〇11章
寂れた商店街で、唯一子どもで混雑している店、『デ・コード』。
今日は日曜日だから、朝から開店だ。
「とりちゃーん、このカードちょーだい」
「はいはい」
壁に並んでいるプラスチックのケースから1枚取り出すと、レジに持ってくる。
この場所は主に子どもがゲームする場所だから、
買い物をする子は少ないので、そんなにレジを動かさなくて済む。
レジ打ち自体さほど難しいものでもないので、
1日で覚えた。
店の経営に関しては問題ない。
ただ、僕にとってなかなか慣れないのは『鳥星律』としての
生活だ。
今の僕は高校2年生『月城天馬』の姿じゃなくて、
『鳥星律』と同じ格好だ。
服装はもちろん、見た目も身長も、年齢も。
今まで他人の人生と入れ替わっていたが、
どうやらリツは最後の最後で僕と入れ替わったらしい。
僕……月城天馬は運命ごと消滅した。
リツは自分と他人の人生を入れ替えることはできるけど、
自分が他人と人生を入れ替えることはできない。
だから月城天馬という殺人鬼だけを消したんだ。
学校に行くこともなく、毎日店番。
それも正直つまらない。
リツは僕を捕まえて、ゲームをして楽しんでいた。
僕もアイツみたいに、面白いオモチャを見つけることが
できるのだろうか。
……そのオモチャが見つかるまでは、
つまらない毎日を過ごさないといけないのか。
18:00、店を閉めると今度は着替えとセッティングだ。
今日のお客は大手代理店の社員とか言ったかな。
仕事が終わるとすぐ来るらしい。
そいつにはどんな覚悟があるんだろうな。
どういう相手と入れ替わりたいというんだか。
どんな人間と入れ替わったって、持って生まれた運命は変わらない。
スマホに電話がかかってくる。
近くのコンビニに着いたらしい。
僕は自分の店の位置を教えると、シャッターを半分開いた。
「ようこそおいでくださいました。角森様」
「……本当に、本当に誰かと人生を入れ替えることができるのか?」
「はい。ただし、お客様の『覚悟』によりますが」
僕は笑顔という名の仮面をかぶる。
お客を店内に招き入れると、さっそくゲーム開始だ。
「同期の社員さんが妬ましいんですか。よくある話ですよね」
「な、なんでそのことを!?」
「わかりますよ。同期で一番に出世、最年少で資格保持、
人望も厚く愛する妻と息子と愛犬との暮らし……
それに比べてあなたはワンルームでカップラーメンをすする毎日。
しかも会社では『できない社員』のレッテルが貼られてる」
「その通りだ! だから……そいつと人生を入れ替えて、
幸せな暮らしを手に入れるんだ!」
幸せな暮らし……ね。
笑っちゃうよ。
リツも前に言ってたけど、
隣の芝生は青く見えるってやつなんだろうな。
その同期の男が今、幸せに見えたとしても、
もしかしたら離婚するかもしれないし、何か大きな失敗をして
会社をクビになることだってありうる。
反対に、僕の目の前にいる彼が何かの拍子で出世して、
人生を変えたい思っている人間以上の幸運をつかむことだって
あるのにね。
ま、そんなことは僕には関係ないか。
カードを5枚配り、ルールを説明する。
チェンジは5回までだ。
チェンジの回数が5回までというのは、
昔からのデ・コードのルールだから。
さあ、それじゃ、見せてもらおうか。
アンタの覚悟を。
僕は自分の手持ちのカードに目をやる。
真っ白のカードに、数字や絵柄が浮かんでくる。
これはひどいね。
「チェンジ、しますか?」
「は、はい!」
男は数枚ずつチェンジしていった。
このカードの選び方……覚悟どころか自分の意思も見えてないのかも。
「あの……チェンジはしないんですか?」
男の質問に、僕は首を振った。
「僕は結構ですよ」
