第4話 さあ戻ろう

 公園の出口に分かりやすく悪そうな高校生が二人こっちを見てる。目を合わさずに通り抜けようとしたら。

「ねえ、お金貸してくれない?」って分かりやす過ぎるのにも程がある。財布にいくら入ってるかも知らないし、そもそも鉄平のお金だ、勝手に使えない。

 二人の間を急いですり通り抜けようとしたら、鉄平の体なのを忘れてて肩幅を見間違い、アメフトのように二人にタックルして吹っ飛ばした。車止めに乗っかってた一人は見事にひっくり返って尻もちをついたが、かろうじて踏みとどまった方が殴りかかってきた。

きゃっ、殴られるっ! 親にも殴られた事ないのに! 

心が縮こまったら鉄平の体が反射的に動いた。軽く相手の拳をよけたと思ったら、その腕を掴んで一瞬できめていた。

「このやろう!」尻もちから立ち上がったやつが攻撃しようとした時、ほんの少し鉄平の腕に力が入った。と思ったら「いてててっ! 」と腕をきめられた方が悲鳴をあげた。

「おい! もう分かったから、やめろ、やめてくれ」

 鉄平が腕を離した。おかしな事しゃべっちゃいけないと思って、私は終始黙ってたから、相手は一層不気味だったみたいでそそくさと逃げて行った。

なんか、鉄平、すごい……     


リビングのソファーで〝話しかけるなよ〟のオーラを思い切り出してゲームをしながら夕食を待つ。

「夕食は必ず家族で食べる。その後はテストがあると言って部屋に入れ」鉄平の言葉通り夕食を待っていたら、背後から不意打ちを食らった。稽古から帰った小六のひまりが腕を回して首を絞めてきた。

「ムカつくう、負けたぁ~」有段者だから怒らすなと言ってたけど黙って絞められてる訳にもいかんだろ! と外そうとしたが外れない。ほんとに小六か? こいつ。

「ひまり、おやめなさい」優しいお母さんの声で救われた。こんな妹をあんなに落ち着いた声で調教してるなんて、すごい人だ。


 食事が済んで早々に部屋に引き上げる。朝はよく見てなかったけど、なんてきれいに片付いた部屋なんだ。床にはお菓子の袋もカップ麺も洋服も靴下もノートもコミックも、何にも落ちてない! 机の上には何も積み上がっていないし、ほこりもない! 引き出しは…… 噓だろっ!すっと開くじゃないか。なんだこの整理された引き出しの中は! 

やばい! 今鉄平は私の部屋にいる。やばい、やばすぎる!

突然の着信音にビクッとする。お互いスマホだけは自分のを持つ事にして、ラインを交換していた。

『箱あった 明日持って行く』用件だけの簡潔な文に『ありがとう』と返したら、すぐに既読がついてホッとした。この瞬間、不安な気持ちを共有できる相手がいる、という事が泣きたいほど嬉しかった。


 公園に着くと〝私〟はもう来ていた。ベンチに座って股を広げたまま箱根細工と格闘してる。「ムリムリ」と声をかけると、頭をこちらに突き出してきた。「なに?」「ちゃんとシャンプーしたぞ」

 なんか急に恥ずかしくなって「わかった、ありがとう」とぶっきらぼうに言った。「コンディショナー? 使った事ないから、後ろの説明書全部読んでさ」「うんうん、ありがとね。ほら箱かして」

 動揺してるのか、鉄平の指が太いのか一度目は開けるのに失敗した。

「大丈夫、落ち着いてやれ」鉄平は怒りもしないで待っててくれる。この人はあのクソ妹にも怒ったりしないんだろうな。私ももう少し弟に優しくしよう。


「開いた! 」 と思ったら中の羽がふわりと浮き上がって公園の隅に飛んでいく。慌てて追いかけたら木の陰でおっさんが背中向けて羽団扇を一生懸命修理してた。

「よっしゃなおった」とおっさんが言ったとたん〝私〟いや鉄平がおっさんの襟をつかんで釣り上げた。なんだか子猫みたい。

「元に戻してもらおうか」

「わかってるがな」言いながらおっさんが羽団扇を動かした。


 突然三人いや、二人とおっさんは雑木林の中にいた。かなり高台で眼下に高校の校舎が見える。

「ここって学校の裏山?」「そやで」

いつの間にか奥の方まで走っていってた〝私〟が戻ってきた。

「前に部活のランニングで来た事があるけど、向こうの石段の上の方に、きったねえ小さな社があったよな。」

「だからぁ きったねえのはお前たちの心映えが写っているのじゃ」

「ちょっと、二人ともそんな話いいから。早く元に戻してよ」

「そこの石段を手をつないで一緒に下まで転げ落ちよ。一番下にはお前たちのかばんと自転車も運んで来てある。わしのする事には一部の隙もないねん 

神やさかいにな……  こらこら、最後まで聞かんかい!」

「手をつないで飛べばいいんだな」と言って

〝私〟はわたしの手を掴んで石段に向かった。

変、自分の手に手を握られてドキドキしてる、わたし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る