第5話 中学生作家としてのデビュー

俺――上杉義之は転生者だ。現代日本のAI技術者だった前世の記憶を引きずりながら、この華族と財閥が共存する世界に生まれた。前世の記憶があることで、幼い頃からこの世界をどこか現実離れした夢のようなものとして見ていた。華族の格式と財閥の跡取りとしての責任を自覚しつつも、それを「自分の人生」として完全に受け入れられない自分がいた。


だが、その視点を少しずつ変えていくきっかけをくれたのが、1学年上の一条院美樹様だった。


美樹様は折に触れて俺に声をかけてくれるようになった。時には廊下ですれ違うとき、時には生徒会の手伝いを頼まれたとき、彼女はいつも優しく、どこか励ますように接してくれた。


「義之君、最近どう?中等部の生活には慣れたかしら?」


「ええ、何とか。まだ分からないことも多いですが……。」


「焦らなくていいわ。あなたには素晴らしい才能があるもの。周りに流されず、自分のペースで成長していけばいいのよ。」


彼女の言葉にはいつも温かさがあり、どこか自分自身を信じさせてくれる力があった。それまで自分に自信が持てなかった俺にとって、美樹様の存在は大きな支えとなっていった。


中等部2年生の秋、俺は初めて自分の書いた小説を美樹様に読んでもらった。そのとき、彼女は目を輝かせながら言った。


「これ、すごく面白いわ!義之君、本当に才能があるのね。これをもっと多くの人に読んでもらうべきよ。」


「でも、僕なんかが書いたものが認められるかどうか……。」


「そんなことないわ。勇気を出して応募してみなさい。結果はどうであれ、それがあなたの第一歩になるわ。」


彼女の言葉に背中を押され、俺は意を決して小説を文学賞に応募することを決めた。自分の内面をさらけ出すような感覚に怖さもあったが、彼女の励ましがあったからこそ、一歩を踏み出すことができた。


数か月後、俺の小説は見事に受賞し、デビューが決まった。その知らせを美樹様に伝えると、彼女は自分のことのように喜んでくれた。


「本当におめでとう、義之君!私、あなたが認められる日が来ると信じていたわ。」


「ありがとうございます。これも美樹様が励ましてくれたおかげです。」


「いいえ、あなた自身の努力の成果よ。でも、私も少しだけ誇らしいわ。あなたの才能を信じてよかったって思えるもの。」


その言葉を聞いたとき、胸が熱くなった。美樹様が自分のことをここまで気にかけ、応援してくれているのだと改めて実感した瞬間だった。


それ以来、俺は作家活動を続ける中で、常に美樹様への感謝を忘れないようにしている。彼女がいなければ、俺は自分の才能に気付くことも、それを世に出す勇気を持つこともできなかっただろう。


美樹様が1学年上という距離感がある中で、彼女が俺に向けてくれる温かい視線と励ましは、どこか特別なものを感じさせた。彼女が俺に好意的に接してくれることに気づいているし、その気持ちがどれだけ俺を支えているかは言葉では言い表せない。


彼女が俺の作家人生の大きな節目を作ってくれたこと、そしてそれが俺自身の生き方に大きな影響を与えたことに、心から感謝している。


中等部時代、美樹様との思い出は俺にとってかけがえのないものだ。彼女の励ましと優しさがあったからこそ、今の俺がある。高等部に進学した今でも、彼女への感謝と敬意は変わらない。そして、その想いはこれからの俺の生き方を支える原動力となるだろう。


執筆活動は一人で行うものだが、学園での日常や周囲の女性たちとのやり取りが、俺の創作に大きな影響を与えている。


美樹様の言葉や行動には、常に芯の通った美しさと強さがある。その気高さと知性は、俺の小説の登場人物に多くの影響を与えている。美樹様に対する敬意と憧れが、自然と文章の中に滲み出ているのだ。


「義之君、今日は少し疲れているみたいね。無理はしないで、時には休むことも大切よ。」


こうした彼女の一言一言が、俺に新しい視点や物語のテーマを与えてくれる。


義妹の玲奈は、俺の執筆活動を応援する一方で、俺が無理をしていないかを常に気にかけてくれる。


「お兄様、夜遅くまで書いてたんでしょう?もう少し休んでくださいね。私もアイディアを考えるお手伝いしますから!」


玲奈の無邪気な言葉と純粋な応援は、俺にとって大きな癒しだ。彼女の存在があるからこそ、執筆のプレッシャーに耐えられると感じることも多い。


「お兄様、こんなキャラクターを書いてみたらどうですか?ほら、すっごく優しくて頼りになるけど、時々おっちょこちょいな人!」


玲奈が提案してきた設定をそのまま使うことは少ないが、その純粋な発想力に驚かされることがある。


学習院中等部に通う華族出身者の多くは、文化的な活動に重きを置いている。彼らの中には自ら文学サロンを主催する者や、芸術家や学者を支援するパトロンとして活躍する家系も少なくない。そのため、俺の作家活動も「華族の教養の一環」として捉えられることが多い。


ある日の休み時間、華族の中でも特に名門である有栖川透が俺に声をかけてきた。彼は侯爵家の令息で、生徒会のメンバーでもある。


「義之君、出版される作品はどういうテーマなんだい?君の文章にはいつも心を動かされるものがあるから、楽しみにしているよ。」


有栖川は冗談めかした口調ながら、その瞳には純粋な興味と敬意が宿っている。彼にとって、俺の作家活動は華族としての品位を保つための活動の一つと見なされているのだろう。


「まだ詳しいことは言えないけど、青春と成長をテーマにした物語を考えているよ。」


そう答えると、彼は頷きながら笑顔を見せた。


「それは素晴らしい。僕たち華族が持つ教養や品位が、君の作品を通じてより多くの人に伝わればいいね。」


こうした言葉をかけられるたび、俺は華族出身者たちが文化活動を重んじていることを実感する。彼らの寛容さと支援的な態度は、俺が執筆を続ける大きな励みになっている。







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