第7話 笑顔の確認

「まあ、絶対に成功するって保障はなかったけどな。勝つか負けるかの、50%。今回は運よく、勝ちの目を引き当てたらしいが……この分の勝ちは、きっとどこかで収束するんだろうな……クソぅ……人生は、いつだって50%だ……」


 はあっと肩を落としている斯波を、怪訝に睨んでいる結友香。

 自分の知っている斯波は、そんなタチの悪い賭博師ギャンブラーじみた妄言は口にしないし、むしろ『何とかなる』、『どうにかする』など、前向きで根性気質なところがあった。


 しかしいまの斯波には、どこか諦め切った気色がある。少なくとも、《50%》なんて、人生そのものが二択の運ゲーみたいな迷い事は、これまで聞いた試しがない。


「お、おいっ、結友香……?」

 幼馴染は、すんすんっ、すんすんっと、斯波の身体をくまなく嗅ぎ取り始めた。

「斯波にぃ……知らない女の匂いがする……」

「しっ、しねーよっ! どこにも、香水の臭いなんて」

「物理的な香りのことじゃないもん。言葉、心、立ち振る舞い……わたしの知らない女が、斯波にぃの深いところにいる気がする……」


 ギクリと斯波が顔を引き攣らせたのは、果たして図星の証である。

 これが女の勘――いや、幼馴染の勘というものか。


 実際、結友香の見立ては的中しており、斯波はアリアンナと共にいたことで、今のダメ賭博師へと進化(?)を遂げた。

 だがこれは、斯波に必要な荒療治でもあった。

 善良な少年Aバイプレーヤーに過ぎなかった斯波神無にとって、世界の闇は深すぎたのだから。


「そっ、それはともかくとして、斯波にぃって呼ぶのは、マジでやめろ」

「ふーん……やっぱり、斯波にぃはやましいことがあるんだ」

「やましいどころか、俺の心は紳士ジェントルそのもの。ほら、俺の周りが煌めいて見えるのが、分かるか? この輝きこそ、俺という人間のふつくしさだ……」

「……」

「分かった。キモイって言いたいのは分かったから、ピキるのはやめろ。あと、足を蹴るな。俺の腕に噛みつくのもよせ。ええい、機嫌が悪い時のプレーリードッグか、お前は!?」


 斯波が引き離そうとするも、結友香はぐぎぎと踏ん張って動かない。

 ならばと腕を噛まれた意趣返しで、斯波は結友香のお腹を両手でつまむ。


「うっ……うにゃあっ!!?」

 すると驚いた猫みたいな声を出して、結友香はすかさず後退。ピキ顔を見せつつも、「うぅ~っ」と唸って自分のお腹を隠すように手を当てている。

「ふっ……太ってないから!」

「……あ?」

「言っておくけど、体脂肪率は二年前から変わってないし、体重もあんまり変わってないもん! ふっ、不意打ちで検査したって、お腹もこの通り、すっきりして――」

「たしかに、結友香はどこも・・・変わってないな。うん、うん、二年前と全く同じだ」


 斯波は結友香の足首から視線を上げていき、それは慎ましい胸でピタリと止まった。

 全くない・・わけではないが、まあ、なんとも慎ましい。

 そんな斯波の思考を汲み取ったのか、結友香はなおピキピキして「ふん」と両腕で胸を寄せる。慎ましかった丘陵はグレードアップして、並み盛り程度の山嶺にはなった。


「バカな……戦闘力が跳ね上がっただと!? いや、しかし、これは……パッドか?」

 結友香は耳まで真っ赤にしながら、どこからともなく飲料パックの《グングン豆乳》を取り出した。

「わっ、わたしだって、努力してるもん!」

 と言いつつ、寄せから解放された山嶺は、再びの低丘に戻ってしまう。

「ぷっ……そりゃあ、慎ましい努力だな」

「むっ……」

 今度は仕返しとばかりに、結友香が斯波の股間に一瞥を向ける。

「ぷっ……斯波にぃも、変わってない・・・・・・みたいだね。小さい頃、一緒にお風呂とか入ったけど……相変わらず、小さそう(笑)」


 男のプライドが汚された斯波は、「うがああっ!」とリスのように威嚇して、


「こっ、これは通常時ノーマルモードだからだ! 俺はあと、2回変身を残しているぞ!?」

「ぷっ、ぷくくっ……変形トランスフォームしても、糸ミミズのくせに……」

「ああっ!!? 結友香、お前言っちゃいけねえことを言ったな!!?」

「お互いさまでしょ。それに……斯波にぃは、そっちの方が・・・・・・斯波にぃらしいと思う」


 きっと結友香は、斯波とのかつての絆を再確認したかっただけなのだろう。

 運だ50%だとぶっきらぼうに吐き捨てる斯波よりも、いまこうしてバカな話を交わしている斯波の方が、幼馴染として安心できる。


「おっ、そろそろ時間だ……んじゃあ、《斯波にぃ》はマジでやめろよ。この学園の中において、俺はカグツチの《火結先生》だ」

「で、でもっ……」

「いいから。たかだか、呼び名を変える程度だろ? 結友香との仲は変わらねえし、何も心配することはねえ。分かったらほら、教室に戻って自習しとけ」


 斯波が結友香の頭をくしゃっと撫でると、年下幼馴染は教室に引き返していく。


「またね、斯波にっ……火結先生」

 去り際に見せた結友香の唇の端には、豊かな笑みが残されていた。

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