5回、すべてチェンジすると、オープンだ。
「僕はハートの2のワンペアだ」
「……そんな……」
相手は最弱な僕のカードにすら勝てなかった。
がっくりと肩を落とす彼を見送ると、
パソコンに目をやる。
コンビニを出たあたりかな。
USBに刺さっている赤いボタン。
人生ってあっけない。
彼の人生は、最後の最後まで救われなかったんだな。
「じゃあね、お兄さん」
ひと仕事終えると、僕はテーブルに例の5枚のカードを並べた。
太陽に雲、月に雨、そしてヒイラギ。
呼び出す方法は簡単だ。
カードを二度、指先で軽くタップして本当の名前を呼ぶ。
「わあっ!」
「遅いぞ、リツ」
「待ってたよ~?」
「ちんたらしてんじゃねぇよ」
「お前が新しいマスターになるとはな」
出てきたのは、太陽に南雲、理穂ちゃんに千雨、
そして虎太郎だ。
こいつらの正体はカードの見せる幻。
僕のゲームを盛り上げてくれるアシスタントたちだ。
「だけどみんなにまた会えるとは思わなかったよ」
「オレはりっちゃんが天馬と入れ替わるんじゃないかって
最初からわかってたよ?」
「太陽、お前な……」
「だーかーら、オレの本名は日向だってば」
面倒くさいな。
太陽こと日向は、相変らず小柄で人懐っこい。
見た目も性格もほとんど変わりないんだよな……。
「僕も同じだ。君のような特殊な運命を持つ人間は少ない。
最後のゲーム相手にするなら、文句もない」
ツンとしながら言うのは、南雲拓瑠……じゃなくて東雲。
彼が言うには、リツはもうすでに
このゲームに飽きてきていたようだった。
僕はその後釜にされたってわけだ。
「僕が特殊な運命だったっていうのは、
やっぱり人を殺し続ける運命を背負う人が
ほとんどいないってこと?」
「そうだね。私たちが知る限りでは、初めてだったかも」
「他の国だったら結構いるんだろうけどな」
理穂ちゃんを演じていた月華さんと、
口の悪いお嬢・千雨こと五月雨の女子ふたりが
うんうんうなずく。
確かに今の日本だったら、殺人なんて簡単にできないし
殺したあとすぐに捕まってしまう。
一度刑務所に入ったら、再犯したところで簡単に見つかるだろう。
「天馬。これからお前は鳥星律として生きていくんだ。
お前だけが唯一のプレイヤーなんだから」
虎太郎……桂がうしろから僕の両肩に手を置く。
「そんな期待されても困る。っていうか、なんか慣れないな。
こたろ……桂と話すのは」
今まで僕は虎太郎と人生を入れ替わることが多かったから、
なんだか自分がもうひとりいる感覚がするんだ。
「リツはどうなったの?」
「また普通の人間に生まれ変わるだけだ」
桂はあっさりと言った。
「ま、変な運命を背負って生まれ変わらなければいいけど」
五月雨も、もうリツにはさほど興味がなさそうだった。
そうだよね。
今のリツは僕。
ボクが新しい『鳥星律』で、みんなの新しいマスターなんだから。
「そうだ! りっちゃん、まだコヨーテには行ってないよね?」
「そういえばそうだったな……顔見せがまだだったか」
「東雲、顔見せってなんだ?」
たずねると、東雲はボクが知らないということで
優越感を持ったらしく、ニヤリと笑う。
「行けばわかるだろう」
なんかムカつく……。
ボクがムッとしていると、桂が間に入ってくれた。
「あのな、東雲。新しいマスターともちゃんと仲良くしろよ」
「……わかっている」
「ほんっと、東雲のツンツンぶりは変わんねぇなぁ」
五月雨が呆れたようにつぶやき長い髪をかきあげると、
月華さんもくすっと小さく笑った。
ボクがみんなに連れてこられたのは、BAR『コヨーテ』。
デ・コードがある商店街の中にある雑居ビルの地下に
存在する。
こんな場所に何があるっていうんだ?
