第2話
「剣士じゃないだって?」
「……?」
男は耳を疑った。
カン家に生まれ、ヤチャの剣術そっくりの居合を使う少年が何を言い出すのか。
死にかけている男は、恐怖よりも疑問に突き動かされていた。
それはある種の呪いだった。
飛んできた剣に額を貫かれ、冷たくなった遺体に成り果てた彼は、最後まで目を閉じることができなかった。
「チッ。」
ジェヒョクは湧き上がる感情をすぐに押し殺した。
彼にとって殺人とは、生き残りと目的のための手段にすぎなかった。
他人の命を奪う瞬間が訪れることは、ずっと前から理解し、覚悟を決めていた。
「救急車呼んでくるから、じっとしてて。」
「……。」
ジェヒョクはファン執事の状態を確認した。
傷はかなり回復していたが、まだ出血が続いているのが心配だった。
「そう、大人しくしていれば……ん?」
静かにしているのは良いが、さすがに静かすぎる気がする。
心臓がぎゅっと縮み上がる。ジェヒョクはファン執事の脈を確かめようとしたが、ためらった。
彼はすでに、あまりに多くを失ってきた。
失ったものを取り戻す覚悟はしていたが、新たな喪失を受け入れる準備はできていなかった。
「ちょっと、嘘だよね?ファン執事……?ファン執事……!」
目の前がぼやける。
頭がくらくらする。
二度と味わいたくなかった恐ろしい感情が心臓を締め付けた。
「う、うああ……。」
俺の力不足だ。
敵の襲撃にもっと早く気づけなかったせいで、ファン執事に苦痛を味わわせてしまった。
いや、ファン執事をこの家から早々に追い出しておくべきだったんだ。
俺の側に置いてはいけなかった。
すべて俺の責任だ……。
押し殺した嗚咽がジェヒョクの瞳をだんだんと暗く沈ませていく。
10年前、母はなぜあえて死地へ向かったのか。
父の犠牲を無意味なものにした権力者たちが、その時も何らかの影響力を行使していたのではないか。
そして今、俺を狙った者たちがファン執事の命まで奪おうとしているように……。
「結局、全部奪わないと気が済まないってわけかよ……?このクソ野郎どもが……!俺が黙ってやられると思ったのか?」
ギリッ!
奥歯が砕ける勢いで噛み締めながら、ジェヒョクはファン執事の手に握られた郵便物に目を向けた。
それは〈獅子の城〉からの招待状だった。
すでに4度も断っていた。
だが、今の俺に残された選択肢は……。
「公子……救急車はいつ来るんですか?このままじゃ年寄りが死んでしまいますよ……。」
「……!」
ジェヒョクは慌てて目元を拭き、顔を上げた。
そこには白く青ざめた顔で微笑むファン執事がいた。
「まったく、公子様は経済観念がなくて困りますよ……。家計が火の車だというのに、残り少ない高価なポーションを私に使うとは、どういうおつもりですか……?」
「いいんだよ、そんなの。俺がたんまり金を稼いで、執事が死ぬまでポーションを飲ませてやるから。」
これほど明るく笑う公子の姿を見たことがあっただろうか。
感激の涙でファン執事の目元が赤く染まった。
* * *
[<獅子の城>へ入場しました。]
ヤチャ、カン大国公爵。その功績は数えきれないほど多い。
その中でも特に代表的なものが、この「獅子の城」を守り抜いたことである。
獅子の城——。
市や郡を超え、道(県)単位の広大な面積を誇るフィールド型ゲートだ。
高原、丘陵、山地、砂漠、密林、湿地帯、大河、氷河、火山など、本来なら共存が難しい環境がゲート内に多様に分布している。
さらに、Bランク以下のモンスターが「特定のエリア」に「規則的に」リスポーンする。
つまり、状況に応じて好きなように活用できるということだ。
一言で言えば、プレイヤー育成用として最適なゲートである。
世界中の国々が無理をしてでも奪おうとしたほどの価値がある。
「ようやく会えたね。歓迎するよ。」
大韓民国はこの獅子の城にプレイヤー育成機関を設置した。
年齢や身分に関係なく、「資質」のある者はすべて生徒として受け入れられる。
才能を約束された公爵家の少年。
さらにヤチャの息子であるカン・ジェヒョクを欲しがるのは、獅子の城として当然のことだった。
「まあ……そっちがずっとしつこかっただけですけどね。」
父が祖国のために守り抜いた場所。
だが、その祖国は父を裏切った……。
複雑な気持ちを抱えながら周囲を見回したジェヒョクが、そっけなく答える。
獅子の城の理事長。
大韓民国に三人しかいない「国宝」、ソル・スアを前にしても、礼儀を欠いた態度を取る。
肝が据わっていると言うだけでは足りないような態度だ。
だが、ソル・スアはただ微笑むだけだった。
「私、結構しつこい性格なのよ。」
彼女はジェヒョクの斜に構えた態度を責めることはなかった。
年寄り臭くないだけでなく、彼が経験してきた苦しみを知っていたからだ。
数日前に起きた襲撃事件も考慮すれば……彼が抱える怒りと憎しみは、制御しきれないほどになっているのだろう。
「政府と協会は、いったい何を考えて僕をここに入学させようとしているんですか?僕は大逆罪人カン・デソンとカン・ヒョナの弟ですよ。もしかして偉い人たちは全員、頭に銃弾でも撃ち込まれたんですか?」
「君はあの子たちの弟である前に、カン大国公爵閣下の息子でしょう?政府と協会は君の才能に大きな期待を寄せているわ。そもそも韓国には連座制なんてないしね。」
