第3話 おっさんに頼るしかない

何だか分からないが乗るべき電車には間に合ったようで桜高生が一杯乗ってる。

訳もなく恥ずかしくてすみっこで駅までがんばった。

駅を出て学校までの道を行く。ここまでくれば鉄平の習慣記憶がなくても大丈夫だ。

と、後ろから「おっはよお」の声と共に何かが突撃してきた。鉄平の柔道で鍛え上げた筋肉だから立ってたけど、私だったら吹っ飛んでる。


《何するねん!》と思って振り返ったら、目の前に卓也の顔があった。飛びついた勢いのまま背中におんぶしてる。嬉しい と思っていいのか?

「今日は朝練さぼったのか。こらこら」

 といいながら手を伸ばして胸をもみかけ……

「ぎゃぁあ」野太い声で言ってしまって、卓也を振り落とした。飛ばされてひっくり返った卓也は特に怒りもせず立ち上がりながら

「なにするんだよぉ。そういうのは二人だけの時にしろよな」

 と言った。〝二人だけの時〟って何? まさかのBL? うっそ~


 もう身も心も、いや心だけしかないけど、ボロボロになって教室にたどり着いた。鉄平の席には自然につけた。荷物を置いてすぐ自分のクラスへ行く。

私、私はどうなっている? 


 教室の入り口からそっと覗く。一番後ろの席にいたよ〝私〟。腕組みして大股開いて椅子に座ったまま目を閉じている。と思ったら突然目を開けたので反射的に身を隠し、そのまま走って教室に戻った。

 クラスの生徒には異変に気付かれたくないけど、無断欠席は鉄平に申し訳ない。とりあえず授業時間だけは教室にいて、終わるとすぐに校舎の裏に隠れ、授業が始まるギリギリに戻るのを繰り返していた。

 3時限終わりに身を隠していたら後ろから呼ばれた。

「おい」振り返ると〝私〟が仁王立ちしていた。

「これはどういう事だ」「……」4時限開始のチャイムが鳴った。

「放課後、大前公園に来い」 そう言い置いて〝私〟は去って行った。

 大前公園は駅の向こう側だ。駅を越えれば、あのあたりに桜高生はほぼいない。


 放課後公園に行くと、〝私〟はもう待っていた。花壇のブロックに腰を掛けて片足をブロックに乗せている。やめてくれ、スケバンかよ。

もうどうしようもない、腹を決めてかいつまんで事情を説明した。神様だと自称するちっちゃなおっさんに出会った事。そいつの羽団扇の羽を盗んだ事。多分そのせいでこの事態になった事。ちょっと端折ったところはあるけどそれは言えない。


「で、なんで俺が巻き込まれたんだ?」

う~んもっともな疑問だけど。「さあ?」と言うしかない。

「とにかく今すぐそのおっさんに羽を返せよ」

「それが羽はうちにあって、箱根細工の箱に入れてあるから、私でないと開けられないんよ。あした6時に箱をここに持ってきて」 

「わかった。でその箱はどこにある?」

…うっ、答えに詰まった。すると鉄平が察した。

「タンスだろ、下着の引き出しだ。姉貴もひまりもそういうところに手紙とか隠すんだよな」

図星だ。それでも私が黙って睨んでいると、

「見ねえよ、そんなもんうちじゃ珍しくもないからな。それでも嫌なら天井向いて探す、約束する。というか、今お前、そんな事言ってる場合じゃないだろう」


そして〝私〟は自転車にまたがった。

「まって…… あの…… 今晩髪洗ってくれるかな、天井向いて」

「気にすんな、うちの女ども風呂上りは裸でアイス食ってるから見慣れてる……  分かったよ、上向いて風呂入るから心配すんな」

 そう言ってこぎ出した自転車を急に止めて、

「そうだ、うちは姉も妹もそろって有段者だからな、怒らすなよ」

と言い残して去って行った。

 どうなるか分からないが、とりあえず希望は見えた。どっと疲れが出てベンチに座り込んでしまった。


「あんまり怒らへんええ奴やったなあ」おっさんが現れた。

「ちょっとお、何してくれるんよ!」

「お前の言う通りにしただけや」

「こんな事言ってないし、そもそも神様なら分かっててやったよねっ!」

 おっさんわざとらしく小首をかしげた。なんか可愛い? いやいや。

「ちょっと卓也の心を動かしてって言ったのよ。人の心を入れ替えるなんて難しい事してって言ってないよ」

「神の技の難易度はお前ごときに計れるものではない」

「どう見たって、こっちの方が大技じゃん」

「とぉにかく、わしは願いを叶えたんやからお前は羽を返せ」

「それは明日の朝…… ちょっと待って、羽返しておっさんが帰ったらうちらこのままじゃん」

「ほお、それは困ったなあ」 おっさん明らかに笑いをこらえてる。

「……鉄平、鉄平が可哀そうだと思わない? 私の体じゃ柔道の県大会にも出られないよ」

「それはお前の盗みと邪な願いが招いた事やないかい。悪い事した時はどうすんねん? お母ちゃんに習わんかったんか?」

「ああ、ああ悪かった、ごめんねっ」

「神様、ごめんなさい。やろが! ん?」

 おっさんあごを突き出した。今度は、可愛くない!

「神様、ごめんなさいっ」

「お許しください」

「お許しくださいっ」

「もう二度とこのような事は致しません」 くどっ!

「もう二度とこんな事しませんっ」

「ほな、明日な」

何の約束もせずにおっさんは消えた。でももう信じるしかない。取り敢えず鉄平のうちに帰ろう。

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