顔見せって一体……。
「ろっきー! 連れてきたよ~!」
「遅いぞ、日向! リツが代替わりして、もう3週間は経ってるだろうが。
初日に連れて来いよ、ったく……」
オールバックにあご髭の生えたバーテンダーは、
まじまじとボクを見る。
「……ふ~ん、悪くねぇ。
面白れぇ運命を生きてきたって顔してらぁ」
ボクらはカウンター席に着く。
顔見せって、この人に会うこと?
初対面でじろじろ見られて、なんだか居づらい。
「リツ、こいつは神田蕗貴かんだ・ろきサン。
ここのBARのマスターだ」
桂がボクを神田さんに紹介する。
「この人は一体?」
「神田さんはリツと同業者みたいなものなのよ」
月華さんが説明してくれるが、ボクと同じって……。
よくわからないで首をひねっていると、
五月雨が補足した。
「このお店、ただのバーじゃないんだよ。
カウンターの裏に秘密の扉があってさ」
神田さんが酒の瓶やグラスが置いてある棚を
押す。
すると奥にも部屋があるのがわかる。
少しホコリっぽいけどよく見ると……。
「カジノ?」
「そう。ここは賭博場もやってる。
金持ちがたまにパーティーを開くんだよ」
ああ、そう言えば
リツはたまにパーティーの二次会でカジノでディーラーを
やってるって前に聞いたな。
ブラックジャックを担当していたけど、めちゃくちゃ弱くて客のカモに
されてるって。
その会場がここってわけか……。
勝った人間には、ボクがリツに押し付けられたように
カードを渡してたんだよな。
渡された人間はどうしたんだろう。
ボクが会ったカードを持った人間は千雨だけだったけど、
やっぱりボクみたいに気になって
デ・コードに足を運んだのかもしれないな。
神田さんは1杯のカクテルをボクに出した。
「ほらよ、5代目。セブンス・ヘブンだ」
「5代目?」
「ああ、お前は5人目の『鳥星律』だからな」
みんなもそれぞれカクテルを口にしている。
ちょっと待て。
ボクは高校2年だし、お酒は……。
躊躇していると、桂が笑った。
「お前、もしかして年齢気にして飲めねぇとか?」
「うっ……」
「問題ない。リツは33歳という設定だ」
東雲の言葉に、ボクはつい大声を上げた。
「え!? 33!? ちょ、ちょっと待ってよ。この見た目……
ボク、20ちょっと過ぎくらいだと思ってたのに」
「見た目がフケないっていいよなぁ」
五月雨がボソッとつぶやくと、月華さんが微笑む。
「いいじゃない、五月雨ちゃん。私たちだって幻だから年を取らないし」
「オレはヤだなぁ~……。いつまで経っても童顔のままだもん」
まぁ日向はな。
年齢はとっくに20を超えているのに、
高校1年生っていう設定だし、子犬みたいな感じだから
男としてはコンプレックスだろう。
ボクは出されたカクテルをぐいっと飲む。
「うおっ……強っ」
酒に慣れていないボクは、ゲホゲホと咳こむ。
その様子を幻たちは微笑ましく見守る。
神田さんはやれやれといった表情だ。
「ろっきー! オレ、おかわり!」
「私も。こんなのジュースじゃねーか。もっと強い酒を出せよ」
「相変わらず日向と五月雨はよく飲むな~」
残りの3人もそこそこのペースでカクテルを
頼む。
それに比べてボクは1杯でダウンだ。
「顔見せってこれでいいの? ボク、もうフラフラする……」
「まぁ、今日のところは勘弁してやらぁ。これからよろしくな? 5代目」
他の幻たちはもう少し飲んでから帰るという。
ボクは軽く手を挙げて『コヨーテ』の扉を開けた。
フラフラと夜風に当たりながら、デ・コードへと帰る。
もう11月も終わりに近づき、肌寒い。
空を見上げると、真っ黒な雲に覆われている。
そのうち頬に冷たい感触がした。
「げ、雨じゃん」
コヨーテからデ・コードまで、さほど距離はないので
走って帰ればあまり濡れはしないが、
ちょうど傘がなくなったところだった。
うちの店は雨の日、子どもが帰れなくなるとまずいので
傘の貸し出しをしている。
ビニール傘だから借りパクするやつが出ないように、
貸出ノートも書いてもらっているんだが、ちょうど自分が使う傘が
なくなってしまったところだったんだ。
コンビニで傘といつも買うかき氷の棒アイスを手に入れると、
フラフラと帰り道を行く。
さすがにこのアイスを食べるには寒くなったかな。
大福のやつにすればよかったかと後悔したが、
中から出てきた棒を見て、ボクは目を丸くした。
「……当たりだ」
ちょっとだけご機嫌になったボクがお店に着くと、
近くに人影があった。
ん? 誰だ?
