろう。
『これからの3年は、俺にとって二度と手に入らないチャンスになるはずだ。』
ジェヒョクの目標は高い。
国宝になること。それが彼の目指す未来だ。
8年前の東アジアゲート会談に関わった国内外の関係者たちをすべて洗い出し、裁きを下すには、圧倒的な武力と権限が必要だ。
一方で、今すぐにでも達成すべき課題は、S級以上の最上級ゲートで活動する資格を得ることだった。
最上級ボスが極低確率でドロップする霊薬や希少な薬草。
それらを調合して作られるという[エリクサー]こそ、父を回復させる唯一の希望だった。
『卒業するまでに最低でもA級プレイヤーにならないといけない。それくらいの話題性があれば、国民の注目を引きつけ、盾として利用できる。』
未成年がA級プレイヤーを目指す?
誰もがバカげた夢だと鼻で笑うだろう。
無理もない。これはプレイヤーシステムの構造上、実現が極めて困難だからだ。
だが、ジェヒョクは自分を信じていた。その自信には確かな理由があった。
「うわあ……。」
窓の外を見つめたジェヒョクは思わず感嘆の声を漏らした。
星が満ちた夜空に、二つの月が浮かんでいた。
初めて迎えるゲートでの夜は、想像していた以上に美しかった。
ここが地球ではない異世界であることを、ジェヒョクは改めて実感した。
並んで輝く二つの月を見つめるうちに、母と父のことを思い出す。
そのそばで一番輝く星、それが自分。
その次に近くで光る星は、ファン執事。
ずっと遠く離れた小さな星は、カンドゥナ。
そして、すぐ隣にほとんど消えかけたように薄暗い星々がカンデソンとカンヒョナ……。
「くそ……なんだか急に気分が悪くなってきた。」
顔をしかめたジェヒョクは、ため息をつきながらステータス画面を開いた。
名前: カン・ジェヒョク(강재혁)
職業: プレイヤー(覚醒条件未達成)
レベル: プレイヤー(覚醒条件未達成)
ステータス: プレイヤー(覚醒条件未達成)
スキル: [空欄], [空欄], [空欄]
プレイヤーに覚醒する方法は、実はシンプルだ。
モンスターを倒すか、最初のスキルスロットを埋めて[システム]を完全に起動させるだけ。
異界人を倒してもプレイヤーになれるという噂もあるが、それはあくまでデマに過ぎない。
そもそも、未覚醒者が異界人と出会う機会はほとんどない。
異界人たちは地球には一切足を踏み入れず、安全が保証されたゲート内部でのみ生活しているからだ。
「‘異界人’の‘人’が、人間を意味する場合もあるのか。」
言葉や文化は違えど、異界人は地球人類とほとんど変わらない。
彼らが所属する勢力によっては人類と敵対する場合もあるが、大半は普通に交流が可能だという。
もしプレイヤーになる条件が異界人を殺すことだけに限定されるとしたら、それはまた別の話だ。
だが、覚醒のためだけに異界人を探して殺そうとする狂人は、そう多くはいないだろう。
「今の俺のステータス、どのくらいだろうな。」
ジェヒョクはあえてプレイヤーへの覚醒を遅らせていた。
数日前、屋敷を襲撃してきたトロールを自分で倒さなかった理由もそこにある。
覚醒を遅らせる理由は単純だ。
「肉体、精神、技術、すべてを磨き上げてから覚醒すれば、1レベルから高いステータスで始められる。」
普通の1レベルプレイヤーのステータス総合値が10だと仮定するなら、ジェヒョクは30以上のステータスを持って始めるつもりだった。
だが、これは言うほど簡単ではない。
レベルアップやクエストクリアで[ステータスポイント]を獲得し、無限に成長できるプレイヤーとは異なり、普通の人間の肉体には限界がある。
いくら運動をしても筋力や体力が無限に向上するわけではなく、伸び幅もごくわずかだ。
精神力にも限界がある。
プレイヤーになった人間は圧倒的な速度で強くなり、富や名声を手にしているのに、自分一人だけが孤独な修行を続けるというのか?