「頭を機関銃で蜂の巣にされたんだな。あいつらがあんな目に遭ったのは父親の子供だったからでしょう?僕まで後々力をつけて国家に復讐したらどうするつもりなんです?」
「国家に反旗を翻すほど強大な力を持ったプレイヤーが現れるなら、両手を挙げて歓迎するわ。」
『できるものならやってみろってことか?』
挑発と受け取ったジェヒョクは口元を歪めた。
その時だった。
「ジェヒョク君。」
ソル・スアが穏やかな声で少年の名前を呼んだ。
微笑みは消え、むしろ真剣そのものだった。
仮面を外し、真心を見せる瞬間だ。
「学校生活は厳しいものになるだろうね。ヤチャとカン家を貶めるメディアを見て育った若い学生たちは、君に偏見を抱き、敵対することを躊躇しないだろう。そして、協会に所属する教員たちは、君を警戒し、疑い続けるはずだよ。」
「……。」
「心を強く持って耐えなさい。他の誰よりも努力して。誰にも君を餌と見なすことができないような実力を身につけるんだ。」
理事長室の空気が急に冷え込んだ。
ソル・スアがジェヒョクに気付かれないよう、そっとため息をついたせいだ。
「それでも、この場所が君にとって一番安全だってことは理解しているよね?」
「……はい。」
「私も可能な限り外部から君を守るつもりだ。でも、限界はある。普通の学生たちと同じように、校内で起こる因縁や陰謀は君自身で乗り越えるしかないの。理事長にもいろいろと事情があるんだよ。」
「頼もしいのか、頼りないのか……ちょっと微妙ですね。」
不機嫌そうに言いながらも、ジェヒョクはほんの少し警戒を解いた。
ソル・スアがここまで無理をしているのを感じ取ったのだ。
政府と協会がジェヒョクの才能に期待しているといっても、それは少数の意見にすぎないだろう。
彼のようなリスクを抱えた存在を嫌う者の方が圧倒的に多いはずだ。
『それなのに、わざわざ僕を入学させるために努力したってことは……。』
ソル・スアをじっと見つめたジェヒョクは、遠慮せずに直接尋ねた。
「理事長は……閣下は僕に何を望んでいるんですか?」
「君が望む人生を生きること。」
「……!」
ふと、ジェヒョクは目の前の女性の青い瞳の奥深さに気づいた。
国宝、白夜。
目の前の若い女性が、自分の父と同等の存在であることを実感する瞬間だった。
「はい、これを受け取って。」
にっこり微笑むソル・スアが、小さな玉を取り出して差し出した。
「これは?」
「魔力測定球よ。右手に握ってみて。」
「ふむ……。」
ジェヒョクが玉を手に取る。
しかし、ミルク色の玉は何の変化も見せなかった。
「……!」
国宝とは、国家を支える存在。その感情を表に出さず、常に冷静沈着でいるべき存在だ。
だが、この瞬間、ソル・スアの目は大きく見開かれ、彼女の体は一瞬震えた。
明らかな驚愕だった。
「閣下?」
首を傾げるジェヒョクに気づくと、ソル・スアは急いで表情を整えた。
「ええ、大丈夫よ。それより、他に何か聞きたいことはある?」
「ここはゲートですよね?クエストをクリアするたびに環境がリセットされるのに、こんなにたくさん建物を建てるのはやりすぎじゃないですか?これ、税金で作ったんですよね?」
「快適施設を除けば、ほとんどの教育施設は最初からここにあったのよ。この建物も新しく建てたんじゃなくて、修復しただけ。」
「なるほど、古風で独特な建築様式だと思ったら……もともとここは学校だったんですか?」
「そう考えるのが妥当ね。だからこそ、この場所ではクエストが発生しないの。おかげで安全性が保証されていて、プレイヤー養成施設が設置されたというわけ。」
「ゲートにクエストが発生しないなんてあり得るんですか?」
「『見つかっていない』という表現が正しいかもしれないわね。でも、すでに200年以上が経過していて、ブレイクの兆候もないから、事実上クエストはないとみなされているの。」
『初回クリア報酬が残っている可能性も……?』
ジェヒョクは真剣な顔つきで考え込んだ。
「ジェヒョク?疲れているみたいだから、そろそろ寮に戻って休みなさい。場所はわかっている?」
「ええ。」
ジェヒョクが去った後、ソル・スアは一枚の書類を取り出した。
公爵家の屋敷を襲撃した犯人の情報が記録された報告書だった。
『16歳の少年が剣鬼を打ち破ったというから、すでにスキルを開花させ、プレイヤーとして覚醒したものと思っていたけれど……。』
それは完全な勘違いだった。
ジェヒョクはただの一般人だった。
まだプレイヤーとして覚醒していない。
国宝としての感覚でそれを見抜き、魔力測定球もその事実を裏付けた。
『一般人が、純粋な剣術だけで剣鬼を圧倒したというの……?』
虎が虎を生むとはいえ、この状況はやりすぎではないだろうか?
思わず苦笑するソル・スアは、学生記録簿にジェヒョクを「覚醒者」として記載した。
もし彼が未覚醒であることが知られたら、その影響は計り知れない。
ヤチャの血筋を恐れる者たちが、ジェヒョクを排除しようとあらゆる手段を講じるだろう。
『覚醒者のクラスについていくのは厳しいかもしれないけれど……どうか耐え抜いてほしい。』
頬杖をつき、目を閉じて過去を思い出すソル・スア。
国宝、ヤチャ。
危機に瀕した韓国の守護神だった存在。
彼女にとっては唯一の希望だった。
自然と敬意を抱き、数え切れないほど助けられた。
「ようやく閣下に恩返しができますね。」
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