第4話 華族と財閥出身者 中等部でのクラスメートとの関わり合い

中等部部1年生のクラスは華族出身者と財閥出身者が入り混じっている。名家の子弟が集まるこの場で、俺の立場は明らかに特別だった。華族の中でも純粋な「伯爵家」や「侯爵家」の子供たちからすれば、分家の末裔である俺は出自だけで見れば目立たない存在だ。しかし、財閥跡取りとしての影響力と中位華族という身分の組み合わせは、彼らにとって無視できないものだった。


「おはよう、上杉君。」


クラスメートの小早川俊介が声をかけてきた。彼は子爵家の嫡男で、華族出身者の中では中位。しかし、その分気さくで物腰の柔らかい性格が特徴だ。


「ああ、おはよう。今日もいい天気だな。」


「いや、天気の話なんてどうでもいいよ。それよりさ、今日の生徒会の話、聞いた?」


「生徒会?なんだ、それは。」


入学式初日から噂を仕入れてくるとは耳ざとい。

俊介君が小声で教えてくれたところによると、生徒会副長である一条院美樹様が中等部全体を巻き込んだ大きな行事を計画しているらしい。小早川君の目が期待に輝いているのを見ると、彼女への関心が学園内でどれだけ高いかを改めて実感させられる。


学習院中等部の教室に一歩足を踏み入れると、周囲のざわめきが一瞬で収まった。教室にいる生徒たちの目が一斉に俺に向けられるのを感じる。俺――上杉義之は、この学園内で特別な立ち位置にある存在だ。


上杉家は、伯爵家の末子だった曾祖父が財閥を創設し、その功績をもって子爵の爵位を受けたことで成立した家系だ。華族制度が残るこの社会において、「中位華族」としての位置にありながら、財閥の跡取りという経済的な影響力も併せ持つ。その二重の立場から、華族出身者にも、財閥出身者にも一目置かれる存在となっている。


休み時間になると、華族出身の生徒たちが俺に軽く挨拶をしながら近づいてくる。中でも目立つのは侯爵家の令息である有栖川透君だ。彼は見た目も物腰も優雅で、学園内で「華族の模範」とまで呼ばれる存在だ。


「上杉君、相変わらず君は注目の的だね。華族としての格式と財閥の影響力、そのどちらも兼ね備えている君がいると、僕たちも安心するよ。」


「有栖川君、俺は特別何かをしたわけじゃない。ただ、親や家の力がそう見せてるだけさ。」


「そんな謙遜をしても君の立場は変わらないよ。少なくとも、君がいることでこのクラスのバランスが保たれているのは事実だ。」


透君の言葉は半ば冗談めいていたが、その裏には確かな敬意が感じられた。彼らは表立って媚びるような真似はしないが、その視線や言葉の端々から、俺に対する特別な扱いが伝わってくる。


松平恒彦君は伯爵家の次男で、社交的で柔和な性格を持つ人物だった。華族出身者としての責任を理解しつつ、肩肘張らずに自然体で接するその姿勢が、多くの友人から信頼を集めていた。


「義之君、休み時間に一緒に歴史の資料を見てみないか?」


恒彦君は特に歴史に造詣が深く、華族としての誇りや責務についてもよく語ってくれた。


彼とは放課後に図書館でよく話し込み、時には茶会で彼の考えを聞くこともあった。


「華族だからこそ、次世代に何を残せるかを考えなきゃならない。君もそう思わないか?」


彼の言葉は、俺が家柄について考えるきっかけとなった。


近衛沙織さんは、近衛侯爵家の長女、気品と聡明さを兼ね備えた女性だった。中等部の学年で女子たちを束ねるリーダー的存在で、周囲からは絶大な信頼を寄せられていた。


「義之君、貴方って本当に冷静よね。でも、もう少し自分の意見を前に出してもいいと思うわ。」


彼女が最初に俺に声をかけてくれたのは、ある班活動の討論会の時だった。彼女は俺の控えめな発言を気にかけて、もっと自信を持つよう促してくれた。


沙織様は文学にも造詣が深く、時折放課後に開かれる文学サロンでは、司会を務めることもあった。その場で彼女が語る哲学的なテーマや古典文学の解釈は、俺を感嘆させるほどだった。