うちの店に用事……ってことはないだろう。
もう深夜2:00だし。
でもよく見ると、その人影は中学生くらいの女の子だ。
ボクが買い物をしている間にでも来たのかな。
雨に濡れているようだ。
それに……泣いてる?
「キミ、どうしたの?」
「あっ……」
その女の子が顔を上げた瞬間、僕の頭の中に映像が流れた。
どこかの会場で行われているアイドルのオーディション。
自己アピールをするように言われた彼女は、
ガタガタ震えながら何かしゃべろうとしたが
何も声に出すことができなかった。
当然、オーディションは落選。
期待していた両親たちや、オーディションを受けると自慢していた
クラスメイトやダンススクールのみんなに合わせる顔がなく、
ここに逃げてきた……そういうことか。
ボクは察知した。彼女の運命を。
へぇ、『一生夢が叶わない運命』か。
かわいそうな運命だな。
……本当にかわいそうで……面白い。
ボクはくすっと小さく笑った。
やっと見つけた、ボクのオモチャ。
「キミ、そんなところで座ってたら、風邪ひいちゃうよ?」
「………」
ずっと黙ったままの女の子に、僕は言った。
「そりゃあ悲しいよねぇ。
どんなに頑張ってもオーディションに落ちちゃったらさ。
しかも『絶対合格するから』なんてみんなに言っちゃったんでしょ?
家にも帰れないし、学校にもダンススクールにも行けない」
「な、なんでそれを!?」
女の子はびっくりしたようにボクを見つめる。
ふふっ、いいリアクション。
「もし……他人の人生と入れ替わることができるなら、
キミはどうする?」
「そんなことできるわけがないでしょ」
ふうん、やさぐれてるなぁ。
やさぐれてる方が、ボクにとっては都合いいけど。
「信じる信じないは任せるけど、キミ、面白いね。
よかったら、雨が止むまで店にいる?」
ボクは笑顔で彼女を誘う。
笑顔という名の仮面。これに彼女はだまされてくれるだろうか?
躊躇してから、彼女は小さくうなずいた。
「だったら、ボクとポーカーでもして過ごそうよ」
「ポーカー?」
「うん、時間を潰すにはカードゲームが一番だよ」
ボクは彼女をイスに座らせると、温かいハーブティーを置き、
カードを取り出した。
リツから受け取ったカードを、慣れた手つきで切ると
5枚、彼女に配る。
「ここの店のルールは、チップなしでチェンジは5回まで。
それでもいいかな?」
こくんとうなずく少女。
彼女がこれからボクのオモチャになるのか。
どんな風に楽しませてくれるんだろう?
今からワクワクしてくる。
ボクがこのゲームのプレイヤー。
ボクも手持ちのカードを見る。
へぇ? キミの覚悟……なかなかだね。
これから面白くなりそうだ。
さあ――。
「ゲームを始めようか」
【了】
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