番外編1

ファイブカード 番外編【トリック・ハロウィン】


――10月31日。

ボクが『鳥星律』になって初めてのハロウィン。

この日がボクたち……というか、カードのみんなにとって

大事な日だなんて、まったく知らなかったんだ。

知らなかったけど――。


「り~っちゃん! 見てみて! これ、オレが作ったんだ!」


日向が持ってきたのは、ジャック・オー・ランタンだった。


「すごいじゃん、日向! なんかカッコイイ~!」

「でしょ!?」


日向が持ってきたのは、ノーマルな感じのランタンではなく、

ちょっと顔つきをダークに変化させたものだった。

例えるなら、合体ロボアニメに出てくる悪役といったところか。


「ひなちゃんは器用なのよね」

「つーか、ガキだからじゃね? この間もミニ四駆の改造してたし」


月華さんも五月雨も手に何か持っている。


「もしかして、ふたりも?」

「ええ、はいどうぞ。リツ」


月華さんが袋から取り出したのは、ずいぶんかわいらしい顔の

ランタンだ。

女の子らしいというか、女子力高い感じに表情を変化させている。

乙女ランタンとでも命名しよう。


「ほ~ら、五月雨も!」

「わ、私は最後でいい! それより東雲と桂も作ったんでしょ! 早く出せば!?」


五月雨がツンツンしながら、東雲と桂を促す。


「俺はこれ」


不愛想な桂が出したのは、普通のジャック・オー・ランタン。

だけどかなり上手にできている。

日向が独創的なのと対比的に、桂はベーシックだけども完璧だ。


「すっごいじゃ~ん! 桂も」

「いや……別に俺のは普通だっつの」


といいつつも、ボクが褒めるとちょっと照れたのがわかる。

顔がほのかに赤い。


「ふん、そうだな。桂は料理から掃除から一通りのことはできる。

工作もな。

しかし僕の方が素晴らしい」


そう言って東雲が袋から取り出したのは……。


「なにこれ?」


日向が顔を引きつらせる。


「こ、こえーよっ!」


五月雨もビビッている。


まぁ……確かにこれはちょっと驚くよな。

東雲は自分のランタンをボクらに説明しだした。


「僕の作ったのはアイルランドで昔作られたものを

モチーフにしたものだ。これこそが完璧なジャック・オー・ランタン。

ふっ、他のものはそれに似た別物だろう?」


鼻高々でいる東雲だが、全員がドン引きしている。

あまりにもリアルっていうか

……ぶっちゃけキモい。

それでもボクはきっと頑張って作っただろう東雲をフォローしようと思い、

彼を誉めた。


「よくできてるよ! まるで包帯を顔面に巻いて、その上から蝋をぶっかけて固めた

男の生首みたいで……すっごいリアル! ボクは気に入ったよ?

この顔は息を吸おうとする前に口が固まっちゃって、

こう、中途半端に……あはは! 苦しそうで最高!」


「……リツ、それは褒めたつもりなのかしら? フォローになってないと思うわ」

「さすが『絶対殺人を犯す運命』の元殺人鬼……褒め方がエグいな」

「ええ!?」


月華さんと桂からツッコミを入れられる。

なんでボクまで……。

東雲はショックを受けてひざをついてるし。

仕方ない、ここは話題を変えて……。


「さ、五月雨! キミのをまだ見てないよ。最後なんだから、見せて?」

「うっ……」

「ほ~らっ! 見せてよっ!」

「く、クソガキっ!!」


日向が五月雨から袋を奪う。

中からでてきたのはカボチャ……だけど、ジャック・オー・ランタンではなかった。


「すげぇな。木っ端微塵じゃねぇか」


桂がごくりと唾を飲み込む。

袋をひっくり返すと、次々とカボチャの欠片が出てくる。

あ、うん、おう。

五月雨は要するに……不器用ってことだな。


彼女は真っ赤になって泣きそうになっている。

ヤバい。彼女はプライドがめっちゃ高いんだよなぁ。

なんとかフォロー……できないな、さすがに。

形にもなってないもんなぁ。


「う、うん! 努力は伝わったよ、五月雨。さすがクイーン・オブ・不器用!」

「う~っ……うるせぇ! バーカ、バーカ!!」


はぁ。

先代の鳥星律はこんなメンバーを相手にしてたのか?

