第6話 中等部時代の美樹様との交流

転生者としての記憶を抱え、この世界に馴染むことに苦労していた俺――上杉義之。中等部時代、そんな俺を変えてくれたのが、生徒会に所属する1学年上の一条院美樹様だった。華族の中でも名門、侯爵家の次女であり、生徒会で活躍する彼女は誰もが憧れる存在だった。


だが、美樹様は誰にでも分け隔てなく接する気品ある人物でありながら、俺に対してはどこか特別な親しみを持って接してくれているように思えた。その思わせぶりな態度に、俺の心は次第に揺れ動いていった。


ある日、生徒会での仕事を手伝うために美樹様に呼ばれた。彼女は書類の山に囲まれながら、忙しそうにしつつも笑顔を向けてくれた。


「義之君、手伝ってくれるの?助かるわ。あなた、こういう細かい作業が得意そうだもの。」


「はい、頑張ります。どれをすればいいですか?」


「これね。簡単な分類作業だけど、正確さが必要なの。」


彼女の指示に従い作業を進める中、ふと気づくと美樹様が隣に座り、こちらを覗き込んでいた。近い距離に胸が高鳴る。


「義之君、こうして一緒に作業をすると安心するわ。あなた、いつもきちんとやってくれるもの。」


「いえ、そんな……美樹様がしっかりしているからですよ。」


「ふふ、あなたは本当に謙虚ね。でも、それがあなたの良いところよ。」


その言葉を聞いた瞬間、まるで彼女の笑顔がすべてを包み込むような感覚がした。生徒会の仕事が終わる頃には、俺の心は完全に彼女に向かっていた。


生徒会の仕事を終えた後、たまたま美樹様と2人きりで下校することになった。夕焼けに染まる学園の庭園を歩きながら、彼女がふいに口を開いた。


「義之君、あなたって面白い人よね。」


「え?どういう意味ですか?」


「年下なのに時折、年上みたいな雰囲気があるからかしら?なんてね。」


美樹様は少し冗談めかして笑ったが、その言葉に俺はドキリとした。もちろん、彼女が本当に俺の前世を知っているわけではないだろう。だが、なぜか自分の秘密が見透かされているような気がした。


「でも……義之君がこうして私のそばにいてくれると、なんだか心が落ち着くのよ。不思議でしょう?」


彼女がそう言ったとき、俺の胸は高鳴りを隠せなかった。彼女の言葉はどこか思わせぶりで、俺に対する特別な感情を匂わせるようだった。


その帰り道、ふいに彼女が立ち止まり、俺の手をそっと握った。柔らかな手の感触が伝わり、思考が一瞬止まる。


「義之君、これからも私のことを支えてくれる?」


「え……もちろん、僕でよければ……!」


「ありがとう。あなたにそう言ってもらえると安心するわ。それから美樹様じゃなくて美樹って呼んで」


「え!あの美樹さんでは駄目ですか?」


「もうー!それでもいいわ」


その時の美樹さんの表情は、どこか寂しげで、しかし確かな温かさを宿していた。まるで彼女自身も俺に何か特別な感情を抱いているかのように思えた。


美樹さんのこうした態度や言葉は、俺を確かに特別視しているように感じさせた。彼女の瞳の奥に、他の誰にも見せない感情が宿っているように思えてならなかった。


だが同時に、それが本当に俺に対する特別な感情なのか、それとも彼女の優しさの一環なのかを確信することはできなかった。それでも、彼女の一挙一動が俺の心に刻み込まれていく感覚を止めることはできなかった。


転生者として、この世界を「ただの舞台」だと感じていた俺が初めてこの世界で誰かに惹かれた。それが一条院美樹さんだった。彼女の特別な扱いや思わせぶりな言動、そして時折見せる寂しげな笑顔が、俺の胸に深く刻まれていった。


そして、彼女が俺の好意に気づいていることは、疑いようがなかった。それでも彼女は俺を遠ざけることなく、むしろ優しく受け止め、時には思わせぶりな態度で俺を惹きつけた。


美樹さんとの中等部時代の思い出は、俺にとって特別なものだ。彼女への感謝と初恋の感情は、これからの俺の人生を形作る大きな原動力となっていくだろう。


初等部時代には孤独を感じていた俺も、中等部に進む頃には周囲との繋がりを感じられるようになっていた。美樹さんの支えに加え、クラスメートや新たな友人たちとの交流が、俺の心を少しずつ変えていったのだ。


中等部ではクラスの垣根を越えて人間関係が広がった。華族出身者たちが主催する文学サロンに誘われたり、財閥出身者たちとの談笑に加わったりと、新たな交流が生まれた。彼らは皆、それぞれの家柄に誇りを持ちながらも、友人として俺を受け入れてくれた。


文学サロンでは、古典文学や現代文学について語り合う場が設けられていた。初めて参加した日、主催者の伯爵家の子息が俺を歓迎してくれた。


「義之君、君も文学に興味があると聞いたよ。何かおすすめの本はある?」


「最近は現代小説をよく読んでいます。特に、友情や家族をテーマにしたものが好きです。」


そんな話題から、自然と友情が生まれ、彼らとともに新しい時間を楽しむことができた。


放課後には、校庭でのスポーツや、学内で行われるカジュアルな集まりにも参加するようになった。特に、華族や財閥の子息たちが集まるテニスの練習は、俺にとって新鮮だった。華麗な技術を持つ彼らに感心しながら、自分の不器用さに苦笑いすることもあったが、そんな時も美樹さんが声をかけてくれた。


「義之君、フォームが少し硬いわね。でも、ちゃんと頑張ってるのがわかるわ。」

彼女のその言葉が、俺を奮い立たせてくれた。


中等部時代に築いた友情の輪は、俺にとってかけがえのない財産となった。そして、その中心にはいつも美樹さんがいた――彼女の存在が、俺にとって新しい世界を広げる扉を開いてくれたのだ。

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