第11話 神と僧の一戦
「試合――開始」
斯波の掛け声に合わせて、神と僧による
結友香が右腕を振り下ろし、【天照大御神】の
狙うは、一撃打倒の光線攻撃。一点に束ねられた光たちが結友香の号令によって、直線上を焼き払うレーザー光線として掛け放たれる。
「……っ!」
だが、結友香の先手よりも占羅の【画巻】が僅かに速かった。
【
両手の親指の付け根と小指同士を合わせ、他の指は開く《印》だ。
僧はこの【蓮華】によって精神と身を清め、外からの脅威を打ち払う。占羅はこのオーラを纏い放つことで、防衛に当たるつもりだ。
しかし相手は【天照大御神】、その清廉たる光。
邪悪を払う印結び程度では、かの大御神の一撃を打ち消すには遠く及ばず、しかし一拍ほどの時間稼ぎは占羅の確かな勝機に繋がる。
続けてみせた印相は、【
二重に掛けられた防衛印をもって、光線へと臨む占羅。
普通なら、光に呑まれた占羅が既に《敗れた》ものだと期するはず。
占羅が付け入る隙は、結友香が懐くであろうその油断だ。
「これで……っ!」
正面突破という奇策を
【
小指、薬指、中指同士を密接に合わせて、その他は開く。手で水を汲むような印相は、行者の身に如来の力を取り込み、身業を清める僧の神髄。【徳】を高めるというバフ効果を得た占羅は、続けて右手のみ人差し指と中指を合わせ、その他三本は握りを作る【
「なっ!!?」
結友香の光は消し飛ばされ、斬撃は
いや、直撃したのは、【結友香の幻影】に過ぎなかった。
「……っ!」
トンッと、軽やかに床を蹴る音が鳴った。
だけど、その音はどこから――左右、正面、背後……いや、占羅の《頭上》からだ。
「
天井を蹴り上げて降下する結友香と、咄嗟に印相を結び迎撃に出る占羅。
僧の左手首と頭上にある数珠が共鳴し、乾涸びた老樹の如き細腕が虚空から出でる。
最高位の僧、【鉄門海上人】の《即身仏》、守護者たる両腕だ。
七五三掛家の《秘伝》を現出させた占羅だが、加速を得た結友香を捉え切るには僅かに遅い。間一髪、【鉄門海上人】の仏の手から免れた結友香は、流星じみた軌道を描いて、その手刀を占羅の雁首へと叩き込もうとした、その刹那――。
「はぁい、終了ー。二人とも、有意義なパフォーマンスをご苦労さま」
斯波が右腕で結友香の手刀を受け、左腕に仕込んだ【禁絵巻】で占羅の《絢巻》を解除する。二人の合間に割り込む直前に、フラッシュペーパーを利用した【偽・炎転身】をも披露した。
生徒たちの目には、神と僧の戦いを止める火の神【カグツチ】も同然に映っただろう。神話を超えた伝説の演出には、クラス中が連綿たる歓声で溢れ返った。
「とまあ、【画巻】ってのは、こんな感じだ。七五三掛が印を結んで、伝承を呼び起こし、天上は右腕を振り下ろして光の操作を獲得する。伝説をその身に下ろすのが【絢巻】だとすると、伝説を使いこなすのが【画巻】。グローバルな呼び方じゃあ、どっちも《
斯波は二人の肩を叩いて労い、二人は互いの健闘をたたえて握手を交わす。
「占羅……最後、わたしを捕まえようとしてたでしょ。斯波にぃが止めなかったら、どうなってたか分からなかったね」
「たはは……やっぱり強いよ、結友香ちゃん。【天照大御神】の、10%も引き出していないのに、あれだけ戦えるなんて……」
「そういう占羅だって、本気を出したのは最後の一瞬でしょ? まあ、でも……どっちも強かったでいいんじゃないかな。神さまと仏さまに、格の差なんてないんだし」
「うん……その通りだよね、結友香ちゃん」
斯波の狙い通り、結友香と占羅に注目を寄せることで、自分への関心を逸らしつつ時間稼ぎも成し遂せている。怠慢教師ならではの高度なテクニックだ。
さてはて、この熱気が落ち着くまでは、しばらくは高みの見物といこう。
「火結神無せんせーっ!」
「次は、先生と天上さんの練習試合が見たいです!」
「おおおっ、【カグツチ】と【天照大御神】の対決かぁ!」
「新たな神話が、今日ここに誕生するぞ!」
「……えっ」
なんて
「し、斯波にぃ……大丈夫、なの?」
なんて結友香から白い目を向けられるのも当然で、《絵巻魔法が使えない》斯波が本気のガチバトルをしようものなら、身から錆びどころか泥が溢れ出てしまう。
齢20、趣味はギャンブル、大学は中退、行使可能な絵巻魔法は0。
果たして斯波神無というエセ講師が無様に逃げ出すのは、まあ、必然の成り行きだった。
『せっ、先生! どちらに行かれるのですか!?』
そそくさと講義室を後にする斯波に、生徒たちからは戸惑いの声が上がる。
しかし、斯波は優雅に踵を滑らせて半回転し、取り澄ました面持ちでこう言うのだった。
「【画巻】を使いこなすには、その伝承について深く学び、彼らの言動や思考までもを、密に《同調》する必要がある」
「でっ、でしたら、是非とも先生に、その奥義をご伝授して頂きたく!」
「我は混沌と炎を司る化身――【カグツチ】。我が影には畏怖と戦慄が深く刻まれ、伝説の灰は我が行く先に残る。その脚跡には、闇の歴史が漂いし永遠の灰が待つだろう……」
そんな中二病っぽい戯れ言を捨て吐いて、斯波は教室を去っていった。
「結友香ちゃん……いまのは、なに?」
「分かんないけど……たぶん、斯波にぃの頭がおかしいんだと思う」
「やれやれ……彼の尻拭いは、副担任である私がつとめましょうか……」
幸いにも生徒たちは、斯波の嘘八百にまんまと騙され、「先生はいまから、世界の影と戦いに行くんだ!」だとか、「講義なんかじゃねえ……本物の《伝説》の誕生だ!」など、見事に勘違いしてくれている。
要すると、おしっこが漏れそうだしこのままじゃマズイので、お手洗いに行かせてもらいますといった意味なのだが、斯波には彼らのことなど考慮の範疇にない。副担任のマッテオもいる以上、さしたる問題にはならないだろう。
なにより斯波には、とある《要件》があったのだ。
「来たか」
右耳に仕込まれた通信機を介して、ピーッ、ピーッ、と二度のビープ音が鳴った。
《こちら266。不虔者、汝が目の前に止まるべからず》
続けざまに通信機から、女の合成音声が鳴り渡った。
「16.31。汝は偽りをつくる者を滅し、凡そ不法を行う者を憎むべし」
100を超える暗号のひとつ、それが双方の通信を成立させる《鍵》である。
斯波は即座に受け答えを済ませて、誰もいない空き教室へと入っていった。
落ちこぼれ賭博教師と未完の禁絵巻 ぶらっくそーど@プロ作家 @contrast345
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