第5話

 ミュミ婦警は吹き上がった火柱を目にすると、コンマ3秒後には腕の通信機で本署に応援を依頼する緊急コードを押していた。

 「そう、駅前です!すぐに応援をよこして!怪我人が多くいる模様。私は今から救助活動に移ります。テロの恐れあり。専門チームもお願いっ」

 最後には悲鳴に近い声になっていた。

爆発の中心から我先にと逃げ始める人々とは逆行して、燃え盛る火柱に向かう。

 『お願いだから自分から危険には飛び込まないでちょうだい』彼女がミヨシ警察に採用されたことが決まったとき、母親が涙声で訴えた声が耳によみがえった。それを苦笑で振り消す。

 そして、炎の中から人間のシルエットが出てくるのを見てしまう。その男…にみえるシルエットは、炎から離れてひざまづくと、少年の身体を地に横たえた。そして、ふっとミュミ婦警を振り向く。

 「あ…」

文字通り「あ」っと言う間に男の姿は消えていた。幻…?しかし、そこに少年の姿はある。

 ミュミ婦警は少年に駆け寄った。「大丈夫?」昼間の少年だ。

 少年は火傷をおった瞼をゆっくりと開いた。

 「あ、」森之介は声を出してから、喉も焼けていることに気がついた。でも、自分を見下ろしている顔には、今度は確信もって見覚えあった。「婦警さんだ」

 ミュミは、少年の反応にクスッと笑う。「これも転校生の宿命なの?」

 そして、腰につけている応急キットから鎮痛剤を取り出した。「すぐに救助隊がくるから我慢しなさい」

 「森之介!」

 じいちゃんが孫息子を見つけて駆け寄ってくるまでの数秒で、薬は効きはじめていた。朦朧としながら森之介は気にかかることを一つ思い出した。

 「ごめん、じいちゃん。ばあちゃんの焼き芋を落っことした」


 次に目がさめたのは自分の部屋で、夢でない証拠に顔中がヒリヒリしていた。

 「何か、飲む?」

 ばあちゃんの声がしたので、かすかにうなづいてみると、口にストローが差し込まれた。冷たくてどろっとした液体が喉に流し込まれて、喉の文句を封じた。

 そのまま眠りに落ちた。


 それから次に目が覚めたら、ベッドのそばに赤い野球帽が見えた。

「なんだ、おまえ?」自分の声でないような声が出た。

 「やっと起きたな、トーキョー」赤い野球帽は森之介の顔を覗きこんで言った。「てっきり、お前も死んだかぁ思うた」

 「…」悔しいからニッと笑って見せる。「お前こそ」頬の皮がひきつった。

 「俺はしりもちついて、お前が吹っ飛ぶんを一番近くで見た目撃者で。お前が寝とる間に、たっくさんテレビにでたぞ」

 「何が起きたんだ?」

 「中央政府の発表じゃあ、」赤い野球帽は肩をすくめた。「地下ガス菅の爆発だって。誰も信じちゃおらんけど。ついにミヨシもテロに狙われるような街になった…って」

 「僕を助けてくれた人は?」

 「え?婦警さんか?」

 「いや、男の人。片腕がサイボーグの」あの見覚えのある顔…。誰だったんだろ?

「…なに言っとんや?お前、婦警さんに助けてもらっとったで」

 「…」

 「お前さぁ、」赤い野球帽は話題を変えようと明るい声を出した。「鏡、みてみぃや!ハク、ついとるでぇ」と、森之介に鏡をみせる。

 うへぇ。なんじゃ、こりゃ。

 真っ赤な顔のお猿が写ってた。

 「先週は、もっと、ウッキッキーな顔だったんで」赤い野球帽は楽しそう。「でも、心配せんでも、傷は残らんけぇって。もう1週間もすりゃあ、もとの美少年に戻れるんだと」

「…先週?」そんなに昔に何したっけ?

 「お前、ずっと眠っとったんで。9才の2週間をベッドで過ごすなんて、取り返しのつかんことをしたぁ思わん?」

 後で、ばあちゃんに聞いたのだが、わずか1歩、森之介より後を走っていただけで無傷だった赤い野球帽は、毎日彼を見舞いにきてくれてたそうだ。

「ま、これから、そのぶん、とりかえさにゃあね、トーキョー」

 「僕の名前はトーキョーじゃないって…」

 「わかっとるよ、トーキョー」赤い野球帽は大人の真似をしてベッドに横たわる森之介に手を差し出した。「俺は一太郎」

 兄弟の名前が容易に想像できそうだな…と作者が苦笑するのを感じながら、森之介は、その手を握り返した。

 ミヨシに来て初めての友達だ。これで、やっと、ばあちゃんに嘘つかなくてもすみそうだ。


 夜になって夢をみた。

 片腕サイボーグの男が出てきた。

 『せめて、この爆発の原因くらい知りたいとは思わないのか、少年?』

目が覚めても、男の声が耳に残っていた。

 2週間寝ている間に9才から18才になったような気がした。



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