「義之君、今度一緒にサロンのテーマを考えてくれる?きっと面白いアイデアが出ると思うの。」


そんな彼女の誘いを受けて、文学に関する新しい視点を学ぶ機会が増えた。


松平千鶴様は松平伯爵家の長女、千鶴様は知的で優雅な雰囲気を持つ女性だった。彼女は美術や音楽にも造詣が深く、学園内の文化的な活動に積極的に参加していた。


「義之君、この絵、どう思う?私はこの色使いがとても好きなの。」


美術室で彼女が話しかけてくれたのが、親しくなるきっかけだった。


千鶴様は自分の感性を大切にしており、何事にも自分らしい視点で取り組む姿勢が印象的だった。


「芸術は、その人の生き方を映すものだと思うの。義之君の意見をもっと聞いてみたいわ。」


そんな彼女の言葉に触れるたび、俺も新しい視点を学ぶことができた。


伊達薫子さんは伊達子爵家の次女、薫子さんは明るくて活発な性格で、スポーツを通じて親しくなった女性だった。テニスやバレーボールが得意で、クラスの中心的な存在だった。


「義之君、次のテニスの試合、ペアを組もうよ。私が引っ張ってあげるから!」


薫子さんの言葉はいつもポジティブで、周囲に元気を与える力があった。


彼女は自分の家柄を意識しつつも、それに縛られることなく自由な発想で生きることを大切にしていた。


「私は子爵家の娘だけど、それ以上に『伊達薫子』としてやりたいことを見つけたいの。」


そんな彼女の自由な生き方に、俺も影響を受けることが多かった。



黒田真奈美さんは黒田男爵家の長女、真奈美さんは控えめで物静かな性格だったが、深い思慮と優しさを持つ女性だった。学年では目立つ存在ではなかったが、彼女と話すとその知性と誠実さに引き込まれるものがあった。


「義之君、これ、図書館で見つけた本なんだけど、きっと好きだと思う。」


図書館での偶然の会話が、彼女との交流の始まりだった。


真奈美さんは文学や歴史に詳しく、いつも新しい知識を教えてくれた。


「歴史を学ぶと、今の自分たちがどれだけ影響を受けているかがわかるのよ。義之君もそう思わない?」


彼女の静かな情熱が、俺に新しい視点を与えてくれた。


華族だけでなく、財閥出身者たちとも適度な距離感を保っている。例えば、財閥間でも有力な住友家の跡取りである住友真琴君は、時折俺に対して親しげな態度を見せてくる。


「上杉君、聞いたか?うちの父親が今度の合同会議で、君のところの企画に乗り気みたいだぞ。」


「そうか、それはありがたいな。でも、俺はまだ学園の生徒でしかないから、その辺の話には関わらないよ。」


「ははっ、謙遜するなって。君の名前が出るだけで、他の連中は妙に緊張するんだからな。」


真琴君の言葉には嫉妬の色はなく、むしろ親しみが感じられる。彼とは純粋に同年代の友人として接することができる数少ない存在だ。


入学式が終わり、初めて彼女と再会したのは生徒会室だった。俺が新入生の一部を案内する手伝いを頼まれ、生徒会室を訪れると、忙しそうに書類を整理している彼女が目に入った。


「あら、義之君。よく来てくれたわ。」


その瞬間、懐かしさと共に胸の中が温かくなるのを感じた。彼女は中等部の頃と変わらず、包み込むような笑顔で俺を迎えてくれた。


「美樹様、お久しぶりです。お元気そうで何よりです。」


「ええ、おかげさまで。あなたも元気そうね。高等部にはもう慣れた?」


「まだ少し緊張していますが、何とかやっています。」


「ふふ、義之君ならすぐに馴染めるわ。あなたには特別な魅力があるもの。」


彼女の言葉に、俺は自然と背筋を伸ばしてしまう。中等部の頃と変わらないその優しさに触れると、慌ただしい新しい生活の中で、どこかホッとした気持ちになる。


家に帰ると、義妹の上杉玲奈が迎えてくれた。彼女は中等部1年生になったばかりで、まだあどけなさが残る顔立ちをしている。


「お兄様、おかえりなさい!今日はどうだった?」


「まあ、無事に終わったよ。一条院美樹様にも会ったしな。」


「美樹様か……さすが侯爵家の令嬢ね。お兄様、やっぱりすごい人たちと関わってるんだね。」


玲奈は尊敬の眼差しを向けながらそう言った。その無邪気さに、俺は少し照れながらも微笑む。


「美樹様……!生徒会副会長って本当にすごい方なんだね。お兄様、私もいつかそんな人と堂々と話せるようになりたいな!」


玲奈の無邪気な言葉に、俺は苦笑しながら彼女の頭を軽く撫でた。


「お前なら大丈夫さ。俺みたいに緊張せず、堂々としてればいい。」



近衛沙織様、松平千鶴様、伊達薫子さん、黒田真奈美さん 彼女たちとの交流は、俺にとって中等部時代を特別なものにした。それぞれの家柄や個性は異なるが、彼女たちは自分の道を見つけるために努力し、真剣に未来を見据えていた。


彼女たちとの友情は、俺の中で「華族」や「家柄」という概念を超えた人間的な繋がりを育むきっかけとなった。彼女たちと過ごした日々は、俺にとってかけがえのない宝物だ。

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