第3話 「あれ? 僕って確かトラックに轢かれて……」

 オレがヒュース・カルタルトになって5年が経った。

 最強になって主人公に相応しいライバルとなると決めたオレは、親父に頼み込んで魔法と剣の指南役を用意して貰った。

 流石は名門のカルタルト家というべきか、中央騎士団の団長と有名な冒険者である魔術師を呼んでくれて有意義な時間を過ごす事ができた。

 ヒュースの規格外の才能と相まってオレは僅か10歳にして、それぞれ騎士団なら精鋭部隊のエース級、冒険者ならA級並みと称される程に強くなった。


「でもなぁ」


 もう教える事は無い、というより勘弁してくださいと二人の指南役が帰って1週間。オレは満足していなかった。

 剣を振るえば岩どころか鉄すら両断し、基礎の4属性の魔法を並行して連続で発動させる事が可能だが……この領域は努力すれば誰かが辿り着ける場所だ。

 そんな普通の強さで、果たして主人公の最大の壁と言えるのだろうか? 

 答えは否。オレはまだ強くなれる筈だ。現に、指南たちが帰ってからも自主練を続けているのだが、毎日成長を感じている。微々たるものだが。


「あと5年しかないんだ」


 15歳になると学園に通う事になる。タイムリミットは近い。それまでに何処まで仕上げる事ができるのか……。

 はっきり言ってオレは焦っている。このままではダメだ!


「――覚悟は決まった」


 故にオレは決めた――己の命をベットにする事を。





「此処が【異界の箱庭】か……」


 ソーデスでは、実は序盤から主人公を最強にする方法がある。これは別に裏技でもチートではなく、ゲームのシステムを正規方法で使用したレベリングだ。

 その方法を使うには、ソーデスの主人公の特異性が必要不可欠である。


 ゲームではよくある話だが、戦闘に負ければ当然ゲームオーバーとなり、セーブポイントからやり直しになる。しかしソーデスは、他のゲームと違って経験値が入ったままやり直しになる。

 元々敵キャラが異様に強く勝てない事が多いゲームだった。その救済措置なのだろう。何度も戦い続ければ主人公を強くさせながら敵の攻略情報を得る事が可能だ。他のゲームではあまり見ない特徴なのではないだろうか?

 

 さて、この主人公の特異性を序盤から活かす方法だが……ソーデスでは、街の外に出てモンスターと戦いレベリングをする事ができる。

 ただまぁ……序盤だとモンスターのレベルは当然ながら低い。ストーリーが進んでいないと解放されるマップが狭いんだ。

 だからコツコツと1000体倒すくらいなら、序盤で突っかかって来るヒュースをギリギリまで痛みつけてわざと負けて、何度か戦う方が効率が良い。オレはヒュースに負ける度に聞かされる台詞でストレスが溜まるから嫌だが。


 しかし、実は初期マップの段階で、あり得ないくらいレベルの高いモンスターが居る場所がある。

 それが【異界の箱庭】というであるラストダンジョンだ。

 此処に出現するモンスターは全てレベルがカンストしており、正直ストーリーを進めてキャラの装備や強さを整えた状態でも攻略がキツいステージだ。やはりここも主人公の死に戻り前提で作られているようで、ネットでは製作者に対する誉め言葉罵倒で溢れ返っている。


 まぁ、ストーリー的にも設定的にも初期マップ……というより、首都の近くに存在する理由は納得できるのだが、それにしたってやりすぎである。


 さて、ここまで語れば分かると思うが、序盤で主人公を最強にさせる理由こそがこのダンジョンでのレベリングだ。

 ソーデスでは、負けても経験値が入る。勝利時の10分の1と微々たるものだが、しかしそれがラストダンジョンとなると話は別だ。

 終盤のステージで得られる経験値の10分の1となると、初戦ヒュース5人分の経験値が得られる。これは美味しい。

 ここのモンスターになんとかギリギリ勝てるくらいにまでレベルを上げてからストーリーを進めるのが、いわゆる最強ルートだ。


「でも剣技や魔法を覚えずにレベルだけ上がるから、一長一短なんだよな」


 そうなると後になって高いゴールドを払って魔道書や奥義書を買う羽目になる。だから誰もがやる方法ではないのだ。


 だが、今のオレにとってこの場所は都合が良い。此処はゲームとは違うが、予め剣技と魔法をある程度覚えている。それにヒュースの才能なら独力で習得しそうだが。


 オレはこれから、主人公と同じ方法で強くなる。その為に準備をして此処に来た。


「ケヒャヒャヒャヒャ。待っていろよ主人公……!」


 オレは怪しげな雰囲気を漂わせるダンジョンへと身投げする。





 この世界はソーデスであるが、ゲームではない。経験値が溜まってレベルが上がる訳でもなく、魔法も剣技も努力して覚える必要がある。

 しかし同時にゲームみたいだな、と思う事もある。


 この世界は、モンスターや人を倒すと強くなれる。その理由は魔素。

 前世の日本と違ってこの世界の全ての生物の体内には個人差があれど魔素が存在する。この世界の生物はその魔素を使って魔法を使ったり、剣技を使ったり、さらには超人的な動きをしたりする。

