第6話 マジシャン教師の種明かし


「ちょっと、斯波にぃ――ねえ、斯波にぃってば!!」

 午前の授業が終わり、教室を後にする斯波の元へと、予想通りの少女が駆けつけてきた。

「結友香……頼むから、その呼び方はやめてくれ。ここでは俺は、火結先生・・・・なんだぞ」

 彼女は斯波の訴えも聞こえておらず、いつもの結友香顔を浮かべながら、


「どうして斯波にぃが、【軻遇突智カグツチ】の絵巻なんて使えるの!? 斯波にぃは昔っから、絵巻のひとつも扱えなかったし、唯一できるのは、あの【未完の】――むぐわぁっ!?」


 結友香の口を塞いだ斯波は、彼女を誰もいない渡り廊下へと連れていく。

 まったく、任務・・早々にこんな大暴露をされてしまっては、先の努力も水の泡だ。

 やはり学園で教師をつとめるにあたって、結友香には説明しておくべきか――。


「って、何をしているんでせうか、姫?」

 結友香は斯波のお腹に顔を埋めて、すーはーと呼吸を繰り返している。

 ……匂いでも、吸っているのだろうか。

 いやはや、《幼馴染吸い》なんて怪奇現象はご遠慮願いたいものだが、結友香が相手なら仕方ない。吸わせなかったら、またピキ顔で怒鳴られるに決まっているのだ。


「いっ、いまっ、ちょっと、考えているの!」

「……何を?」

「斯波にぃが、その……色々教えてくれなかったし、いきなり先生になんてなっちゃうし、さっきの絵巻魔法も意味わかんないし……だから、匂いを吸っているの!」

 どうやら結友香は混乱を落ち着かせるべく、この奇行に走っているらしい。

「ふーん。じゃあ、そのご褒美として結友香はパンツを見せてくれよ」

「……」


 ジロリと顔を上げた結友香さまのご尊顔は、やっぱりピキピキとしている。

 果たして、いつからだろうか。斯波は結友香に睨まれ過ぎて、このピキ顔と睨み付けを浴びる度に、どこか悪くない気持ちになってしまうのだ。

 もちろんそんなことは、口が裂けても言えないわけだが――。


「は、はいっ! ちょっ、ちょっとだけだからね!」

「っ!!?」

 新たな境地……ツンデレならぬ、ピキデレか。

 結友香は睨み付けたまま、頬を赤らめてスカートをたくし上げている。

 高品質の綿素材に浮かび上がるシンプルな水玉模様は、子供っぽくもどこか大人らしいモノトーンの色調を漂わせ、それは女性の魅力を引き立てると同時に、スタイリッシュな印象を与えている。手で確かめずとも分かる確かな布地の滑らかさと伸縮性のある素材が結友香の体にフィットしていて、自然なラインを美しく引き立てる。決まり手は、ウエスト部分に施された華やかなレース……子供らしさと大人の上品さが融合した芳醇な納涼感と色香が、全男子の視線を釘付けにすることは間違いない。今年目にしたおパンツランキングの中でもTOP3に入る、卓越した逸品だ。


「――って、ちっがーう!!」

 斯波は頭の中で巡らせていた、気色の悪いおパンツナレーションを打ち払うように頭を左右に振り、急いで結友香の手を引き下げた。

 ……セーフだ。誰にも、この現場は見られていない。

 刑務所にぶち込まれるかどうかの50%は、幸いにも確定演出にはならなかったようだ。


「結友香、頼む。ここだと俺は、《火結先生》なんだよ」

「でっ、でも、見せてくれって頼んだのは、斯波にぃでしょ!」

 ごもっとも過ぎて、斯波は開いた口が塞がらない。

「いっ、いいや、確かに大変有り難いモノを見せてもらったが――って、そうじゃない」

「そうじゃないって……いつものクマさんの方が、良かった?」

「そうでもない!」

「もう! ちゃんと言ってくれないと、分かんないってばぁ!」

「どちらも素晴らしい一級品だ。その布艶、そのフィット感、よくぞここまでおパンツ道を究め抜いた……だが、本筋はそこじゃない」

「んぅ? 本筋って?」

「お前……何のために、俺を呼び止めたんだ?」


 そう問われて、結友香はようやく本来の目的を思い出した。


「でも、待って……斯波にぃに、なにを聞いていいのか、まとまってなくて……」

「分かってるよ。まあ……俺も突然過ぎたとは思ってるし、とりあえずさっきの戦いは、これが原因だな」


 斯波が懐から取り出したのは、例の赤絵巻だ。

 彼が言うには【軻遇突智カグツチ】の秘伝らしいが、そもそも斯波は本当の火結家の者ではない。


「んっと……これ……?」

 胡乱気に目を眇める結友香へと、斯波は一件の種明かしを見せた。

 彼の袖に仕込まれた、小型ライター。

 まさかこの《幻都》において、そんな小細工が持ち出されるとは、生徒の誰も想像だにしていなかっただろう。


「もしかして……フラッシュペーパー・・・・・・・・・?」


 斯波は、正解を意味する微笑を浮かべた。


「絵巻の表面には、ニトロセルロース・・・・・・・・が塗布されている。着火すると、すげえ派手な光を放ちながら燃え尽きるし、煙や燃えカスも出ない。何より特徴的なのは、その瞬発力だ。一瞬で炎を上げて消えるから、まさに《魔法》も同然に映る。目眩ましには、丁度いい」


「で、でもっ、絵巻一本分のフラッシュペーパーだなんて、そんな……」


「危険だな。一歩間違えれば、俺ごと火炙りにされかねない。だからこそ、タイミングが重要だった。冷静さを欠いて、鳥獣遊が突っ込んでくるその直前――俺はフラッシュペーパーで姿を消し、講義室全員の視線が、等身大の炎に向く。俺は鳥獣遊の背後を取り、拳でどかん。《炎転身》なんて言葉も、咄嗟に出た嘘っぱちだ」


 斯波は簡単に言ってのけているが、それを成し遂げるには、完璧な間合いの管理能力と、神懸った判断力、そして研ぎ澄まされた体術が必須だ。


 以前の斯波ならば、成し得ない芸当だっただろう。

 だがこの二年間、斯波は【暗部】で散々しごかれてきた。

 心技体――いや、先頭の一つはともかくとして、技術と肉体は一級品である。

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