番外編2

「はーい! 今日の道徳は、いつもの先生がインフルエンザでお休みなので、

ボクが担当しま~す」


黒縁メガネに白衣を着たヘラヘラした教師が、ガラッと教室の扉を開け

教壇に立つ。


俺は鳥星がクラスに来た時点で、ぞっとした。

……こいつが道徳の授業?


鳥星律。

この学園では『最もクレイジーな教師』として有名だ。

こいつから授業……しかも『道徳』を習うって、平気なのか?


他のクラスメイトも同じことを思ったのか、一斉に壇上を見つめる。

この授業は高校1年から3年の合同授業。

普通、道徳で合同授業なんてあまり聞かないが、それはここが珍しい学校……

私立ファイブカード学園だからだ。


「お前が道徳……? ハッ! へそで茶がわくわっ!!」


千雨右京がさっそくいちゃもんをつける。

ロングヘア―に優雅に着こなしたセーラー服。

見た目だけは完全にお嬢様。

口を開けばヤンキーという最悪な組み合わせの女学生だ。


「確かに……貴様にまともな授業ができるのか、いささか問題ではあるな」


その意見に同調したのが、意外にもクラス委員長の南雲拓瑠だった。

南雲はよくても悪くても優等生。要するに堅物。

堅物ゆえに変人、というやつだ。


「もうみんな! ダメよぉ。鳥星先生はちゃんと授業のできる方よ。ね?」


……そう根拠もなく言いきったのが月城理穂。

彼女はすでに高校を卒業しているが、どういうわけだかこの学園にいる。

年齢的には女子大生だが、なぜここにいる?

まさかの留年?


「そうだよ! 道徳の授業なんて誰だってできるんだからっ!」


ちょっと待て、太陽。

その意見はめちゃくちゃ鳥星に失礼だぞ?

本人に罪悪感なんてないんだろうけど。


「まぁまぁ。先生のことはど~でもいい。

みんなが道徳についてなんとな~くと学んでくれたら

オールおっけー! だ」


うわ、開始早々適当すぎんだろ……。

俺の不安はすぐ的中しそうだ。


「じゃ、今日のお題ー! 『困った人を見つけたらどうしますか?』」


そう言いながら黒板にずらーっと課題を書き出す。


『道に迷った外国人』

『迷子』

『お年寄り』

『シルバーシート』

『リア充』


……ちょい待て。最後の『リア充』ってなんだ?


そんな俺を差し置いて、授業は進む。


「では~! 最初に……道に迷った外国人に道をたずねられたら……どうする!?

そうだな、じゃ、千雨から!」


「……別に普通に答えるよ。あたし、英語は得意だから」


えぇ!? マジかよ!! お前、そんな特技あったの!?

驚いた俺だが、どうやら鳥星はその答えがつまらなかったらしい。


「それじゃ、普通にアメリカで道に迷って、案内するのと一緒じゃん。

日本人ならではのその……葛藤みたいなさ! そういうのないの?」

「ねぇよ、何言ってんだ?」


千雨は覚めた視線で鳥星を見つめる。

……まぁそうだよな。

英語できるなら、普通に案内して終わりだよな。


「じゃあ、次っ! 迷子に会ったらどうする? ……月城さんっ!」

「そうねぇ……まずは安心させるために甘いジュースを買ってあげて、

迷子センターに連れて行くかしら?」


うん、だよな。っていうか、それしかないだろ。

ま、俺の顔見たらガキは泣くだろし、千雨に関しては泣いてるガキは苦手だろう。

南雲はガチガチに固くて子供受けはしない。

その手は理穂姉や太陽くらいしかできねえだろうけどな。


鳥星はさらにむくれる。

相当予想外の……というか、普通の解答が出てつまらないのだろう。


「だったら階段の前でお年寄りが荷物を持って困ってたら……?」


「はいはーい! 代わりに持ってあげて、階段を上りまーす!」

「ちっ!」


おい、今……鳥星のやつ、舌打ちしなかったか?

太陽の意見は正しいだろうが。

何の問題がある?

それ以外にどうすりゃいいっていうんだよ。

鳥星はさらに質問を続けた。


「じゃあっ! シルバーシートの近くにいたあなた! 空いた席を

お年寄りに譲る!? 譲らない!?」


もはや二択問題か。

そんなの考えなくても……。


「譲るに決まっとろう、鳥星。愚問すぎるぞ」


あーあ、南雲に『愚問』と言われてしまったな。

まぁ、目の前にお年寄りが来たら、なにげなくでも席は譲るだろうな。


鳥星はぐっと拳を握ると、思い切り教壇を叩いた。


「がーっ!! お前ら全員バカ!! 大バカっ!! 

なんでそんないい人演じちゃうの!?」


「いや、演じてなんかない」


南雲が反論すると、千雨もうなずく。


「あたしは別に親切とかそういうのじゃないし」


理穂姉も同じだ。


「そうよ、困っている人を助けるのは普通のことよ?」

「むしろせんせーはなんでオレたちに間違ったことを言わせようと

するんですか~!?」


太陽の無神経な……いや、天然ゆえに正しい質問に、

鳥星はムッとしながらも答えた。


「別に間違った答えを出させようとしてるわけじゃないよ?

たださぁー『面白くない』よね」


くっそ、またそれか!

『面白くない』か。

鳥星はいつも面白いか、面白くないかでしか判断しないからな。


「……こほん」


鳥星は咳払いをすると、最後の質問を俺にした。


「じゃ、虎太郎に質問。最高の答えを出してよ?」


ごくりと俺は唾を飲み込む。

俺に望む最高の答えとは……?


「リア充に遊園地の開園時間を聞かれました。あなたはどう答えますか?」


……うわぁ。

鳥星の欲しい答えがわかってしまった俺は、ドン引きした。

お前、どんだけ人の不幸を望むんだよ……。


「3、2、1! はい、答え~!!」

「……リア充たちをぶっ飛ばします」

「大正解ー!!」


鳥星は親指を立てて俺に突き出した。

大正解じゃねぇよ……。

それが正解って。


「ちなみに、あれね。模範解答。

道に迷った外国人は即無視します。日本に来たなら日本語理解しろってね。

迷子はむしろ泣かせます。親元離れたお前が悪い!

お年寄りについては、『お前遠征してんだから、元気だろ!』と

にらみかえします」


うっわ、最低……。


他の4人も俺と同じ意見のようだ。

完全に鳥星を軽蔑するような視線を送っている。


「先生は『道徳』というものを理解されてないようですね」

「あんたさぁ、普通のことを普通にできないって、なんなの!?」

「子どもを泣かせるなんて、ひどいわよぉ……」

「リツ、サイテー!」


うん、全員一致。


「おい、鳥星。お前には『本当の道徳』をしっかり身体に叩きこまねぇとなぁ?」


身体が一番デカい俺が、指をパキパキ折る。


……このあとリツは、みんなにめっちゃ人格形成し直されて、

少しまともになった、と思う。


っていうか、そうなってくれないと本当に困るし。

リツは完全にルール違反な存在。

それを忘れちゃいけねぇ。


リツになったばかりの『天馬』を教育するのも、俺たちの仕事なんだから――。

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ファイブカード 浅野エミイ @e31_asano

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