第2話
「新しい学校はどんな?」
階下に降りると、祖母がにこやかな笑顔で問いかけてきた。
「うん」
あいまいに答えておく。
「いただきまぁす」
ふかしたての焼き芋に手をのばす。
祖母は、前世紀の戦争を経験している数少ない老人の一人だ。ものを大切にするのは、何もない時代を知っているからだと、父から聞かされていたが、そんな祖母と一緒に暮らすようになってから、彼女のシンプルな生活感を彼は気に入っていた。
焼き芋なんて、トーキョーでは食べられなかった。
そりゃ、たまにはハンバーガーが恋しくなるけれど。
「はぁ、友達はできた?」
祖母は孫息子が転校した学校生活を聞きたがっている。
まずいな…。
森之介は、相変わらず9歳なりの気をつかう。「うん」
嘘も方便。父さんと別れてから覚えた生き残る術だ。
「何人くらい友達の名前を覚えた?」
ただし、方便も使い過ぎは禁物。
そのとき、彼にこれ以上嘘をつかせまいとしたかのように電話のベルが鳴った。
「はいはい、」祖母が、よっこらしょっと立ち上がり、台所の片隅にかけてある受話器をとりあげた。「松本でございます」
森之介は、ふっと窓の外をみた。
夕日で真っ赤に染まった雲が留まっているように見えた。
なんか、嫌な感じが…する。
祖母を振りかえる。
「まぁまぁ、それは、それは…」
話の内容からすると、祖母の趣味の会の友達らしい。
森之介は、もう一度、窓の外を見た。
胸騒ぎがする。
父さんと最後に過ごした朝と同じ…だ。
森之介は、音もなく立ち上がった。
こちらに背を向けている祖母の袖を、くいくいっと引っ張る。
「?」
受話器の向こうの話を聞きながら、祖母の注意が森之介におりる。
『じいちゃんを、駅まで、迎えに、行って、くる。』
口をぱくぱくさせて、祖母にそう告げると、森之介は、台所をダッシュして飛び出た。
「あらあら!」
玄関でナイキをつっかけたところで、祖母の声が追っかけてきた。
「待ちんさい、森ちゃん」
もどかしく振り向くと、祖母が新聞紙にくるんだ包みを差し出したところだった。
「ん?」
無意識に手をのばして受け取ると、暖かい。
「芋?」
「じいちゃんの列車が遅れたら、お腹すくけぇね」
じいちゃんが列車に乗り遅れるわけがない。30年間、同じ列車で通勤している。
これは、帰り道にじいちゃんと食べなさいと言うサインだな、とトーキョー育ちの森之介は理解する。
「ん」
今朝のネオ・ミヨシ・タイムスが森之介の小さな手の中で湯気を出していた。
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