クソ面倒くさい……。

そう思って頭を抱えていたボクに、月華さんが言った。


「ねぇ、リツ。ハロウィンなんだから……忘れてることない?」

「え?」

「トリック・オア・トリート! なんて」


そう言って、手で猫耳を作る。

くっ、かわいい。

月華さんにだったらいたずらされても……って、

彼女はボクのカードの幻。

その幻にいいように扱われてはかなわない。


「みんなは何が目的なの?」


ボクの言葉に「待ってました!」とばかりに

日向が抱きついてきた。


「ねぇねぇ、りっちゃん! 駅前の『フラウ』ってケーキ屋、知ってる?」

「あったような……」

「オレたちの目的は……」



「……はぁ、幻ってボクの手下じゃなかったのかなぁ?」


ボクは日向……というか、みんなにおねだりされて、

『フラウ』というケーキ屋のハロウィン限定カボチャのタルトを

買ってくるように言われた。

タルトはカッティングされているものではなく、

ホールのものらしい。


「なんでボクがこんな目に……」

「お~っと、リツじゃねぇかよ。どうした? こんな昼間っから」


道端でばったり会ったのは、神田さんだった。

珍しいな、こんな時間に。

神田さんの店は夜からオープンなのに、昼間からふらふらと……。


ボクが不審に思っていると、神田さんは笑いながら肩を抱いてきた。


「今日はハロウィンだろ? フラウ限定のカボチャのタルト! 買いになぁ~」

「神田さんが、タルトですか?」


ボクが微妙な顔をすると、神田さんはムッとした。


「なんだよ、俺がケーキ買いに行ったら悪ぃか」

「いや……お酒を飲む人って、甘いものはあまり好きそうじゃないってイメージで」


そう言うと、神田さんは爆笑した。


「あはははっ! まぁ、普通はそうかもしれねぇけどな? 

でも、甘いもの食いながら酒飲むと、余計に酔いが回って気分がいいんだよ。

だから俺は、食事はここのケーキしか食ってねぇ」

「はぁっ!?」


め、めちゃくちゃだ! この人……。

ボクの横で陽気に笑っている神田さんも、やっぱり変わってるよなぁ。

そんなメンバーにボクも加わってしまってるんだけど。


ガランとしたシャッター街を抜けると、駅前だ。

そこは少しだけ栄えている。

と、言っても食事処がいくつかあるだけ。

その食事処を利用するのが、常盤西高校の生徒たちだ。

しかし、授業中は生徒がいないため、やっぱり人気はない。

その中にあるひっそりとあるケーキ屋『フラウ』。

駅前にあるのに存在感が薄いよな……。

ボクもみんなから聞くまで、

ここにケーキ屋があるなんて気づかなかったんだから。


「ここのケーキしか食べないって、そんなにおいしいんですか?」

「うまい。けど……なんといっても、ここの看板娘が巨乳でよぉ。

バインバインなんだよなぁ~」


それが動機か、このエロオヤジ。

巨乳の看板娘……悪くない……って、ボクまでそんなことを

考えてたらまずい。

このおっさんと同レベルになってしまう。

ボクはすました顔をして、フラウ店内に入る。


「レディ! いるかぁ?」

「あら、ろっきー! 来てくれると思ってたわぁ~」

「……え」


出てきたのは確かに巨乳……だが、

胸と同じくらい、いやそれ以上腹の出たおばちゃんだった。


「ちょっ! 神田さん!」

「んあ?」

「巨乳の看板娘って!」

「目の前にいるだろ? なぁ、レディ」

「やぁねぇ~、ろっきーったら。いつも上手なんだから!」


……神田さん、マジで?

マジでこの巨体の、50過ぎくらいのおばちゃんをレディって?