 魔素が多ければ多い程生物として強く、そして最終的には自分に適した進化を遂げている。

 魔法が得意な人間が居たり、剣を使うのが上手な人間はそういう進化をしている、という訳だ。才能とも言う。


 モンスターにしたってそうだ。進化を繰り返して様々な能力、特徴、姿形を得ている。さらに常に生存闘争に身を置いているから、相手を倒して魔素を得て蓄積させて強くなる。

 同じモンスターでもレベル差があったり、地域によって強さが異なるのもこれが原因だろう。魔素を取り込める最大値が上がっているのだろうな。


 人を倒すより、モンスターを殺した方が魔素を得られる量が多いのはそう言う事だ。目に見えないが、傷口から血の様に魔素が吹き出し、それを取り込んでいるというのがオレの見解で恐らく正しい。これがゲームで言う経験値だろうな。


 そしてダンジョンのモンスターは、地上に居るモンスターよりも多くの魔素を得る事ができる。それはゲームでも同じだった。ダンジョンのモンスターを倒した方が経験値が多い。

 その原因は、ダンジョンのモンスターは魔素で作られた疑似生命だからだ。だから倒すと消え去り、地上のモンスターと違って素材が取れない。それは異界の箱庭も同様で、流石に武器の強化までは許されなかった。そう考えると割とバランス調整されてる? いや、無いな。


 つまり、異界の箱庭は強くなるのに最もうってつけの場所――なのだが。


「グルルルル……!」

「ハァハァ……やっぱり強ぇ~……」


 腰に付けた小袋アイテムボックスから取り出したポーションを体にぶっかけて、体力と魔力、そして食い千切られた右腕を生やしながら油断なくワーウルフ白い体毛の5mの狼を睨み付ける。

 一太刀だけ与える事ができたのが、それによって得られた魔素によってさっきの自分より5倍強くなった感覚を得た。やっぱりこの方法は正解だった。


 オレは主人公ではない。さらに言えば此処はゲームの世界ではない。当然痛みを感じるし、腕を食い千切られれば血は吹き出すし、死ねばセーブポイントに戻る事は出来ない。

 だがそれでも主人公と同じ方法で強くなれる方法はある。それがこの最高級のポーションだ。

 終盤になってショップのおじさんから買う事ができる最高の回復アイテム。状態異常を治し、体力と魔力を一瞬で全回復する事が可能だ。これを使ってラスボスにゾンビ戦法を取ったのは懐かしい思い出だ。


 親父に「パパ、おねがーい♡」とこの恵まれた容姿で頼み込めば、「お、おう」と息子を溺愛している彼は、カルタルト家の財力と名声を使って集めてくれた。なに引いとんねん。

 この腰に付けた小袋アイテムボックスも用意してくれた。合わせてどれくらいのゴールドが掛かったのかは……前世日本人の庶民のオレは聞く事ができなかった。

 でもまぁ、5年前から誕生日プレゼントを無しにして貰っておいて、今回一気に回収しただけだから許して欲しい。子どもの我儘を受け取れ!


 さて、残りのポーションライフは19個。即死だけに気を付けて、学園に通うまでには仕上げておきたい。此処のモンスターを倒せる様になれば十分だろう。というより、ヒュースの才能があってもそれが限界だ。


「行くぞ犬コロ!」

「ウォオオオオオン!!」


 再びオレ達の死闘が始まる。雄叫びを上げたワーウルフが牙を剥いて飛び掛かって来た。しかしその攻撃はさっき見た。


「うらぁ!」

「!?」


 ギャリンッ! と刃と激突し、火花が一瞬洞窟を照らした。

 その衝撃でワーウルフの攻撃の軌道が逸れて、相手の直撃を避ける。よし! パリィ成功! でも肩斬り裂かれて痛い! 血が吹き出してる!

 しかしポーションはまだ使うタイミングではない。痛みを無視し、剣を力強く握り締めて魔力を込める。


「ウインド・カッター!」

「ガルゥアア!!」


 無詠唱で放った風の初級魔法は、ワーウルフの咆哮で掻き消される。しかしそれで良い。狙いはダメージではなく、攻撃を防ぐモーションを取って貰う為だ。

 人間、モンスター関係なく技や魔法を使った後は隙を晒してしまう事がある。その時に攻撃を与えると、通常よりもダメージを与える事ができる。


「瞬迅剣!」


 剣に込めていた魔力が全身を駆け巡り、一瞬でワーウルフとの距離をゼロにする。そして強化された剣を振り抜き、ワーウルフの体を斬り裂き、そのまま駆け抜ける――が。


「っ――がはっ」

「グルルルル……!」


 裂傷により鮮血を舞わせたのはオレの方だった。すぐにポーションを取り出し頭から被って全回復する。すると痛みが消え去り、遠のきかけていた意識が戻って来た。

 やばい。今のは死ぬと思った……!

 クルリと反転し構える。やはり実力レベルの差が大きい。オレの攻撃が当たる瞬間に、ワーウルフは反撃モーションに入っていた。


 それでも、ダメージを与える事はできた。


「――ガッ!?」


 ブシュッとオレの一撃が走り、ワーウルフの白い体毛を少しだけ赤く染める。反撃モーションが見えた瞬間、負ける死ぬと分かったから絶対にダメージを与える為にさらに深く踏み込んだのだが、どうやら成功だった様だ。

 経験値魔素がオレの体内に大量に入って来る感覚がする。今の攻防はさっきよりも内容が良かったみたいだ。


 それにしても、流石はラストダンジョンのモンスターだ。入口付近だから、このダンジョン内だと雑魚敵に分類されるだろうに……まるでボス級モンスターみたいな強さだ。


 あと白いワーウルフってのも珍しいな。ゲームだと黒だった筈なのに……。

 まぁ現実はこんなものか。こっちの世界ではこういう個体も居るって事だろう。


「――さぁ、まだまだ行くぞ! この犬コロ」

「――ワオォオオオオオン!!」






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