第3話
ウォドセフたちは戦場となった高原を抜け、暖かな平野部を十日ばかり進んでいた。
道中話す内に、エレーネは千年以上も生きていることが分かった。エレーネはそのことを気にしているらしく、ウォドセフが「ばばあだな」というと、ショックを受けてしばらく話さなくなってしまうほどだった。
他にもエレーネがかなり豊満な胸の持ち主だということも明らかになった。暑くなったことでコートを脱ぎ棄て、レザーアーマーの紐を緩めて、胸元を大きく開け放っていたのだ。覗いた谷間の線がどこまでも深く真っすぐ伸び、歩くたびに激しくポヨポヨ揺れるのである。それは十代のウォドセフにはとても刺激的で、自分自身に「あれは、ばばあのおっぱい」と何度も言い聞かせてやらなければならなかった。
ウォドセフのもう一つ悩みの種は、着々と生まれ故郷の村に近づいて行っていることだった。エレーネは魔法の力でウォドセフの村の位置を割り出していて、最短距離でそこへ向かっていたのだった。
「そろそろ話してくれてもいいんじゃないの? モヤモヤしたまま村に戻りたくないだろ」
エレーネはウォドセフの心を察したのか、そう言った。
ウォドセフはこの旅の間、エレーネに何度も過去に何があったのか詰め寄られ、そのたびにあとで、と言っていたが、もうそうも言ってられなくなった。距離的に言えば、あと数時間で着いてしまうからである。
ウォドセフは今一度考え直し、千年も生きてるならほとんど木に話すようなもんかと思い、心が晴れることを期待して話すことに決めた。
「俺はハーフドワーフだから、人間しかいない俺の村では仲間外れにされてたんだ」
ウォドセフは感情的にならないように淡々と話し始めた。エレーネもいつものように茶化さず、真剣に耳を傾けている。
「それは母さんもそうで、どこも働かせてくれなかった。だから、毎晩、酒場に行って、男を見つけて、まあ分かるだろ。そうやって日銭を稼いでたんだ。んで、俺はというと、みんなからいじめられてた。ドワーフなら持ち前の筋力でどうにかなったろうけど、半分は人間だから、俺は小さいだけのただの人間だった。やり返せず、毎日されるがまま」
ウォドセフは自分の小さな手のひらを見つめ、続けた。
「今年に入ってからだった……」
こうして村で我慢をしながら時が経ち、ウォドセフも母も精神的に限界が近づいていた。二人の間に会話はほとんどなくなり、顔を合わせれば喧嘩ばかりになっていたという。
「俺はこの頃、母さんへの恨みを募らせてた。お前があんな父親と俺を生んだせいで、こんなことになってるんだって。実際それを言っちまった。そしたら向こうも、俺なんか生みたくなかったって。それを聞いて俺は頭に血が上って、もうどうでもよくなって、ちょうどこの戦争の兵士を募集してたから、応募して……。それ以来、母さんには会ってないんだ」
ウォドセフの黒い瞳には薄っすらと涙が浮かんでいる。
「後悔しているの?」
「そうかもね。でも、ただ、もう一度会いたい。ちゃんと謝って、やり直したいんだよ」
あんな村なんか出て、二人でどこかに行きたい。
それが今のウォドセフの願いだった。
「そっか……」
エレーネはウォドセフに優しく微笑みかけた。その笑みは別人かと思えるほどあまりにも可憐で、エメラルドの瞳の奥は聖母のような慈愛の心に満ちていた。
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