第8話 見せかけの叱責
「火結神無君――君は教師という立場にありながら、教え子に《暴力》を振るったそうだ。全く、あり得べからざる話だ。私としては、早々に
結友香と別れた後、斯波は学園長から直々の呼び出しを食らっていた。
《新米教師と生徒の決闘》という風聞が生徒たちの間でまことしやかに囁かれており、その情報は直ぐに他の教師へと伝わっていった。かくして、斯波が学園長から大目玉を食らうことは、必然の
「いや、あのー……アレは、鳥獣遊から吹っ掛けてきた問題でしてー……」
「どっちが先かなど、聞いておらん。よりにもよって、急遽、《天妙学園》に配属された君が、これほど早くに問題を起こしてくれるとは……典型的な、失敗作だな」
ピシャリと斯波の言葉を断った彼は、この学園の支配者である、
長い袖と身丈のある黄土色の装束を身に纏い、その素材は光沢のある絹。腰から下には袴を履いていて、膝から下は足袋に下駄という鎌倉スタイルを一貫している。
北条家は、鎌倉時代に名を馳せた武将であり、鎌倉幕府の執権も担っていた。
その末裔である学園長の
絵巻都市幻都に閃く至高の
「
北条の落ち窪んだ
いま彼が検分している『経歴書』には、《火結神無》の全てが記載されている。
無論、それもまた《偽》の一つだ。幻都の極秘部隊【墨絵】は、たとえ相手が天妙学園の学園長であれども、素性をつまびらかにすることはない。
逆に言えば、学園のトップに君臨する北条誠寿であったとしても、斯波の《真》を掴むことはできないように、出生から経歴まで周到に
随分と珍しい時期での《人事異動》とはいえ、斯波が天妙学園に配属されてもおかしくはない『経歴』が、仔細に見て取れる。
「確かに、君の血筋は悪くない。絵巻も家柄も一級品だ。――それでも、この天妙学園においてはエリートではなく、
嗄れた声音でそう断言する北条は、何も脅しつけているわけではない。
実際のところ、斯波が天妙学園で講師をつとめるにあたって、他の教師と比較しても特筆すべき点はなく、むしろ卑近な存在であるとも言える。もっとも、この《エリート中の凡夫》という設定もまた、【墨絵】の狙い通りでもあるのだが。
「で、クビにするんすか? それなら、この足でパチ……銀色の玉が多彩な旋律を奏でる遊戯に勤しみたいとこなんすけど」
「……」
北条はその内懐を透かし見るように、ダメ教師へと底光りする一瞥を差し向けた。
火結神無。
経歴書によるところ、彼はまだ25歳に過ぎない若造だが、依然として委縮することなく呆けた面で佇立している。それは単にバカだからという理由ではなく、脅威を向けられてもなお受け流せる胆力と実力を持ち合わせているからだ。
若くてバカだが、斯波の
少なくとも北条は、《火結神無》という男の人間模様を、そのように
「入れ」
「失礼します」
北条の呼びかけに呼応して、学園長室に新たな男が顔を見せる。
「マッテオ・エスポジート。彼を、君の《副担任》としてあてさせてもらう」
金髪碧眼の好青年、マッテオは日本の絵巻師ではなく、西洋のスクローラーだ。
スクロールは日本だけでなく、世界中に存在している。《西洋式スクロールマジック》を生徒たちに手ほどきするため、幻都には西洋からのアドバイザーを招いている。彼もその内の一人なのだろう。
が、美少女ではなくこんなすかしたイケメンがあてがわれては、斯波の心模様も曇るというもの。
「俺、野郎じゃなくて女の子がいいんすけど。こう、おしとやかでいい感じの」
北条はそんな若手教員の妄言も、からっきし無視して、
「以降は、副担任と共に教鞭を執れ。教育者らしく
「じゃあ、昼休みにでも
「……行け」
「えっ!? 打ちにいっていいんすか!?」
「午後の授業には出られるだろう。
斯波の軽口も、北条は真っ当に突き返して一蹴した。
相も変わらずその語調には棘を含ませているが、決して火結を見限ったわけではない。
むしろ、新米教師に預けた信頼の裏返しだ。
「
軽く一礼してから去っていく斯波の背中を、学園長は密やかな微笑を零して見送った。
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