彼女が巨乳の看板『娘』?

い、いやいや! 娘って年じゃないだろう!


「ふふん、上から120、100、120のナイスバディ!

最高だろぉ?」

「いやん、ろっきー!」


ないないないない!!

ボクは勝手に青ざめる。

それってダイナマイトボディじゃなくて、メタボだろっ!

健康が危ういって意味でのダイナマイトボディだよ!

神田さん、すげぇ妖怪使いなんだな……。

ボクには真似できないよ。


「あら? 彼は……5代目のりっちゃんね? 初めまして。私は布野

すず子。『すずちゃん』って呼んでね」

「は、はぁ……」


ボクのことを『5代目』というのは、そっちの筋の人だ。

ってことは、このすずちゃんも?

すずちゃんをじっと見つめる。

……どう見ても、ケーキ屋の陽気なおばちゃんなんだけどな。

それでも神田さんは上機嫌だ。


「レディ、今日は特別なタルトがあるんだろう?」

「ろっきー、もちろんよ。あなたのために愛情をた~っぷり込めて作ってあるわぁ。

でも、大丈夫? あなた、お酒を飲みながらケーキを食べるでしょ?

糖尿病になるわよ?」

「そうなんだよなぁ~……。だけど、酒も甘いものもやめられない」

「運動はしてる? あなた、仕事柄あまりしないでしょ?」

「う~ん……やっぱ筋トレとかしねぇとまずいか?」

「太ってなくても内臓に負担がかかっちゃうわよ? 人間ドックは?」

「やっぱ行かないとやべぇかなぁ~?」


……ボクは口をつぐむしかなかった。

運動してるとか内臓に負担とか人間ドックとか……。

なんだ、この30過ぎの健康談義は。

なんでボク、こんなふたりと一緒にいるの?

どうすればよいかわからず、店内の商品に目をやっていたら

突然話を振られた。


「りっちゃんも! 気をつけなきゃダメよ? きちんと3食食べてるの?」

「え……た、たまに2食になったりはしますけど、まあ」

「だ~めよ~! あなたも30過ぎてるんだから!」


さ、さ、30過ぎてる……!?

ボクが!?

真っ青になったのを見た神田さんは、ボクを見て笑った。


「はは、リツ。お前まだ『天馬』の人生のままでいるな? 

天馬は高校2年だったかもしれねぇが、リツは33だぞ?」


頭の中にガーンと大きな音が響いた。

……ま、マジで?

33って、リツの見た目だってまだ20代でいけると思ってたし、

まだ若いもんだって、てっきり……。


「見た目がどんなに若くても、身体の中身は年相応だかんな?」


神田さんに耳打ちされたボクは、声を上げた。


「だからって、やめてぇぇ! 30過ぎの健康談義とか!

聞きたくないよっ!

ボクはまだ若いんだから~っ!」


頭を抱えるボクを、ふたりは生温かくニヤニヤしながら見つめる。

く、くそ……。最悪だっ!

17歳から一気に33歳になったって……よく考えたら青春時代が無になったって

ことじゃん!


「青春が……消えた」


ボクが泣きそうな顔でつぶやくと、神田さんが面白そうな顔でたずねた。


「そういやお前、恋愛とかしたことあんのか? 高校生だったらなぁ? レディ」

「そうねぇ、誰かのことを好きになってドキドキしたりとか……」

「ないからへこんでるんじゃないですかっ!! 

そもそも恋愛より人殺しが趣味だった人間ですよ!」


ボクが大声を上げると、ふたりはさらに笑った。

くそう……! 他人事だと思って!

キッと神田さんをにらむと、彼は余裕綽々と言った感じで、

すずちゃんの手を取った。


「なぁに、恋なんていくつになってもできるさ。ね、レディ」


チュッと手の甲にキスされたすずちゃんは、顔を真っ赤にして

喜ぶ。


「まぁ! ろっきーったら。わかってるんだ・か・ら!