それこそ、山で修行している僧侶でも心が揺れるだろう。
だからこそ、多くの人はチャンスを逃さずプレイヤーに覚醒するのだ。
だが、ジェヒョクの状況は他と大きく異なる。
「普通と同じやり方では、生き延びることすら難しい。」
それどころか、大人になる前に殺される可能性すらあった。
雨が降ろうと、雪が降ろうと。
熱病に苦しみ、手足が裂けて血まみれになろうとも、彼が肉体と技術の鍛錬をやめなかった理由はただ一つ。
生き延びるためだった。
限界?
ジェヒョクにとって、それは日常の一部だった。
毎日限界と向き合い、そして突破してきた。
昨日の自分より今日の自分が剣を一回でも多く振る、それだけが彼を支えていた。
「いつか…必ず。」
改めて誓いを胸に刻むジェヒョクの視線が、空白のスキルスロットに止まった。
[ファーストスキル]が最初に開花したのはいつだっただろうか?
正確には覚えていない。ただ、一日に剣を振る回数が1万回を超えた頃だった。
父を非難する国民に対する深い裏切り感。
父に汚名を着せた政府や協会への復讐心。
家を没落させた兄姉たちへの殺意。
感情に身を委ね、毎日意識を失うまで剣を振ったジェヒョクは、他の誰よりも早くファーストスキルを開花させた。
過去8年間で開花したファーストスキルは、驚異の25個。
普通なら1つ開花させるのに10年かかると言われるファーストスキルを、彼はたった3ヶ月ごとに1つずつ増やしてきたのだ。
しかし、それでもジェヒョクは満足していなかった。
ファーストスキルはプレイヤーの基盤となる存在。
[ファーストスロット]に装着するスキルは1つだけ。しかも装着した瞬間に永遠に固定される。
[スキルブック]を使って付け外しできるセカンドスロットやサードスロットとは、重要性がまるで違う。
「でも、あと3年で理想のスキルが出なかったらどうする?」
ステータスに関しては自信があった。
「普通の3倍程度あれば十分」と考え、今の肉体と体力にはある程度の満足を覚えていた。
だが、スキルは別だ。スキルは完全に「運の領域」に属する。
「まただよ、体が楽になるとすぐこういうこと考えるんだから。」
全身に鉛の重りをくくりつけたジェヒョクは剣を手に取り、寮を出た。
近くの丘に向かいながら、街並みに並ぶ便利な施設を通り抜ける。
「ふぅ……。」
不安、恐怖、悲しみ、怒り——
胸に渦巻く感情を静め、夜の静寂に自らを同化させる。
スパァン――!
一振り一振り、剣を振るたびに完璧な動作を繰り返し、ジェヒョクは夜通し剣を振り続けた。
指一本動かす力が尽きるその瞬間まで。
「運が絡むって? なら、もっと努力してやるさ。」
最高のスキルが開花するその時まで、努力を止めない。
運が介入する隙すら与えず、望む結果を勝ち取るために。
[プレイヤー候補が肉体の限界を突破しました。]
[プレイヤー候補が精神の限界を突破しました。]
[プレイヤー候補の技術がさらに深化しました。]
[プレイヤー候補が2,951日連続で限界を突破しました。]
[ステータス加算ポイントを獲得します。]
[さらに49日間この状態を維持すると、新たな隠しスキルが有効化されます。]
しかし、未だプレイヤーではないジェヒョクは、このシステムメッセージを聞くことはできない。
彼の世界は静寂に包まれたままだ。
自分が報われているという事実すら知らず、それでも努力を止めない。
汗と血を流し続ける。眠るためには疲労で意識を落とすしかないからだ。
「200年間、誰も攻略できなかったゲートか……。」
夜明けの光が差し込む中、ジェヒョクはふと遠くの風景を見つめた。
現代文明と異世界文明が交錯する「サジャの城」。
美しい景色に一瞬心を奪われながらも、やがてその表情は覚悟に満ちたものへと変わった。
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