第2話 衝撃の朝

棒状のそれを取り出そうとバッグを傾けると、おっさんは「あ~っ」と言いながら

バッグから落ちて行った。

「これはうちわ? 羽? 」

「お前には関係ない、それはわしのんや、返してんか」

「ああ、昭和の映像クイズでミニスカートのお姉さんたちが振り回してたやつだ」

「ジュリアナちゃうわ、罰当たりめ。それはハウチワ という

神の持ち物なのじゃ。いいから返せ」

「ジュリアナ知ってんじゃん。結構のぞきに行ってたりして、あっ赤くなった、

あたりだ」

「うっさい! 返せ! 神通力使うぞ!」

「やだ。神さんのくせに卑怯者! 人間には人間のルールがあってね。拾得物を届けた人は一割もらえるの」

「拾たんちゃうやん。それに団扇の一割ゆうても…… 」

「この羽をピッと」

「あかん! そんな事したらあかん!」

「そしたら、私のお願いをひとつ叶えるっていうのはどう?」

「なんちゅうやっちゃ、まあ一応、ゆうてみぃな」

「私を関口卓也の彼女に…… いや、そこは自力でないとだめだ。とりあえず、

卓也の一番の仲良しにして」

 その時、神さんニッとイヤな笑い方した。

「分かった、明日朝、目覚めた時、お前の願いは叶うであろう」

 目の前にモザイクが迫って、それから風景がもとに戻った。時もさほど

進んでいない。けど、千春の手の中にはこっそり抜いた羽団扇の小さな羽が一本。「あ~っ それ盗ったらあかん~」 という声が遠のいていく。

「おっさん、明日になって もし嘘だと分かったらこれ燃やすからな」

 空を見上げて言っておく。


 帰宅した千春は物も言わずに自分の部屋に飛び込んだ。自転車こいでたら

すごいアイデアが浮かんだんだもの。

 まだ小さい頃に叔父からもらった箱根細工の小箱、寄せ木細工のその箱を開けるには7つの手順がいる。一つでも間違えたら開かない。幼い千春はそれにはまって一日中開けたり閉めたりを繰り返していた。

「あれだ! どこにある?」

 捜す 探す さがす、もともと片付いていない部屋の中は さらに悲惨さを

増していく。

「あった!」

さっそく開けてみる。毎日毎日飽きる事無く繰り返していた手順は体が覚えていた。「よし」 小さな羽をそっと中に入れる。おっさんには無意味かな? 

でも神様は盗みなんかしないよね。と、念のため声に出してつぶやいてから、

ちょっと考えて下着の引き出しに箱をしまった。

 

明日になったら卓也の方から「よっ!」って声かけてくれるのかしら、

ど~しよぉう わたし…   全然寝られないよう


「ねえ、もう起きないと遅刻するわよ! 珍しいわねえ、具合でも悪いの?」

 お母さんの声ってこんなにきれいだったっけ…… え~ まだ6時半じゃない。

朝ごはん抜きで自転車飛ばしたら まだ一時間寝られるよお。

ああ、でも目が覚めちゃったわ。  ん? ヘンな臭いしないか?

えっ!


 そこは見知らぬ部屋、見知らぬベッド。慌てて見回すときちんと

かけられた制服は…… 男子用か?… ドアをノックする音に飛び上がる。

「ねえ、具合悪いんなら学校に連絡するけど、大丈夫?」

 さっきの声だ、とりあえず中には入れられない。

「大丈夫だよ。もう起きたから」  野太い声が口から飛び出した。

 何か分からないけどスマホだ、スマホさえあれば、スマホはどこだ。

ああこれ私のじゃない。と思ったのに顔認証でロックがはずれた。


カメラを自撮りモードにすると、うすうす想像していた顔が写った。

「てっぺい… 」

《おっさん何してくれんねん。〝卓也の一番の仲良しにして〟ってそういう意味じゃないでしょ! というかあの時アイツ笑ったよな、確信犯かよ。 

悪かったよ 羽は返すから元に戻してよ。

箱…… 寄せ木細工の箱…… この部屋にはない!

それより、本物の鉄平はどこに行ったんだ。本物の私はどうしてる? 

いや私が本物だし? とにかくここにいてもどうしようもない。学校に行こう。

確認しなきゃならない事だらけだ》


立ち上がると、体が自然に動いて制服に着替え始めた。

《そうか、脳と体は鉄平で心だけ私だから、ルーチンワークは余計な事考えなければいけるかも》

 思ったとおりだった。鉄平ガンダムは千春の心を乗せたまま、登校の準備を始めた

《すっげえ、昨日のうちに鞄の中身揃えてるじゃん》

 朝食はその量にびっくりしたが、〝鉄平〟は易々と食べてしまった。

《いいなあ、量もカロリーも気にしないで好きなだけ食べられるって》

 食べているところをお母さんがじっと見てた。やりにくい。

「それだけ食べられれば大丈夫ね。いつもの時間に起きて来ないから心配しちゃったわ。三助きょうはお散歩行けなくて すねてるわよ」

 庭をみたら、でかい犬がこっちを睨んでた。こんな恐い犬と散歩なんか行けるかい!


「ごめん、なんか疲れてた」

「いいのよ、お姉ちゃんもひまりも学校に行っちゃったから、駅まで車で送ろうか?」

《おいおい、なんて優しいんだ。鉄平は姉妹に挟まれてんのか、女だらけの中で

甘やかされてるパターンには見えなかったけど。とにかくこれ以上お母さんと話してたらボロがでる》

「いいよ、もう出かけるわ」

 道に出て時間を見たら体が反射的に走り出した。

早い。今まで体感した事のないスピード感だ。

《鉄平、すげぇ》

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