ろっきーには、タルトのおまけにショートケーキもつけちゃう!」

「レディ、それはよくない。俺は君に会うだけで、スウィートな気持ちになってしまう。

それなのにショートケーキまでつけられたら……俺は甘さで溶けてしまうよ」

「いいのよ、ろっきー。そのかわり、今夜食べちゃダメよ? 健康のことを考えて、

食べるのは明日にしてね?」


やだ、こんな健康考えながらスイーツ食べるとか……。

マジで泣きたいんですけど……。


「でも、恋をしたことないって……ちょっと寂しいわねえ」


ちくしょう、おばさんにそんな心配をされるなんて、

マジで悲しくなってくる。


「リツは何歳くらいの女性と付き合いたいとか、希望はあるのか?」

「うーん……そうですね、やっぱり同年代の高校生くらいの女の子と……」

「こ、高校生っ!? ダメじゃない!!」

「へ!?」


すずちゃんが声を上げたので、ボクもびくっとする。

なんで高校生じゃダメなんだよ……。

年相応じゃ……あ。


「お前なぁ、33歳の男が女子高生って……犯罪だろうが」


神田さんに至極まっとうなことを言われた……。

熟女フェチな神田さんにっ!!


「で、でも! ボクはまだ『リツ』と同い年くらいの女性とは……その」

「女は年齢じゃないっていうのに……」


すずちゃんがため息をつく。


「りっちゃんにはタルト、売れないわねぇ。女性差別よ。

女はいくつになっても恋をしたいっていうのにね」

「売れないって……それは困りますよっ!」

「持って帰らねぇと、カードたちにどやされるんだろ?」


そうだ。

神田さん、ボクよりもみんなとの付き合い長いからなぁ……。

よくわかってる。

月華さんや桂、東雲は納得してくれても、日向と五月雨はブチ切れるだろうな。


「ふふ、嘘よ。りっちゃん、あなたにもちゃ~んと取っておいてあるわ。カボチャのタルト」

「取っておいてある?」


予約は……してないよな。

みんなに急かされてボクはここに来ただけだ。

不思議に思っていると、すずちゃんは説明してくれた。


「デ・コードのみんなはクリスマスよりハロウィンに盛り上がるから。

ほら、クリスマスは冬休みで、稼ぎ時じゃない?

