第5話 偽物教師の実力試験
「最高峰の学園に入る方法は、三つ。下らねえ筆記試験と、血筋による推薦。そしてもう一つが、《試験官をぶっ倒す》こと――なあ、あんたはオレが、どれで入ったと思う?」
奇しくも
斯波は目の前の少年に好意的な一瞥を窺わせながら、拵えていた《絵巻》を取り出した。
中軸と巻紙が赤く彩られた絵巻――火の神【カグツチ】をルーツとした一族の秘伝だ。
「ハッ! 面白ぇモン持っていやがる……そうか!
斯波が手に取った絵巻を前に、鳥獣遊はむしろ好戦的な眼光で見定めた。
相手が木っ端の雑魚絵巻師でないのなら、鳥獣遊家の血も騒ぐというもの。
鳥獣遊の持つ絵巻とその力は、《自然そのもの》を描き出した至宝の一品だ。
内から湧き立つ闘争本能もまた、鳥獣遊玖然の常道なのである。
「待って! 斯波にぃ……じゃなくて、火結先生と戦うなんて、そんなのは学園の規則に反する行為だよ!」
結友香の諫言も、鳥獣遊は些事とばかりに鼻で一蹴する。
「ハッ! 教師が弱え方が、よっぽど規則違反だろうが。前の担任は、まあよくもねえが、それほど悪くもなかった。てめぇが、あいつの代わりになれるのかどうか……その真偽を見定めてやるには、ちょうどいいだろうよ!」
背に抱えていた大絵巻を開帳し、鳥獣遊は戦闘態勢に入った。
「【
絵巻魔法の発動と共に硝煙が上がり、次の瞬間には鳥獣遊の姿が変貌していた。
「こいつは、鳥獣戯画の原典――《
斯波が冷静に分析を進めるところ、鳥獣遊の風貌はまさに《鳥獣戯画》だ。
両腕は獣、両足は蛙、背中にかけては羽毛が生え伸び、腰から下の背面には、兎の尾と体毛が見られる。これはただの【獣人化】ではなく、最高位の僧が編み出した【自然化】たる絵巻魔法なのだ。
「結友香ちゃん、いますぐに止めないと――っ!」
占羅も絵巻を取り出そうとするが、それは隣の結友香に止められた。
「待って。本当に戦うつもりなら……斯波にぃなら、大丈夫だと思う」
「どうして!? だってあのお兄さんは、絵巻魔法を使えないはずじゃ……」
「
「うん……だからこそ、いますぐ戦いを止めないと」
「見てたら、分かると思う。きっと斯波にぃは、【アレ】を使うと思うから」
結友香は斯波の全てを知っているわけではないが、少なくとも、彼の【異端】については覚えがある。
自身の【
あの真っ白な《未完の魔法絵巻》にかかれば、どんな神秘も打ち消せてしまう。
――だが、いまの斯波は《火結》だ。任務の都合もある以上、【
「あぁ? なぁに笑っていやがる――おっちんでも知らねえぞ、先公!!」
鳥獣遊が床を蹴り上げたと同時に顕現された二体の狼、二体の
「動きが
人の身ならざる動態を得た鳥獣遊に対して、斯波は足捌きひとつで対処している。
食らいかかる狼も烏も身を捩って回避に徹し、隙を見て鳥獣遊へと出席簿をぶん投げる。
だが、出席簿は命中する寸前で木材チップになって四散した。
これが《自然化》と呼ばれる鳥獣遊家の秘伝。玖然の絵巻魔法は存在そのものがひとつの固有領域でもあり、投擲物は何であれ、人工物であれば《自然》に還される。たとえ最先端技術の工学兵器だろうが、【鳥獣戯画】を発揮した鳥獣遊を殺すことは適わない。
だが、【鳥獣戯画】は万能ではない。人の拳や落石など、《自然由来》の攻撃はそのまま通用する。であれば、斯波の……いや、《火結》の解答は決まっていた。
「斯波お兄さん……どうするつもりなんでしょうか」
偽りの教師は、赤絵巻を開帳した。しかし、それはアリアンナに用意してもらった《偽》の絵巻に過ぎない。特殊な能力などはなく、火を生み出すことも不可能な話だ。
「な――っ!!?」
しかし、絵巻以外でなら、斯波の対抗手段は幾らでもある。
「【
ボウッと凄烈な炎が立ち込めた刹那、そこには斯波が跡形もなく消えていた。
「野郎、どこに――」
「こっちだ、振り返ってみろ」
「がぁ……っ!!?」
鳥獣遊は、反応する間もなく床に叩き伏せられる。右腕を逆手に取られて、グイっと捻じ曲げれば、ギシギシと骨の軋む嫌な音が響いてくる。
やむなく鳥獣遊は、左手で床を叩いた。――降参の合図だ。
「て、てめぇ……カグツチつったら、火の神だろ……だのに、どうしてそんな瞬間移動が」
「カグツチは、父であるイザナギ神に首を落とされた。この時、カグツチの血から岩石の神や雷の神、水の神などの神が生まれ、カグツチの体からも多くの神々が生まれた。カグツチの身体と炎には、《転身》の概念が隠されているわけだ」
「《炎転身の術》――まさか、それが瞬間移動の種か」
斯波は不敵に笑って、抑え付けていた鳥獣遊を解放した。
「これからは、《先生》と呼ぶことだな。あと、強くなるには座学も大事だ。そうやって頭ごなしに決めつけているから、足元を掬われる。実戦では、知識も求められるぞ」
「ぐっ……クソ……っ」
勝負の決着に合わせて、生徒たちからはわっと盛大に歓声が上がった。
ただ、彼の《無能》をよく知る二人だけは、怪訝な顔をしていたのだが。
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