だから、そのかわりにみんなハロウィンにパーティーをするのよ。

聞いてない?」


そうだったんだ。

だからみんな、ジャック・オー・ランタンとか作ってたのか。

やけに盛り上がってる気はしてたけど、

知らなかったな。


まぁ、言われてみると納得だ。

クリスマスになれば、レアカードを買いにくる子も増えるだろうし、

冬休みなんて一日中遊べるんだから。

となると、冬休みはずっと土日と同じ開店時間にしないといけないな。


そんなことを考えながらボクは、すずちゃんからカボチャのタルトを

購入する。

神田さんはタルトの他にもガトーショコラとモンブランもお買い上げだ。


「ありがとう。みんなによろしくね。りっちゃん」

「俺には? レディ」

「ふふっ、愛してるわ。ろっきー」


神田さんは別れを惜しむように投げキスする。

それを見たボクはなぜかわからないけど、無性に泣きたくなった。



「……ほら、買って来たよ。カボチャのタルト」

「わぁっ~! うっまそ~!!」


ケーキの箱からタルトを出すと、日向が目をキラキラとさせる。

これを6等分に切らないといけないな。

桂が気を利かせて、皿とフォーク、包丁を持ってきてくれた。

桂って、ガタイよくて強面なのにこういうところしっかりしてるんだよな。

ボクが桂の身体で『柊虎太郎』の人生を生きているときもそうだった。

掃除も苦じゃなかったから、部屋はきれいだったし

そこそこ料理もしてたんだよな。


「ありがと、桂」

「ん」


ボクが包丁を取ろうとすると、日向が騒ぎ出した。


「ね、きっちり同じ大きさに切ってよ!? ケンカになるんだから!」

「それなら、しのちゃんに切ってもらったらどうかしら? 得意でしょう?」


月華さんが話を振ると、東雲はドンと胸を叩いた。


「もちろんだ。分度器を使用して、完璧に切ってみせよう」


どこから持ち出したのか分度器を用いてちょっとずつタルトに

包丁で印をつけている。

そんな細かいことしなくてもいいんじゃないかなぁと、

ボクは見ていて思った。

真ん中にナイフを入れて、あとは半分を3等分すればいいだけ……。

それを見ていた五月雨が、我慢しきれずに東雲の包丁を奪った。


「あ~、もうめんどくせぇな! こんなの適当でいいだろっ!」

「あ」


五月雨は勝手にざっくりとタルトを6等分してしまった。

が、大きさはバラバラだ。


「これは困っちゃったわねぇ」


のんびりとした口調で、月華さんが頬に手をやりタルトを

眺める。


「オレ、一番おっきいの!」

「それはダメだ。フラウのカボチャタルトだぞ。みんな毎年これを楽しみにしている」

「そうね。私もこのタルトだけは譲れないのよね……」

「悪ぃけど、俺もデカいの食いてぇよ」


みんな口々に大きいタルトを狙う発言をする。


「わ、私だってそうだよ!」


五月雨も最後には手を挙げた。

店内がピリピリとした空気に包まれる。

まぁ、確かにおいしそうなタルトだけど……すごいな。

みんなの食い意地。

でも、このままじゃケンカになっちゃうよね。

……あ、そうだ。

ボクは面白いことを考えついた。


「ここはババ抜きで決めたらどうかな? ゲームで勝負ってことで」

「そうね。私もそれがいいと思うわ。平和的じゃない?」


月華さんも桂も、東雲もそれで賛成してくれた。

五月雨も自分が切ったこともあり、うなずく。

日向もそれで決めるしかないとむくれながらも了承した。


一旦タルトや皿などをレジに置くと、デスクにみんなつく。

カードを配るのはボクだ。


「リツはやんねーのか?」


桂に聞かれて、ボクは首を振った。


「いいよ、見てるだけで。みんな楽しみにしてたんでしょ?

それにたまにはボク抜きのゲームっていうのも

見たいと思ってね」


5人にカードを配って、ペアのカードを捨てると

さっそくゲーム開始。

月華さん、桂、東雲、五月雨、日向の順だ。


「ふふっ、誰がババを持ってるのかしら?」


みんなを探る月華さん。

ふわふわした雰囲気だが、やはりボクの手下だ。


「……日向ではないな。表情でわかる」


東雲も便乗して、誰の手元にババがあるか

顔色をうかがう。


うーん、桂はいつも通りだなぁ。

堂々としてるというか。

五月雨もまだ余裕の表情だ。


「よし、ペア~!」


日向がカードを捨てる。

みんなも順番通りにカードを引いて、

ペアになると捨てていく。


「……一体誰なんだ? ババを持ってるのは。

ここまで来て誰もわかんねぇとはな」


さすがに桂も難しい顔をし始めた。

そんな中、一番に上がったのは……。


「ふふっ、一番大きいタルトは私のものね!」

「マジで~!? 月華ちゃんかぁ……」


日向がデスクに顔を伏せる。


二番手は桂だった。


「久しぶりだな、フラウのカボチャタルト。

ハロウィン限定じゃなくて定番商品にしてくれねぇかな。

あのおばさん」

「おばさん、は禁句でしょ? 桂。すずちゃんに言っちゃうわよ?」

「ちっ」


桂と月華さんは姉弟カードだと聞いている。

このふたりは他のカードとは違って特殊な関係らしい。

だから桂は月華さんに頭が上がらないようだ。


「だけど本当においしいんだよなぁ~……早くオレも食べたいっ!」


日向がタルトをじーっと見つめる。

しかし、五月雨がそんな日向の頭をばしっ! と叩く。


「私たち3人の勝負がまだついてないだろーが!」

「そうだぞ、日向。まあ勝つのは僕だがな」


3人は途端に無口になる。

それだけ真剣ってことか。

滑稽だなぁ。

ボクは笑いそうになるのを堪える。


しかしこのタルト、そんなにおいしいものなのか。

どこにでも売ってそうなもんだけど。


「ふん、これで僕が3番手だ。1位でなかったことは悔しいが、

致し方ない。3位でもそこそこの大きさのタルトを選べるからな。

文句は言わない」

「くっ! ムカつくっ!! 絶対ガキには負けねぇんだから!」

「オレだって、口悪女に負けるか!」


ふふっ、白熱してるな。

これで最下位が決まるからか。

いつも元気な笑顔を見せている日向も眉間にしわを寄せているし、

五月雨も本気だ。目つきが怖い。

残り2枚ずつ。

さて、どっちが先に上がるかな?

順番としては五月雨が先だけど……。


「やった! 上がりっ!」

「え……? それじゃあオレが一番小さいタルト……」


がっくりする日向だが、自分のカードをもう一度見て、

声を上げる。


「ちょ、ちょっと待って!」


残った日向のカードは、クローバーの7とダイヤの7。

ペアになっていて、JOKERはない。


「オレも上がりだよ!? どういうこと!?」


ふふっ、十分楽しめたし、

ここでネタばらし……かな?


「みんな意外と気づかないもんだね。

ボクがゲームに参加しないってことは……

『最初からJOKERはいない』ってことだったのに」


ボクが手に隠していたJOKERのカードを見せると、

全員は口をぽかんと開けた。


「マジかよっ!」


頭を抱える五月雨。


「なっ……リツ、僕を騙していたなんて」


東雲も悔しそうに下唇を噛む。


「じゃあ、今のゲームはどうなるの?」

「そうねぇ、私たちは最初から騙されてたってことだから……」


日向の問いかけに、月華さんも首を傾げる。

それに答えを出したのが、桂だった。


「リツが優勝だろう。してやられたな、俺たちは」

「えぇ……」


小さいタルトに決定して、泣きそうな顔になる日向。

ボクは最後にもうひとつ、みんなをびっくりさせることを言った。


「優勝がボクってことは、一番大きなタルトをもらえるんだよね?

最下位だった日向! 交換してあげるよ」


「ほ、ホント!?」


「うっそ、マジかよ!」


五月雨の目が点になる。

みんなも驚いているようだ。


「一発大逆転があったほうが面白いと思ったんだよね」


ボクはもともとそのつもりだったんだ。

みんなはタルトに夢中みたいだけど、ボクは初めて食べるし、

おいしさの程度がわからない。

それにそこまで甘いものは好きじゃない。


「ありがと~! りっちゃん!! 超感謝するよ~!!」


日向に抱きつかれるが、それを桂が引き離す。


「お前はガキか。ったく」

「だって嬉しかったんだもん!」


こうしてそれぞれにタルトが配られると、

みんなで手を合わせ、「いただきます」と声を上げた。


「うん、やっぱりすずちゃんのタルトは最高ね」


タルトを口に入れて、ほうとため息をつく月華さん。


「程よい甘さとカボチャの濃厚さ……これはただのスイーツじゃない。芸術品だ」


東雲も満足しているらしく、タルトをよく味わっている。


「あ、紅茶がなくね!? タルトには茶だろ! ガキ、

淹れて来いっ!」

「……五月雨、お前は日向をこき使いすぎんだろ。俺が淹れてきてやるから」


五月雨も相変わらずだが、桂も人がいいよな。

そんな中、日向は……。


「う~ん……サイコー!」


大きいタルトを頬張って、満面の笑みを浮かべる。

ボクも食べてみるか。


……え。

な、何この味!

すっごいうまいっ!


「……日向と交換したのは失敗だったな」

「そう思うなら、来年もよろしくね? リツ」


月華さんがにっこりと微笑む。

カードのみんなもだ。

……まぁしょうがないな。

このタルトは、ボクの代でも恒例にしよう。


「さて、食べたら仕事だよ!」

「は~い!」


こうしてボクらはハロウィンを

楽しく過ごした――。

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